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闘牛がはじまりました、旦那様

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 盛大なファンファーレと共に、闘牛場の左右対称の対面から、オルデイル牛が入場してくる。
 オルデイル牛の特徴としては、太い四つ足の膝から下の毛足が長いこと。
 尻尾も馬のようにふさふさしていること。

 肩肉が瘤状に盛り上がっていて、そこに栄養を溜め込んでいること。
 雄には立派な二本の角がある。
 野生では岩や木に擦り付けて手入れをするけれど、飼育下では削ってあげないと、伸びすぎてオルデイル牛の体に傷をつくる原因になることなどがある。

 あと、お肉が美味しい。
 野生のオルデイル牛もだけれど、飼育下のオルデイル牛もとても美味しい。
 その雄々しく無骨な見た目とは真逆に、その筋骨隆々なお肉は脂がのっていてとても柔らかいのだ。

 バーベキューなどをすると最高である。
 内臓も美味しいし、タンやハツも美味しい。

 その雄々しいオルデイル牛の中でもとてもとても立派な雄が二頭、綱をつけられて闘牛場の上にやってくる。
 綱と、筋骨隆々な肉体を飾りつける華やかな赤と金の布。
 相手のオルデイル牛は、青と金の布である。

「まぁ、格好いい……!」

 私はダンテ様にぎゅっと両腕を掴まれていることも忘れて、二頭の牛に見惚れた。
 私の知るオルデイル牛よりも二頭の牛はとても立派だ。人が三人ぐらいは余裕で乗りそうな、小山ほどの体格をしている。

「オルデイル牛ってあんなに大きかったかしら……ダンテ様、ごめんなさい。つい、牛に見惚れていました。お叱りの際中でしたね」

「叱りたいわけではない」

「口を拭って差し上げたのがいけなかったでしょうか、それともクリームを舐めてしまったのが……つい、癖で。はしたなかったですよね」

「そんなことはない、それは今後も続けてくれて構わない……!」

 厳しい声でやや激しく言いながら、ダンテ様は私からぱっと手を離した。
 叱られるわけではなさそうだ。
 ではなぜぎゅっと腕を握られたのだろう。
 不思議に思いながらも、私は牛たちに視線を戻した。
 そこで、やっと思い出した。私たちのいる特別室は、個室になっている。
 といっても、闘牛が見やすいように最前列の場所にあって、全面は東家のように開放的に空いているのだ。

「……大変です、ダンテ様。私たちが落ち着くのを、皆さん待ってくれています」

 鳴り止まないファンファーレ。撒き散らされる花吹雪。
 それが、やけに長い。そして皆さん、私たちからそれとなく視線をそらしながら、けれどちらちらと視線をおくりながら、私たちを待ってくれている。
 もしかして、遠目には喧嘩に見えたかしら。
 ダンテ様が足を組んで、額に手を当てて深く嘆息した。
 私は手をひらひら降ると「大丈夫です、ごめんなさい、喧嘩ではないのです!」と、大きな声で言った。

 それぞれの闘牛を連れてきた男性たちは顔を見合わせる。
 皆、騎士のような衣服を着ているけれど、もっと派手で煌びやかなものだ。
 やはり、闘牛とはお祭りに近いものなのだろう。

 私は胸をときめかせながら、試合の始まりを待った。
 ダンテ様は私の隣で長い腕と足を組んで、鋭い眼差しを牛たちにむけている。
 そもそものお顔立ちや目つきが、少し怒っているように見えるのかもしれない。
 もしかしたら平静でこのお顔だから、怒っているように見えるだけなのかもしれない。

 ダンテ様のことが少し理解できたような気がする。先ほども別に、怒っているわけではなかったもの。
 楽しくてつい、距離を詰めすぎたのかしら。
 お父様とお母様を参考にしているせいで、夫婦とはあれぐらい日常的にするものだと考えていたのだけれど。

 少し、馴れ馴れしかったかしらね。
 でも、私の行動を咎めたいわけではなさそうだったし。

 難しいわね、夫婦というものは──なんて考えていると、試合開始の合図が鳴り響いた。

 パァアア! と吹かれるのは、トランペットである。
 高い破裂音のような音と共に、二頭の牛の綱が外される。

「この匂いは、ホワイトウッド……牛たちを興奮させるために、山岳鳳凰に似せた布地に染み込ませているのですね、なるほど……」

 向かい合う牛たちの前に、男性たちが赤い巨大な布をはためかせた。
 真っ赤な怪鳥、山岳鳳凰はオルデイル牛の天敵である。
 ここにはハーレムはないし、雌牛もいない。

 どうやって戦わせるのだろうと思っていたら、赤い布と染み込ませたホワイトウッドの香りで牛たちを興奮させるようだ。

 牛は口から白い泡をふき、その瞳を危険を知らせる赤色に変化させた。
 興奮し怒りに満ちたオルデイル牛は、その瞳を赤く変化させて、黒い体を体温上昇により赤黒くし、体表から赤い汗を吹き出すのだ。

 牛たちの息遣いがここまで聞こえてくるようである。
 地鳴りのような音を立てながら、もはや互いの姿しか目に入っていない様相の牛たちの頭が、ごつんとぶつかる。

 この時点で角が尖っていれば互いに突き刺さるのだけれど、角は削られている。
 それなので、額を突き合わせて、体を打ち合わせて、闘牛場に張られた綱のラインから相手を押し出すのである。

 私は感心したり興奮したりしながら、戦う牛を見ていた。
 私の興奮よりももっと会場は興奮に包まれている。
 これは──お金を、賭けているからというのも大きいのだろう。

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