3 / 9
3 エリヤス視点
しおりを挟む「リェーナ、それが終わったらこっちも頼む」
「…………はい」
リェーナは18歳になって王都へやって来た女の子で、俺の元で働いて2年になる。
最初から最低限しか話さない子で表情に乏しく、いまだに紹介状に書いてあったこと以外のことをほとんど知らない。
両親を早くに亡くした後、遠縁の男爵家の養女として引き取られ、早く自立できるように色んなことを学ばせてもらったようだ。
末端のつぶれてしまった貴族の娘らしい。
ここは教育関係者に向けた施設で、教材を扱っている。人と話すことは少なく、書物と向き合う時間が長い。
変人も多く彼女は目立たないくらいだ。
最初は書類整理ができればどんな子でもいいと思ったが、頭の回転も仕事の飲み込みも早い。しかも真面目で一生懸命だ。
今ではかなり専門的なことまで理解していて、一緒に働きやすく優れた助手となっている。
職場内での交流は多くないが、大きな部屋で各々作業しているから、休憩時間はそれぞれ自由に過ごす。
リェーナは休憩もどこかへふらっと出て1人で過ごしているようだ。
仕事が終わったらまっすぐ寮に戻ってほとんど部屋から出て来ないらしい。
彼女は誰とも深くつき合わない。
ほかの女たちのように恋だ結婚だと騒ぐことがなく、興味がないようだ。
仕事をする上では気が散らずありがたいが、もったいない気がする。
そんなことを考えながらぼんやりリェーナを眺めていたら、職場で人気のジャンが彼女の机の横に立った。
「リェーナ、お疲れ様。これ飲んでひと休みしたら?」
「…………」
彼女はペコリとお辞儀してカップを受け取った。
その様子を睨みつける女たちがいるのだが、2人は気づいていない。
どちらも顔立ちが整っているから目を惹くし、ジャンは22歳で2人の年が近くお似合いにも……見える。
「ねえ、リェーナ。今日さ、仕事終わったら食事いかない?」
「…………」
ジャンは3月ほど前に異動してきてから、分かりやすくアピールしている。
リェーナの表情が曇ったのを見て、助けるべきかと一歩前に踏み出した時。
「私たちも一緒に行きたい! いいでしょ、ね? リェーナさん」
女たちは彼女に声をかけて迫力のある笑顔で迫った。無邪気そうに装っているが目が笑っていないから怖い。
勢いに押されて彼女が頷いた。
「よかった! ジャン、どこに行く?」
「いや、あの、俺……」
困ったように目を泳がせたジャンが俺を見た。
「あー、お前たち、仕事の時間だぞ。おしゃべりは程々に仕事に戻れ」
不満そうな女たちに対し、ジャンはほっとした顔をした後、リェーナの耳元で何かささやいた。
彼女が困惑しているのが遠目にもわかる。
「リェーナ、ちょっとこれを見てくれ」
彼女に声をかけると、すくっと立ち上がって早足でやって来た。
あそこから抜け出したかったのがよく伝わってきて、笑いそうになる。
言葉にしなくても、表情に大きな変化がなくても、ほっとしているのがなぜかわかった。
「……これなんだが、明日使いたいから急ぎでやってほしい。今作業中の書類は後に回して」
頷いたのを確認して、細々と説明する。
「……と、これを入れ替えたほうがわかりやすい。それから……」
勤務時間が終わる少し前に、リェーナの元へジャンがやって来たが、彼女は横に首を振っていた。
仕事、渡しすぎただろうか。
正直、明日の午前中に終わっていれば間に合うのだが。
「ジャン、行きましょうよ。彼女なら仕事が早いからすぐ追いついて来れるわよね?」
「いや、だけどさ……」
ジャンが何か言いたそうにしているが、リェーナが頷いたのを見て女たちがジャンの腕をとって引っ張る。
「……じゃあ、らっこ亭に行きましょうよ! ね? リェーナさんもそこならわかるでしょ?」
深碧のらっこ亭は海辺にある有名な店で、職場で年に一度飲み会をする。
リェーナが頷くと、3人の女たちに囲まれたジャンがちらちら振り返りつつ、店で待ってると言って出ていった。
彼女たちは早く結婚退職したいようだから、ぜひともジャンを落としてほしい。
特にブリッタは彼が本命で、わかりやすいがやり方がうまくないのが問題だ。
仕事に支障が出るのは困る。
それからひとり、ふたりと仕事を終えて、残ったのは俺とリェーナだけ。
いつものことだ。
「あとどれくらい?」
彼女は無言のまま、残りを見せた。ほぼ終わりかけている。
「じゃあ、それだけ終わらせたら帰るぞ」
「…………」
俺も仕事をしているふりをしながら片づけて荷物をまとめた。
「……らっこ亭まで行くなら送るが?」
首を横に振ったのを見て、ほっとした。リェーナが職場のイベントに参加したのは一度だけ。
「リェーナ、家まで送るから来い。外は暗いし帰り道だから遠慮するな」
最初は兄にでもなった気分だった。
8つも年下だから、すぐ辞めてしまわないよう気にかけて時々話しかけるようにしていた。
反応は薄いが素直だし、うるさく話しかけられるよりいいか、と思ったらすぐ慣れて、2年経った。
リェーナとの沈黙は居心地がいい。
ジャンがちょっかいかける前から俺は彼女の中身も可愛いことに気づいていたし、このままの関係がずっと続く気がしていた。
時々ふと焦燥感のようなものを感じるが、こうして2人で歩いていると心配しなくて良いとも思う。
寮に送り届ける前に、商店街の惣菜屋に寄って用意してもらった包みを2つ受け取った。
「エリヤス様、いつもありがとう」
「いや、もう様はつけないでくれ」
「ああ、ごめんなさい、ついね。お兄さん来たばかりだから。また来てね、リェーナちゃん」
伯爵家の五男に生まれ、爵位を継げないからしっかり学んだ。
騎士になった次兄もこの店を利用するからか、俺まで様をつけて呼ばれるのはこそばゆくなる。
今はその次兄と変わらないくらい収入があるから、寮から出てもいいのだが。
「これはリェーナの分」
寮の食事は悪くないが味気なくてもの足りない。
追加で惣菜を買うのが仕事帰りの日課で、リェーナの分には惣菜のほか、デザートもつけてある。
彼女は食が細く食堂でも隅でさっと食べて部屋に戻っていると女たちの話を聞いてから、少しでも栄養が取れるように押しつけた。
完全に自己満足。
最初はどうしたらいいかわからない顔をしていたけど、今は――。
「…………ありがとう、ございます」
はにかんだ笑顔で俺を見上げ、小さな小さな声で伝えてくる。
いつからだろう、その声に俺の胸が熱くなったのは。
4
お気に入りに追加
629
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる