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メルティーナと子犬 2
しおりを挟むメルティーナの元に王家からの手紙が届いたのは、それから五年後のこと。
「メルティーナ、リンウィル国王陛下からだ。王太子殿下ディルグ様の婚約者にしたいのだという」
寝耳に水の話である。メルティーナは十五歳。デビュタントを終えたばかりの年だ。
確かに十五で婚約を行う貴族女性は多い。実際に嫁ぐのは十七から二十歳の間ではあるものの、男性は十五の成人の儀を終えると、妻を娶ることができる。女性が嫁げるのも同じ年だ。
デビュタントで国王陛下にお披露目をされた貴族の子女の元に婚約の話が舞い込むというのは、確かによくあることだった。
家柄や、見た目や、評判や。その時の立ち振る舞い。そんなものを親たちが見定めて、我が子の嫁になってほしいと申し込む。貴族の婚約は政略結婚がほとんどなので、相手のことなど知らない場合も多い。
「ディルグ様……」
「あぁ。ディルグ様が、お前がいいと言っていらっしゃるらしい。デビュタントの時にお前の姿を見たのだという。確かにディルグ様は国王陛下のお隣にいらっしゃったが……なぜお前なのか」
ディルグ・リンウィルの姿を、メルティーナは思い出す。
国王陛下の御前で緊張していたが、ご挨拶の時には顔をあげて微笑むように父に言われていた。
国王陛下は立派な狼に似た耳と、尻尾のある偉丈夫だ。これは人獣の皆にいえることだが、人獣とは総じて体格がよく背が高い。
ディルグは──どうだっただろう。
王族の方々をじろじろと見ることなど不敬だ。
その姿はダンスが終わったあとに、遠目に見ただけである。
美しい白に近い銀の髪が印象的な青年だった。
メルティーナは、ミルクティー色をした髪とヘーゼルナッツのような色の瞳をした少女である。
顔立ちは悪くはないが、人目をひくような美少女でもない。
もちろんデビュタントの時は着飾っていたが、メルティーナよりもずっと美しい令嬢は、あの場にはたくさんいた。
メルティーナ自身、とりたてて特別ななにかが自分にはないことは自覚していた。
リデュック伯爵家も小さな街を領地に一つ持つだけの、さして立派な家でもない。
それなのに──何故、自分が。
メルティーナは突然のことに、『ディルグに選ばれた』という事実を受け入れるまで長い時間がかかった。
「メルティーナ、よく聞いておきなさい」
「はい、お父様」
そんなメルティーナに、父は真剣な表情で言い聞かせるように言った。
「人獣の方々には、つがい、というものがある」
「つがい、ですか?」
「あぁ。我ら人間にはないものだ。将来を共にする伴侶を、つがいという」
「運命の人ということですか?」
「そうだ。誰がつがいなのかは、その者と出会うまではわからない。出会ってしまえば、互いのことしか見えなくなる。今まで育んできた別の者との愛など全て忘れて、つがいに夢中になるのだ」
「……そうなのですね」
メルティーナには、まだ愛や恋がわからない。それはメルティーナにとって、物語の中のできごとだ。
けれど、父の言っている意味はわかった。
「人獣のつがいとは、人獣。お前は人間だ、メルティーナ。我が家には人獣の血は流れていない。なぜなら……かつて、リュディック家の祖先が人獣と恋をして、痛い思いをしたという記録が残っているからだ」
「痛い思い……」
「あぁ。将来を誓い合った人獣の男性に捨てられたのだ。……私は、お前もそうなるのだろうと考えている」
父の言葉には、強い確信があった。
メルティーナは神妙な顔で頷く。
──この婚約は、きっとうまくいかない。
「メルティーナ。王家からの打診を断ることなどできない。殿下のお考えはわかりかねるが、お前が好きという言葉は偽り。今だけの、熱。いずれは熱のさがる、病気のようなものだ」
「はい」
「そのうち番があらわれれば、お前は捨てられるだろう」
「そうですね、きっと。そうなるのでしょう」
「哀れだとは思うが、それまでお前は殿下の傍にいろ。なにごともない顔をしてな。できるか、メルティーナ? 番が現れたら、すぐに家に戻ってきていい。何があっても、私たちはお前を愛している。大丈夫だ、メルティーナ」
「ありがとうございます、お父様」
メルティーナは瞳を潤ませた。
終わりがおとずれることを理解した上での婚約を、十五歳の将来への希望に満ちた娘に告げる残酷さについて、父は「すまない」と謝罪をしてくれた。
メルティーナは「大丈夫です」と微笑んだ。
もしそうなるのだとしても、リディック伯爵家に帰ることができる。
そう思えば──きっと、何が起こっても大丈夫だ。
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