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国王夫妻の来訪

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 本来は、私とダンテ様の結婚式とは大聖堂にてミランティス家の者たちと私の家族、神官様たちに見守られながらひっそりと行うものであったらしい。
 参列できるのはごく限られた者だけで、その後馬車にて屋敷に帰り食事会となる。

 それから、貴族の婚礼において一番大切な初夜を迎えるわけである。
 ダンテ様の義務の一つが血を繋ぐこと。後継者がいなくては、ミランティス家も領地の者たちも困ってしまう。

 もちろん、子供が産まれずに親戚筋から養子をもらう方もいるし、そうでなければ優秀な孤児をもらう場合もある。
 家督を継ぐときは国王陛下承認が必要で、継がせる者がいない場合は領地を国王陛下にお返しすることになる。

 貴族の妻とは、世継ぎを産ませるために娶るものである。
 その重要性ぐらいは私にも理解できる。
 それだけ、ダンテ様の亡きお母様はどれほど肩身の狭い思いをしたのか。
 そして、お父様がどれほど深く奥様を愛し、守っていたのかということが偲ばれる。

 ともかく、初夜とは大切なものなのだ。失敗をしないように気をつけたい。
 ダンテ様はどちらかといえば遠慮がちで、どちらかといえば照れ屋さんである。

 なんせ、君を愛しているという代わりに、愛さないと口走り、そのうえ慌ててそれを否定するために、そうでもないような、と付け加えたような方なのだ。
 ここはひとつ、私が頑張らなくてはいけない。

 という決意を胸に、身支度を整えた私は馬車に乗るために、お屋敷の入り口で待っているダンテ様の元へと向かった。

 婚礼着というのはとても歩きにくい。普段着ているそれはそれは豪華なドレスよりもスカートの裾が長いからだ。
 両肩も剥き出しになっていて、気を抜くとドレスがストンと落ちてしまいそうである。
 落ちないように背中の紐をきつく締めてくれているので、大丈夫なのだけれど、心もとないのは確かだ。

 スカートの裾は転ばないように、ロゼッタさんたちが持ってくれている。
 時折、髪に飾られた花を直したり、宝石を直したりもしてくれる。
 そのためにお屋敷の玄関にたどり着くのにかなり時間がかかってしまった。

 そして、私がお屋敷の入り口に辿り着くと、そこにはすでに見慣れないそれはそれは美しい方がいらっしゃった。
 金の髪に、透き通る湖のような碧眼に白い肌。
 黄金と宝石で作られたような、優しげでたおやかな男性である。
 
 その隣には、そんな眩い男性が霞んでしまうほどに雄々しく姿のよいダンテ様。
 白い婚礼着が目に眩しい。いつもの軍服も素敵だけれど、白に繊細な金糸の刺繍の入った婚礼着も素敵だ。
 足が長く、胸板があつく上背があると、こうも礼装が似合ってしまうものなのかと感心してしまう。

 黄金の男性には申し訳ないけれど、私がより男性的な魅力を感じるのはダンテ様だ。
 抗いきれないフェロモンに、私はもうすっかり春先の雌羊である。

「ディジー……」

「ディジー嬢だな。エステランドの秘された妖精と名高いのも頷ける。とても可憐な姿だ。本当に、美しいな」

 何か言おうとしているダンテ様の言葉を遮り、男性が私を褒めてくれる。
 ダンテ様、すごく怒った顔で男性を睨みつけている。
 ダンテ様はいつも怒っている顔をしていると皆さんいうけれど、いつもは怒っていない。
 でも、今は怒っている。不機嫌そう。ダンテ様の本気の不機嫌を初めて見た気がする。

「……陛下。余計なことを言わないとの約束です」

「そう怒るな、ダンテ。女性を褒めるのは、男としての義務だと心得ている。そういった教育を受けているのでな」

「陛下。ディジーに下心を抱くのならば、場合によっては俺は、離反も厭いません」

「ダンテ。そのぐらいの饒舌さで、ディジー嬢のことを褒めればいいと私は思うが」

「それができないのがダンテ様のいいところではありませんか」

 男性の後ろから、小柄な女性が顔を出した。
 小柄だけれど、優雅で凛とした声音の愛らしくも美しい女性である。

 真っ直ぐな黒髪に、青い瞳の精巧な人形のような顔立ちの女性だ。
 赤い唇を三日月型にして笑顔を浮かべると、どこか人好きのする愛嬌が生まれる。

「はじめまして、ディジーさん。ジェイド様の妻の、エリーゼと申します。そしてこちらが夫のジェイド──」

「ジェイド・ヴァルディアだ。ディジー嬢、会うことができて、光栄に思う」

 薄々会話から理解していたけれど、美しい男性は国王陛下で、その隣にいる可憐な女性は王妃様だ。
 私は恐れ多すぎてどうしようかと混乱して、平伏しそうになってダンテ様に止められた。
 膝をつこうとしたのを、抱き止められた形になる。

「は、はじめまして! 私はディジー・エステランド……本日、正式にディジー・ミランティスになる、ダンテ様の妻です……!」

「俺の妻です」

 私の言葉をついで、ダンテ様が言う。
 今度は不機嫌そうではなく、どこか誇らしげで、自慢気だった。

「君が、吹雪の予言をしてくれたのだな。おかげで、王都の被害も最小限に済んだとは、手紙に書いたが。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう」

「ディジーさん、私からもお礼を。吹雪を知らずに過ごしていたら、怪我人も出ていたでしょうし、事故も起きていたでしょう。帰路につけずに立ち往生して凍える人も出たでしょうし、薪の備蓄がなく凍死する人も多くいたかもしれません。吹雪がわかっていればこそ、対応することができたのです」

「い、いえ、とんでもないです。皆さんがご無事で何よりでした」

 ここにきて、何度も褒められてお礼を言われた。
 国王陛下夫妻にまでお礼を言われてしまい、私は恐縮のしきりで、ダンテ様の腕をぎゅっと握り締めた。


 
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