52 / 56
ディルグの戴冠 2
しおりを挟む
ディルグは、メルティーナと共にフェンリスの前に立つ。
その背後には、ファティマ卿や、ジュリオやその家の者たち、リュデュック伯、兄嫁の生家の侯爵家の者たちが護衛のように並んでいる。
沢山の人たちが、味方をしてくれている。
ディルグとメルティーナの意思を尊重し、その身に降りかかった多くの不幸な出来事に憤ってくれている。
なんて──心強いことか。
「皆、聞け。ヴィオレットと俺との婚礼は、全て偽りだ。ヴィオレットはつがいだが、俺が愛しているのはメルティーナ・リュデュックただ一人。それは、今までもこれからも変わることがない」
ディルグの言葉に、人獣たちからどよめきが起こる。
多くの人獣にとって、つがいとは、絶対的な概念だからだ。
「ここには、人間も、そして人獣もいるだろう。人獣と人間の間に生まれた、双方の血を引く者もいるだろう。初代リンウィル王は言った。どのような種族でも、平等であると」
頭に動物の耳のある者も、ないものも。双方の血を引く者も。多くの物が王国には住んでいる。
この場所は、その縮図だ。
人間の姿は少なく、人獣の姿は多い。
平等の名のもとに、そこには確かな偏りがあった。
「人獣にはつがいがいて、人間にはつがいがいない。そのせいで、人獣に裏切られた人間もいるだろう。それとは逆に、人間に裏切られた人獣もいるはずだ。つがいは絶対だが、人の愛は揺らぐ。どちらが正しいかなど、わからない。だが」
ディルグは腰の剣を抜いて、その切っ先を、フェンリスに向けた。
フェンリスはフラウディーテを庇いながら、一歩後ろにさがる。
「メルティーナを愛していると言った俺から、この者たちは汚い画策をしてメルティーナを奪おうとした。ヴィオレットはその命さえ、イルマール家の兄たちに命じて奪おうとしたのだ。そのような者を妃にすることなどできない」
フラウディーテの瞳が大きく見開かれる。そして、きつくヴィオレットを睨んだ。
「なんてことを! つがいとしてディルグを繋ぎ止めることもできず、あまつさえ、メルティーナさんを殺そうとするなんて……! そんなこと、私は許可していないわ!」
「母よ、黙れ。そのうるさい口を閉じろ」
「ディルグ、お母様にむかってなんてことを……っ」
「黙れと言っている。最早お前を母とは思わん。お前がジュリオに命じて、メルティーナを俺から遠ざけるために攫わせようとしていたことは知っている」
「そ、そんなこと、私は……」
ふらつくフラウディーテを、フェンリスが支えた。
皆の非難の瞳が、王や王妃、そしてヴィオレットにそそがれている。
ファティマ卿が、息子たちの背を蹴った。
二人は床にべしゃりと転がって「申し訳ありません」「本当に、申し訳ないことをしました」と口々に言う。
勇猛果敢と評判の二人の情けない様子が余計に、ディルグの言葉に真実味を帯びさせていた。
「私は……私は、ディルグ様のつがいだもの……っ、ただ、愛されたかったの、ただそれだけなのに……っ」
「お前と言葉を交わすことは、二度とないだろう。だが最後に教えてやろう、ヴィオレット。欲しいからと、悪辣なことをしてでも奪おうとするのは──畜生以下だ。お前たちの行いは人獣の品格を地に落とすものだ。そして俺は、お前のことなど、路傍の石程度にさえ思っていない」
ヴィオレットの瞳に、涙の膜がはった。
哀れなその姿からディルグは視線を逸らすと、父王を見据える。
「父よ、俺に王位を譲れ。品位を失くし腐りはてた王の手から、王冠を奪い、俺がこの国の王となろう! 人と獣が手を取り合い、歩んで行ける国を、メルティーナと共に築こう!」
大きな歓声が、人間の貴族を中心に沸き起こる。
今まで、人獣によって傷ついたものも多くいるのだろう。メルティーナや、ジュリオだけではなく。おそらくそれは氷山の一角にすぎなかったのだ。
