5 / 84
ディジー、手紙の返事をもらう 1
しおりを挟むお父様が書いたお返事を持って、公爵家へと立派な馬車は帰っていった。
サフォン様に羊毛を誉めていただいたことはとても嬉しい。
エステランドの綿帽子羊は本当にもふもふなのだ。
もふもふかつ、ふわふわで、弾力もある。マットレスに入れれば雲の上のような寝心地。
ショールにすれば暖かく、セーターなどにしても最高に肌触りがいい。
街の人々は大抵羊毛や酪農、農業に関する仕事についている。
糸を紡ぐ方もいれば、機織りをする方もいる。
小さな田舎町だけれど、私たちは羊たちのおかげで生かされている。
公爵様の従者であるのだから、サフォン様も華やかな世界で生きているのだろう。
有り体に言えば、都会の方だ。
そんなサフォン様に羊毛を誉められるというのは、都会の方にエステランド領を認められたようで嬉しかった。
「なんだか、お天気雨のようですね、お父様」
「あぁ、わかる。今は雪だけれどね、ディジーちゃん」
「はい。じゃあ、お天気雪です」
「サフォン殿は今頃白狐に変わっているかもしれないな」
私とお父様は丘を登る。
ちらちらと降っていた雪は今はやんでいる。
けれど、寒い。本格的な冬が来る前に、もっと薪を集めないといけない。
とはいえ、森には木が山ほどある。暖炉をともせば家の中はあたたかい。
夏の間に保存肉も作っているし、野菜も穀物も冬を越える分は十分に倉庫に備蓄してある。
私たち家族の分と、街の人たちの分。
街の人たちに何かあった時には、いくつかある蔵を開いて、街の人たちに食料を提供することになっている。
エステランドにすむ人は少ないから、皆で助け合って生きている。
古くから続いていることだ。
エステランド家は一応は伯爵家だから、領民の方々を助ける立場にある。
だからこそ、大きな農園を持ち、たくさんの動物たちを育てているのである。
使用人はいないが、夏の間農地を手伝ってくれているおばあちゃんたちはいる。
冬の間は誰も雇わない。雪が積もれば皆家に籠り、ひっそりと数ヶ月を過ごすのである。
「サフォン様は確かに、白狐に似ていましたね」
「あんなに顔の綺麗な男の人がいるもんだなぁ」
「本当に。都会の香りがしました。洗練された都会の香りが……」
「あぁ、いい匂いだった、確かに!」
「お父様も礼儀正しくて、伯爵様という感じがしましたよ」
「父親をからかうんじゃないよ、ディジーちゃん」
「やっぱり何かの間違いじゃないかなって思うのですよ、私」
「お父さんもそう思う。ダンテ様は何か勘違いしているのじゃないかなぁ。もちろんディジーちゃんは可愛くて自慢の娘だが、公爵様に妻にと乞われる理由がわからないからねぇ」
「ありがとうございます、お父様。でも、本当にそうですよね」
サフォン様と話している間、お父様もかなり緊張していたのだろう。
私たちはようやく肩の力を抜いて笑い合った。
吐く息が白い。手袋の中の手も、かじかんでいる。
丘をあがるとすぐさま、アニマが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
お兄様とお母様が刈り取った牧草を肩にかついで倉庫に運んでいる。
レオは雌鶏の産んだ卵を集めて、かごに入れて運んでいた。
変わり映えのないいつもの風景だ。
丘の上にある屋敷からは、眼下に広がる森や湖、街を見下ろすことができる。
やっぱりお天気雨みたいだ。
サフォン様と会話を交わしたことや、手紙を渡したことは夢か何かだったのではないだろうか。
私は部屋に入り、お出かけ用のブラウスとスカートを脱いで作業着に着替えると、すぐにお母様たちの手伝いへと向かった。
91
お気に入りに追加
1,550
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる