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トレーニング地獄のはじまり

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 体がぎしぎしに軋んでいる。
 全身が痛いし、足も痛ければ横腹も痛くて、息が苦しい。
 私はどうやって家まで戻ってきたのかしら、途中から記憶がないような気がする。

 ベッドの上でぐったりしながら目を閉じている私の瞼の裏に、ルイ先輩の良い笑顔が浮かび上がる。

「あの鬼畜……私を殺す気だわ……」

 一時間のランニングまでは良かった。ルイ先輩も楓も私のペースに合わせてゆっくり一緒に走ってくれたからだ。
 けれどその後の筋肉トレーニング。
 腹筋百回、腕立て伏せ百回、スクワット百回をやり遂げるまで家に返してもらえなかった。

 床にへばりついて、ぜはぜはしている私をサリエルが迎えにきてくれたところまでは覚えている。
 多分なんとか家まで帰ってきたのよね。
 それで、そのままベッドにダイブしたというわけだ。制服のまま。お風呂にも入らずに。

 美学に反するのは山々だけれど、起き上がることができそうにない。

「シャーロット、入浴を済ませて、夕食を食べることを提案する」

 いつも通り涼しい顔をしたサリエルが、私を見下ろして言った。

「ご飯は食べたいわよ、それはもう食べたいわよ、全身がご飯を欲しているわよ。でもそれ以上に寝たいのよ。お風呂は明日の朝入るわ」

「守谷ルイは君にとって良い影響を及ぼす人物のようだが、食事と入浴は大切だ。シャーロット、君は今日サラダと魚肉ソーセージしか食べていない」

「……動きたくないわよぅ」

「シャーロット・ロストワンが、風呂にも入らず着替えもせずに眠るのか? それと、宿題がある。俺が出した。担任だからな」

「免除して、サリー」

「なんと情けない。俺は担任として皆に平等だ。動けないのなら魚肉ソーセージが残っている。三本セットだったからな。後二本ある」

「魚肉……」

「いらないのか」

「食べるわ……」

 私はベッドの上で体を起こすと、サリエルから渡された魚肉ソーセージをもくもく食べた。
 サリエルはちゃんと皮を剥いてから手渡してくれた。学習しているわね。

「この生活を一ヶ月も続けていれば、果林も生まれ変わることができるわね。そうしたら、私は必要がなくなるわね、きっと」

 心なしか、体が軽くなったような気がする。
 いえ、体自体は痛くて怠くて重いのだけれど、纏っているお肉の話だ。
 魚肉ソーセージで空腹が緩和されたからか、少し元気が出てきた。
 ルイ先輩と一緒にいれば、多分体型は変わる。
 体型が変われば、気分も晴れるかもしれないものね。

「果たしてそうだろうか」

 サリエルが軽く首を傾げる。
 どうにも、はっきりしない曖昧な返事ね。

「そうでしょ、果林」

 私は頭の奥で隠れている果林に話しかけた。
 けれど、返事はない。
 まるでそこにはもう誰もいないみたいに。

「果林、いるんでしょ。唐揚げと肉まんと筋肉の話をしても良いのよ。ルイは、かなりの筋肉だったじゃない。好きでしょ」

 果林の好きな話題を投げかけてみたけれど、駄目だった。

「返事がないわね……水泳部に入ったことがよほど嫌だったのかしら。明日はプール掃除をして、それから水着で泳ぐのよね。水着が嫌なのかしらね。確かに、勝手に人前で全裸になるのは、あまり褒められた行動ではないわね。これは果林の体だもの」

「そういった気遣いはできるのだな、シャーロット」

「馬鹿なのかしら、サリー。私は無意味に他人を傷つけたりしないのよ。私の行動には常に理由があるの。理由もなく暴言を吐いて他者を傷つけたら、それは害獣と同じよ。害獣だって人を襲うには理由はあるから、もっと酷いわね」

「俺は君を勘違いしていたのか、それとも果林となった君は権力を失い、多少性格が穏やかになったのか、どちらだろうな」

「さぁね。どうでも良いわ。私は私よ、いつだって。さぁ、お風呂に入ってくるわ。お母様もお食事を準備してくれているようだし、行ってくるわよ」

「食べすぎないように」

「わかっているわよ。うるさいわね」

 魚肉ソーセージを食べて元気が出た私は、着替えを持ってお風呂場に向かった。
 二日めにして、昔から住んでいた実家のように自然にお風呂場に向かうことができた。

 私はどこでも生きていけるわね。さすが、私。

 まぁ、もう死んでるんだけど。

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