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嵐の前です、旦那様

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 雪羽虫を見せてからのダンテ様の行動はとても早かった。
 朝の身支度と朝食を終えた後、ダンテ様は私を連れて執務室に向かい、サフォンさんとディーンさんを呼び出した。

「二人とも、吹雪が来るようだ。ディジーがそう言っている。エステランドの者は天気の移り変わりに敏感だ。俺たちよりもずっと」

「吹雪ですか」

「空見台の者からはそのような報告は来ておりませんが、この春先に吹雪がくるものでしょうか」

「可能性があるのならば備えるべきだ。ミランティスの者たちは雪に慣れていない。積もることは滅多にないからな。何もなければそれでいい。何かが起こった後では遅い」

 ダンテ様の隣で、私は頷いた。
 もちろん私の杞憂であってほしい。けれど、雪羽虫は本当に珍しい虫なのだ。
 エステランドで雪羽虫を早朝見かけたときには、大騒ぎになるぐらいの。

 私が生まれてからは、三年に一度程度の割合で、雪羽虫は現れた。
 その時は、必ず猛吹雪が起こった。

 備えをしていれば吹雪はしのげるけれど、それでも危険なぐらいである。

「困らせてしまっているのなら、ごめんなさい。ですが、ミランティス領の方々が困ったり、怖い思いをするのは嫌なのです。ダンテ様や皆さんの大切な場所は私の大切な場所でもありますから」

「ディジー様、申し訳ありません、疑うようなことを言ってしまいました」

「そのようにミランティスについて想ってくださっていること、大変光栄に思います」

 サフォンさんとディーンさんが深々と頭をさげるので、私も同じように頭をさげる。
 公爵様の妻としてはあまりこういった態度は望ましくないのかもしれないけれど、どうにも自分だけ真っ直ぐ突っ立っているというのは落ち着かないものだ。
 それに、信じてくれて嬉しかった。

「ディジー様、私たちは吹雪や積雪に詳しくありません。必要なことを教えていただけますか?」

「はい、もちろんです!」

 私は、数日分の食料や薪を確保すること、窓や扉の補強をすること、外に出る用事は今日中に済ませることなどを伝えた。
 暖炉の灰は雪がやんだ後に撒けば、雪を溶かしてくれる。屋根の雪おろしは危険だから、エステランドではお兄様を中心として若い男性たちが行っていることなどを話した。

「各地区の首長に、俺からの命令という形でディジーの言ったことを伝えろ。貧困地域などは教会に金を渡して家ではなく教会や大きな建物で数日凌ぐようにと。ミランティス家の貯蔵庫をあけて、必要な物資や金を配るように」

「心得ました」

「兵士たちには家の補強や避難の誘導などを手伝わせましょう。各地区に待機して、もし何かしらの被害が起きた場合には救助に向かわせます」

「あぁ。婚礼の儀式は来週に延期すると街の者たちには通達しておいてくれ。今日あたりは、祝祭の準備をしているはずだ。それから、ここから西の地域も危ない可能性があるらしい。王都に早馬を送る。エステランドから西といえば、王都の方角だろう。国王陛下にも念のために伝えておく」

 ダンテ様がそう言い終えると、礼をしてサフォンさんとディーンさんが部屋から出て行った。
 なにも起こりませんようにと祈るような気持ちで、私はその背中を見送った。

 エステランドでは雪が降るのはいつものことだった。
 皆、どうしたらいいのかを知っていて、慣れているのだ。
 けれど、ミランティス領では違う。

「ダンテ様、国王陛下にもお手紙を? それはとても、責任重大です。何も起こらなかった場合、ダンテ様のお立場はよくないことになるのではないでしょうか。私のせいで……」

「ジェイド・ヴァルディア国王陛下は話の分かる方だ。吹雪の可能性を知らせて、吹雪が起こらなかった――ぐらいで、腹を立てたりはしない。王都にもミランティス領地の各地にも空見台があるが、そこからもたらされる天候の予想は当たって二割程度だ。外れても誰も怒らない」

「そうなのですね、それなら、よかったです」

「エステランドの者たちの天気の予測はどのぐらい当たる?」

「そうですね。ほぼ、当たりますよ。といっても、雨という人と曇りという人がいて、雨が降ると言っている人が多ければ雨が降る――という感じで、皆がそれぞれ空を見ているので、当たるとは言い切れないかもしれませんが」

「そうか。……知らせてくれて感謝する、ディジー。俺はこれから陛下への手紙を書く。君はロゼッタたちに伝えて、屋敷の備えをしてくれるか? 俺よりも君の方が、吹雪の備えについては詳しいだろう」

「はい、ダンテ様! もちろんです!」

 私は役目を与えられたことが嬉しくて、飛び跳ねるようにしながら返事をした。

「私を信じてくださってありがとうございます、ダンテ様」

「それは、当然だ。その……妻を信じずに、他の誰を信じるというのか」

「ダンテ様……!」

 私は椅子に座っているダンテ様の頭をぎゅっと抱きしめた。
 いつもは背が高いので抱きしめるというよりも大樹にしがみつくという感じだけれど、椅子に座っていると丁度頭が抱きしめやすい位置にある。

「吹雪が来たら、一緒の部屋で過ごしましょう? 寒い日はくっついて眠るのです。人も、動物も。婚姻前でもこれは、許されることなのではないかと思うのですが、どうでしょうか」

「……あ、あぁ」

「よかった! それから、今どうしても伝えたいことができました。伝えてもいいですか?」

「あぁ。なんだ?」

「――私は、ダンテ様が好きです」

 恥ずかしかったので、小さな声で囁くようにそう伝えて、私は部屋から逃げ出した。
 そういえば幼い時のダンテ様も、私の前から突然いなくなってしまった。
 もしかしてあれは――怒っていたわけではなくて。
 今の私と同じ気持ちだったからかもしれない。
 そうであればいいなと思いながら、ぱたんと扉をしめて、扉に自分の背中をおしつけた。
 
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