ディルグの宣言に励まされ、皆が声をあげはじめている。
「我らは殿下と志を共にするものだ。フェンリス王よ、我らと戦いたくなくば、殿下のいうとおりにするがいい。ヴィオレット、お前は道を踏み外した。相応の、罰を受けよ!」
ファティマ卿の怒声に、ヴィオレットは、肩を震わせた。
ウサギの耳をぴんと伸ばして、低く唸り声をあげはじめる。
「お前のせいで、お前なんかがいるせいで!」
「ヴィオレット様、確かにそうなのかもしれません。けれど、私は惑いません。ディルグ様の隣に私は立ちます。ディルグ様が望んでくださる私を、私自身が否定するわけにはいきませんから」
ヴィオレットの激しい感情が、肌をびりびりと震わせるようだった。
恨みや憎しみを一身に向けられても尚、メルティーナは前を向いた。
彼の隣に立つのは自分であると、皆に示すため。
ディルグの想いに応えるため。
そして、メルティーナを最後まで心配していた亡くなった両親に、恥じない自分でいるために。
「うるさい、黙って! あなたなんて、いなくなればいい、死んでしまえばいい!」
爪が尖り、牙が尖る。それは彼女のうさぎの耳とは違う、虎のような牙だ。
ヴィオレットの頬に、黒い縞模様が走る。
彼女は虎の姿になると、メルティーナの喉笛を食いちぎろうと飛びかかる。
ディルグは白い狼の姿になると、白い体毛に覆われて黒い縞模様のある虎を、壇上から弾き飛ばし、床の上に叩き落とした。
巨大な虎が檀上から落ちてきて、成り行きを見守っていた貴族たちは悲鳴をあげながら避けた。
まるで、汚いものに触れたくないとでもいうように。
呻き声と共に、虎がヴィオレットの姿に戻る。
彼女は胸を押さえて呻きながら、助けを求めて手を伸ばした。
けれど──誰も、その手を取ることはなかった。
その背後には、ファティマ卿や、ジュリオやその家の者たち、リュデュック伯、兄嫁の生家の侯爵家の者たちが護衛のように並んでいる。
沢山の人たちが、味方をしてくれている。
ディルグとメルティーナの意思を尊重し、その身に降りかかった多くの不幸な出来事に憤ってくれている。
なんて──心強いことか。
「皆、聞け。ヴィオレットと俺との婚礼は、全て偽りだ。ヴィオレットはつがいだが、俺が愛しているのはメルティーナ・リュデュックただ一人。それは、今までもこれからも変わることがない」
ディルグの言葉に、人獣たちからどよめきが起こる。
多くの人獣にとって、つがいとは、絶対的な概念だからだ。
「ここには、人間も、そして人獣もいるだろう。人獣と人間の間に生まれた、双方の血を引く者もいるだろう。初代リンウィル王は言った。どのような種族でも、平等であると」
頭に動物の耳のある者も、ないものも。双方の血を引く者も。多くの物が王国には住んでいる。
この場所は、その縮図だ。
人間の姿は少なく、人獣の姿は多い。
平等の名のもとに、そこには確かな偏りがあった。
「人獣にはつがいがいて、人間にはつがいがいない。そのせいで、人獣に裏切られた人間もいるだろう。それとは逆に、人間に裏切られた人獣もいるはずだ。つがいは絶対だが、人の愛は揺らぐ。どちらが正しいかなど、わからない。だが」
ディルグは腰の剣を抜いて、その切っ先を、フェンリスに向けた。
フェンリスはフラウディーテを庇いながら、一歩後ろにさがる。
「メルティーナを愛していると言った俺から、この者たちは汚い画策をしてメルティーナを奪おうとした。ヴィオレットはその命さえ、イルマール家の兄たちに命じて奪おうとしたのだ。そのような者を妃にすることなどできない」
フラウディーテの瞳が大きく見開かれる。そして、きつくヴィオレットを睨んだ。
