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序章
しおりを挟む幼い頃、私は凪蓮水のことをハスミちゃんと呼んでいた。
性別の差異もいまいち曖昧だったころの話。
もう戻れない。
戻りたいわけじゃないけれど。
今は――もっと早く大人になりたいと思う。
六畳の私の部屋のベッドの上に寝転がって、天井を眺めている。
ただ横になっているだけなのに、呼吸が勝手に乱れていく。
小動物は心拍数が早いから、早く死んでしまうらしい。
いつかどこかで聞いた情報が勝手に頭の中に思い出された。
「迷惑だったかなぁ……」
ストライプ柄の水色のベッドカバーの上に、四角い携帯電話が落ちている。
指先で軽くつつくと、黒い液晶画面が明るくなって時計が映し出された。
時刻は午後八時。
余程のことがない限り、まだ大概の人々が起きている時間だ。
「ハスミちゃん。……は、駄目よね。もう高校生になるんだし。蓮水先輩……、は馴れ馴れしいか」
もうずいぶん連絡を取っていなかったから、トークルーム一覧の下の方に移動してしまった『ハスミちゃん』の文字をタップすると、最後に交わしたメールと、一番新しいものが映る。
最後の日付は去年の六月。
ハスミちゃん――じゃなくて、凪先輩が、高校一年生になってから交わした私の『忙しいの? 部活、とか?』の後に、『美術部。楽しいけれど、結構忙しい』のメッセージのあとの、『頑張ってね』で会話が途切れている。
それから一番新しいものは、今さっき。
『ハスミちゃんと同じ高校受かったよ』という文字が、吹き出しマークの中に軽薄に浮かんでいる。
「……同じ歳だったら、良かったのに」
同級生に産まれていたら、中学高校と、離れることなくいられたのに。
中学校の時は毎朝会うから、自然に一緒に学校まで行っていた。
中学校は歩いて行ける場所にあるけれど、凪先輩が選んだ高校は、電車に乗らなければ登校できない場所にある、頭の良い人しか入れない進学校だった。
私は運動は結構得意だけれど、勉強はあんまり得意じゃない。
成績は、中の下ぐらい。たまに下の上ぐらいになることもある。
凪先輩は昔から頭が良かったけれど、私はそこそこ。多分、普通。
だから凪先輩の選んだ高校を知って、絶望的な気持ちになった。
もう、一緒に通うことができない。
物理的にも無理だし、学力的にも無理だ。
けれど、恋の力は偉大なもので、それから一年。
私は死ぬ気で勉強した。
友達と遊ぶ回数も減らしたし、時間が許す限り参考書と睨めっこしていた。
お母さんは「暇さえあれば、漫画ばっかり読んで携帯を弄りながらごろごろしてた七瀬ちゃんが、別人になった」と言って喜んでいた。
のんきなものである。
私にとって、凪先輩と同じ学校に通えるかどうかは、人生においての死活問題だったのに。
そのかいもあって、私は元々の学力よりもずっと上の高校に、ギリギリ合格することができた。
高校に張り出されていた合格通知の掲示板に、番号があったのを発見したときは、お母さんなんて二度見どころか四度見ぐらいしていたほどだ。
中学時代の担任の先生も「奇跡が起った」と言って、半泣きになっていた。
誰も彼も私を褒めてくれたけれど、誰一人として私の不純な動機に気づいていた人は居なかったように思う。
お母さんは「蓮水君から良い影響を受けたのねぇ」と言っていたけれど――そこまで深くは考えていないようだった。
将来のこととか、良い大学に行きたいとか、夢があるとか、そんなことはなにひとつない。
私はただ、凪先輩と同じ学校に通いたかっただけだ。
そうじゃなければ、瓶の中に浮かぶ帆船から海の中に落ちて、窒息してしまう。
「……っ」
携帯を握りながら、天井を見上げていると、不意に軽い振動を感じた。
慌てて起き上がって、液晶画面を穴の開くぐらいに見つめる。
トークルームに凪先輩からの、『おめでとう、七瀬。電車に乗り遅れないように』という返事が浮かんでいた。
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