上 下
50 / 56

人と獣と

しおりを挟む

 ◇

 多くの貴族たちが、広い円柱状の建物の中で歓談をしている。
 それぞれが今日の為にあつらえた、贅を尽くした煌びやかな正装に身を包んでいる。

 美しいドレスに、煌びやかな宝石。最先端の服装や、個性的な装いをすることは、それぞれの権力や財力を誇示する意味もある。

 式典用の大広間には、ほとんど全ての、王国中の貴族たちが集まっていた。

「皆、今日はよく来てくれた。ヴィオレットとディルグの婚礼の儀式は無事に終わり、正式に二人は夫婦となった」

 国王フェンリスが、壇上から厳かに口を開く。
 談笑していた皆は水を打ったように静まり、国王の声に耳を傾けた。

 半数以上が、半獣の貴族たちだ。
 人間の貴族は少数である。かつての革命戦争の時、革命軍の旗頭だった獣の王リンウィルに従い武功をあげたものに、領地が分けられ貴族となった。
 人獣を虐げていたその時の貴族たちは、爵位を剥奪され、家も土地も奪われた。

 命があればまだいいほうで、多くの血が流れたのだと王家の保管している記録書には残っている。
 人と人獣の関係は穏やかだ。

 そう──リンウィル王は望んだ。二度と、人獣が苦しまないように。
 そして人獣が、かつて自分たちがされたことを、人間たちにしないように。

 どんな種族であれ、平等を。
 そう望んだリンウィル王の願いは、今でも石碑に残り、王国の至る所に王の像と共に刻まれている。

「ディルグは体調を崩し、今日は皆の前には顔を出せない。だが、回復したらすぐに王を譲ろう。妻となった辺境伯イルマール家のヴィオレットと共に、王国を立派に支えていってくれるだろう」

 国王の隣に、白い婚礼着を着たヴィオレットが進み出た。
 肉付きのよい体のラインに沿った婚礼着は、裾が広く花弁のように広がっている。
 垂れた白いうさぎの耳を覆い隠すヴェール。首には大粒の宝石。この世の全ての贅をただ一人に集めたような、広間の貴族女性たちが陰ってしまうほどの、煌びやかな姿だ。
 その隣には王妃フラウディーテが寄り添っている。

「ヴィオレット、顔をあげよ」
「はい、陛下」

 ヴィオレットのヴェールが、従者たちによってあげられる。
 本来ならばそれは、ディルグがあげるものだ。そしてその隣に寄り添うのも、ディルグであるはずだった。

 夫不在の結婚式を──ヴィオレットは、あげざるを得なかった。
 なぜならば、二人の兄に任せたはずなのに、ディルグは城に戻らなかった。
 兄たちからの連絡も途絶え、イルマール辺境伯家に幾度手紙を送っても、返事がくることはなかった。

 どうなっているのか、まるでわからなかったが、すでに挙式の準備は整えてしまった。
 ディルグ不在のままに内密に儀式をあげ、ディルグは不調だと言い、ヴィオレットだけ皆の前に顔を出す。
 そうするしか、なかったのだろう。

 辛いだろうと、メルティーナは思う。
 だが──もう、同情はしない。
 ただの、恋敵であれば、その気持ちも正しいのだろう。
 しかしメルティーナは、ヴィオレットの命令によって命を奪われそうになった。
 
 水の冷たさを、息苦しさを、呼吸をしようとしても口の中に水だけが入ってくる恐怖を、腕を掴む男のおそろしい力を──今でも、覚えている。
 憎む気持ちもない、恨む気持ちもない。
 彼女に感じるのは、ただ、悲しさだけだ。
 
 それでも、哀れんだりはしない。それを、彼女も求めてはいないだろう。

「ヴィオレット・リンウィルは──唯一無二のつがいであるディルグ様と共に、二人で王国を守っていきます。どうか、皆様、お力添えをよろしくおねがいいたします」

 儚げで可愛らしい風貌のヴィオレットは、緊張に震えながらそう口にする。
 あるいは、ディルグの存在に気づいているのかもしれない。
 いや、きっと気づいているのだろう。それは、つがいの本能だ。
 希望に縋るように、彼がこの場に現れることを期待している。
 だが反面──そうはならないことを理解して、必死にそれを否定しているのかもしれない。

 貴族たちの中にはディルグが不在ということを訝しむ者もいるようだったが、この場でそれを口にするような者はいなかった。
 誰かが拍手をはじめ、そして──会場が、拍手と歓声に包まれる。

 そこに──。

 歓声を切り裂くように、怒声が響いた。

「殿下不在の婚礼とは、馬鹿馬鹿しい!」

 薄く開いた大広間の扉が、大きく開かれる。
 扉の前に居並ぶのは、メルティーナの兄と、リュデュック家の私兵たち。
 そして、メルティーナの兄嫁の、侯爵家の私兵たち。
 そして、体の至る所に包帯を巻いたジュリオと、彼の生家の侯爵家の者たち。
 ディルグの悲痛な慟哭に心を痛めていた、城の兵士や侍女たちの姿もある。

 それから、イルマール家の、ライオスとアルバを拘束して連れている、彼らの父、前辺境伯である。

「体調が優れないだと、愚かな誤魔化しをしおって! 殿下はここにいるぞ!」

 前辺境伯、虎の耳と尻尾を持つ、老齢だが雄々しい偉丈夫であるファティマ・イルマールが、まるで落雷のような怒声をもう一度あげる。

 人間と人獣が入り交じった者たちの前に、堂々たるたたずまいで立つのは、片耳を失ったディルグだ。
 メルティーナは、母が残してくれた婚礼着を着て、ディルグの隣に立っている。
 伸ばしたままだった髪も、ぼろぼろの肌も、綺麗に手入れをされている。

 それは、今にも敵陣に切り込もうとしているような眼差しをした、勇ましい、花嫁の姿だった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...