声に出して、伝えて

能登原あめ

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3 エリヤス視点

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「リェーナ、それが終わったらこっちも頼む」
「…………はい」

 リェーナは18歳になって王都へやって来た女の子で、俺の元で働いて2年になる。
 最初から最低限しか話さない子で表情に乏しく、いまだに紹介状に書いてあったこと以外のことをほとんど知らない。

 両親を早くに亡くした後、遠縁の男爵家の養女として引き取られ、早く自立できるように色んなことを学ばせてもらったようだ。
 末端のつぶれてしまった貴族の娘らしい。

 ここは教育関係者に向けた施設で、教材を扱っている。人と話すことは少なく、書物と向き合う時間が長い。
 変人も多く彼女は目立たないくらいだ。
 
 最初は書類整理ができればどんな子でもいいと思ったが、頭の回転も仕事の飲み込みも早い。しかも真面目で一生懸命だ。
 今ではかなり専門的なことまで理解していて、一緒に働きやすく優れた助手となっている。
 
 職場内での交流は多くないが、大きな部屋で各々作業しているから、休憩時間はそれぞれ自由に過ごす。
 リェーナは休憩もどこかへふらっと出て1人で過ごしているようだ。
 仕事が終わったらまっすぐ寮に戻ってほとんど部屋から出て来ないらしい。

 彼女は誰とも深くつき合わない。
 ほかの女たちのように恋だ結婚だと騒ぐことがなく、興味がないようだ。
 仕事をする上では気が散らずありがたいが、もったいない気がする。

 そんなことを考えながらぼんやりリェーナを眺めていたら、職場で人気のジャンが彼女の机の横に立った。
 
「リェーナ、お疲れ様。これ飲んでひと休みしたら?」
「…………」

 彼女はペコリとお辞儀してカップを受け取った。
 その様子を睨みつける女たちがいるのだが、2人は気づいていない。
 どちらも顔立ちが整っているから目を惹くし、ジャンは22歳で2人の年が近くお似合いにも……見える。

「ねえ、リェーナ。今日さ、仕事終わったら食事いかない?」
「…………」

 ジャンは3月ほど前に異動してきてから、分かりやすくアピールしている。
 リェーナの表情が曇ったのを見て、助けるべきかと一歩前に踏み出した時。

「私たちも一緒に行きたい! いいでしょ、ね? リェーナさん」

 女たちは彼女に声をかけて迫力のある笑顔で迫った。無邪気そうに装っているが目が笑っていないから怖い。
 勢いに押されて彼女が頷いた。

「よかった! ジャン、どこに行く?」
「いや、あの、俺……」

 困ったように目を泳がせたジャンが俺を見た。

「あー、お前たち、仕事の時間だぞ。おしゃべりは程々に仕事に戻れ」

 不満そうな女たちに対し、ジャンはほっとした顔をした後、リェーナの耳元で何かささやいた。
 彼女が困惑しているのが遠目にもわかる。

「リェーナ、ちょっとこれを見てくれ」

 彼女に声をかけると、すくっと立ち上がって早足でやって来た。
 あそこから抜け出したかったのがよく伝わってきて、笑いそうになる。
 言葉にしなくても、表情に大きな変化がなくても、ほっとしているのがなぜかわかった。

「……これなんだが、明日使いたいから急ぎでやってほしい。今作業中の書類は後に回して」

 頷いたのを確認して、細々と説明する。

「……と、これを入れ替えたほうがわかりやすい。それから……」
 
 勤務時間が終わる少し前に、リェーナの元へジャンがやって来たが、彼女は横に首を振っていた。
 仕事、渡しすぎただろうか。
 正直、明日の午前中に終わっていれば間に合うのだが。

「ジャン、行きましょうよ。彼女なら仕事が早いからすぐ追いついて来れるわよね?」
「いや、だけどさ……」

 ジャンが何か言いたそうにしているが、リェーナが頷いたのを見て女たちがジャンの腕をとって引っ張る。

「……じゃあ、らっこ亭に行きましょうよ! ね? リェーナさんもそこならわかるでしょ?」

 深碧のらっこ亭は海辺にある有名な店で、職場で年に一度飲み会をする。
 リェーナが頷くと、3人の女たちに囲まれたジャンがちらちら振り返りつつ、店で待ってると言って出ていった。

 彼女たちは早く結婚退職したいようだから、ぜひともジャンを落としてほしい。
 特にブリッタは彼が本命で、わかりやすいがやり方がうまくないのが問題だ。
 仕事に支障が出るのは困る。

 それからひとり、ふたりと仕事を終えて、残ったのは俺とリェーナだけ。
 いつものことだ。

「あとどれくらい?」

 彼女は無言のまま、残りを見せた。ほぼ終わりかけている。

「じゃあ、それだけ終わらせたら帰るぞ」
「…………」

 俺も仕事をしているふりをしながら片づけて荷物をまとめた。

「……らっこ亭まで行くなら送るが?」

 首を横に振ったのを見て、ほっとした。リェーナが職場のイベントに参加したのは一度だけ。

「リェーナ、家まで送るから来い。外は暗いし帰り道だから遠慮するな」

 最初は兄にでもなった気分だった。
 8つも年下だから、すぐ辞めてしまわないよう気にかけて時々話しかけるようにしていた。
 反応は薄いが素直だし、うるさく話しかけられるよりいいか、と思ったらすぐ慣れて、2年経った。

 リェーナとの沈黙は居心地がいい。
 ジャンがちょっかいかける前から俺は彼女の中身も可愛いことに気づいていたし、このままの関係がずっと続く気がしていた。
 時々ふと焦燥感のようなものを感じるが、こうして2人で歩いていると心配しなくて良いとも思う。

 寮に送り届ける前に、商店街の惣菜屋に寄って用意してもらった包みを2つ受け取った。

「エリヤス様、いつもありがとう」
「いや、もう様はつけないでくれ」
「ああ、ごめんなさい、ついね。お兄さん来たばかりだから。また来てね、リェーナちゃん」

 伯爵家の五男に生まれ、爵位を継げないからしっかり学んだ。
 騎士になった次兄もこの店を利用するからか、俺まで様をつけて呼ばれるのはこそばゆくなる。
 今はその次兄と変わらないくらい収入があるから、寮から出てもいいのだが。
 
「これはリェーナの分」

 寮の食事は悪くないが味気なくてもの足りない。
 追加で惣菜を買うのが仕事帰りの日課で、リェーナの分には惣菜のほか、デザートもつけてある。
 彼女は食が細く食堂でも隅でさっと食べて部屋に戻っていると女たちの話を聞いてから、少しでも栄養が取れるように押しつけた。
 完全に自己満足。

 最初はどうしたらいいかわからない顔をしていたけど、今は――。

「…………ありがとう、ございます」

 はにかんだ笑顔で俺を見上げ、小さな小さな声で伝えてくる。
 いつからだろう、その声に俺の胸が熱くなったのは。
 


 

 
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