「なんてことを! つがいとしてディルグを繋ぎ止めることもできず、あまつさえ、メルティーナさんを殺そうとするなんて……! そんなこと、私は許可していないわ!」
「母よ、黙れ。そのうるさい口を閉じろ」
「ディルグ、お母様にむかってなんてことを……っ」
「黙れと言っている。最早お前を母とは思わん。お前がジュリオに命じて、メルティーナを俺から遠ざけるために攫わせようとしていたことは知っている」
「そ、そんなこと、私は……」
ふらつくフラウディーテを、フェンリスが支えた。
皆の非難の瞳が、王や王妃、そしてヴィオレットにそそがれている。
ファティマ卿が、息子たちの背を蹴った。
二人は床にべしゃりと転がって「申し訳ありません」「本当に、申し訳ないことをしました」と口々に言う。
勇猛果敢と評判の二人の情けない様子が余計に、ディルグの言葉に真実味を帯びさせていた。
「私は……私は、ディルグ様のつがいだもの……っ、ただ、愛されたかったの、ただそれだけなのに……っ」
「お前と言葉を交わすことは、二度とないだろう。だが最後に教えてやろう、ヴィオレット。欲しいからと、悪辣なことをしてでも奪おうとするのは──畜生以下だ。お前たちの行いは人獣の品格を地に落とすものだ。そして俺は、お前のことなど、路傍の石程度にさえ思っていない」
ヴィオレットの瞳に、涙の膜がはった。
哀れなその姿からディルグは視線を逸らすと、父王を見据える。
「父よ、俺に王位を譲れ。品位を失くし腐りはてた王の手から、王冠を奪い、俺がこの国の王となろう! 人と獣が手を取り合い、歩んで行ける国を、メルティーナと共に築こう!」
大きな歓声が、人間の貴族を中心に沸き起こる。
今まで、人獣によって傷ついたものも多くいるのだろう。メルティーナや、ジュリオだけではなく。おそらくそれは氷山の一角にすぎなかったのだ。
ディルグの宣言に励まされ、皆が声をあげはじめている。
「我らは殿下と志を共にするものだ。フェンリス王よ、我らと戦いたくなくば、殿下のいうとおりにするがいい。ヴィオレット、お前は道を踏み外した。相応の、罰を受けよ!」
ファティマ卿の怒声に、ヴィオレットは、肩を震わせた。
ウサギの耳をぴんと伸ばして、低く唸り声をあげはじめる。
「お前のせいで、お前なんかがいるせいで!」
「ヴィオレット様、確かにそうなのかもしれません。けれど、私は惑いません。ディルグ様の隣に私は立ちます。ディルグ様が望んでくださる私を、私自身が否定するわけにはいきませんから」
ヴィオレットの激しい感情が、肌をびりびりと震わせるようだった。
恨みや憎しみを一身に向けられても尚、メルティーナは前を向いた。
彼の隣に立つのは自分であると、皆に示すため。
ディルグの想いに応えるため。
そして、メルティーナを最後まで心配していた亡くなった両親に、恥じない自分でいるために。
「うるさい、黙って! あなたなんて、いなくなればいい、死んでしまえばいい!」
爪が尖り、牙が尖る。それは彼女のうさぎの耳とは違う、虎のような牙だ。
ヴィオレットの頬に、黒い縞模様が走る。
彼女は虎の姿になると、メルティーナの喉笛を食いちぎろうと飛びかかる。
ディルグは白い狼の姿になると、白い体毛に覆われて黒い縞模様のある虎を、壇上から弾き飛ばし、床の上に叩き落とした。
巨大な虎が檀上から落ちてきて、成り行きを見守っていた貴族たちは悲鳴をあげながら避けた。
まるで、汚いものに触れたくないとでもいうように。
呻き声と共に、虎がヴィオレットの姿に戻る。
彼女は胸を押さえて呻きながら、助けを求めて手を伸ばした。
けれど──誰も、その手を取ることはなかった。
757
お気に入りに追加
2,386
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる