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聖女の力は肉体言語 1

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 それはパラシュートだった。

 ユリウス様の一人用浮遊装置は翼の形をしているけれど、飛行船から降りてきたその人物の背中にあるのは、白に赤い花柄の愛らしいパラシュートである。

 パラシュートは、砂浜に綺麗に着陸した。
 ふわりと広がって、砂浜に落ちて萎むパラシュートの先には、小柄な少女の姿がある。

「お姉様ああああっ、不純異性交遊撲滅聖女フライングドロップキック!」

 腰や腕を固定しているパラシュート固定具を外しながら私の元へ、愛らしい女の子走りで駆け寄ってくるアリアネちゃんに、私は両手を広げた。

 アリアネちゃんは私を通り過ぎ、綺麗な流線形を描きながら私の隣に座っているユリウス様に向かって真っ直ぐにドロップキックを放った。

 ユリウス様を蹴った反動でアリアネちゃんが空に舞う。
 そのままくるくると三回ほど宙返りをして、アリアネちゃんはストン、と華麗に砂浜に着地した。

「お姉様!」

 嬉しそうに破顔するアリアネちゃんの瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。

 いくつになっても甘えん坊さんな私の妹のアリアネちゃんの姿だ。

 たった二日離れていただけなのに、とっても懐かしく感じる。
 頭の高い位置で、二つに結ばれたミルクティー色のふわふわの髪は、小型犬を連想させる。

 こぼれ落ちそうな大きな瞳は薄桃色で、白い肌は薄く紅色に色づいている。
 可憐で小さな唇と、真っ直な鼻筋に小さめの鼻。

 愛らしさの権化である私の妹、聖女アリアネちゃんは、お気に入りの真っ黒な全身のスタイルが丸分かりのエナメルキャットスーツに身を包んでいた。

 腹から胸までを一直線のジッパーで閉めるタイプのエナメルキャットスーツは、アリアネちゃん曰く『聖女の普段着』である。

 アリアネちゃんが足元にヒールのついたキャットスーツを普段着として着用するようになったのは、深いわけがある。

 何故かといえば、アリアネちゃんお気に入りのアニメ、『侠気プロレス一本道』に出てくる女怪人『キャットファイトクララ』の衣装が黒いエナメルキャットスーツだからだ。

 キャットファイトクララの服が着たいと言ってさめざめと泣くアリアネちゃんのため、私は衣装職人を呼び寄せて、特注のエナメルキャットスーツを作った。

 なけなしの公爵家の貯蓄を全額はたいても、アリアネちゃんの夢を叶えてあげたかった。
 あれは、アリアネちゃんが十歳を過ぎたばかりの頃だろうか。

 それ以来、アリアネちゃんは年に一回はエナメルキャットスーツを新調して、普段着として身に纏っているというわけだ。

 オリアニス公爵領では、『エナメルキャットスーツを着た正義の聖女』として、アリアネちゃんは日々悪党に聖女腕ひしぎ十字固めを行う生活を送っている。

 今やオリアニス公爵領で、アリアネちゃんの姿を知らないものはいない。
 アリアネちゃんの姿を模したエナメルキャットスーツ聖女人形は、女児に大人気だ。

「アリアネちゃん、ユリウス様に訳もなく聖女フライングドロップキックをしてはいけませんよ。ユリウス様は頑丈ですが、痛いものは痛いのですからね」

 私の胸に縋り付くようにして抱きついてくるアリアネちゃんを受け止めながら、私は言った。

 ドロップキックと一緒に繰り出された全てを浄化する聖女雷光が、ユリウス様の軍用コートを焼いて、プスプスと胸元から煙が立っている。

 ユリウス様は体のダメージをすぐに修復することができるけれど、お洋服はそうはいかない。
 ユリウス様の胸元はアリアネちゃんに焼かれたせいでざっくりと開かれて、たくましい胸板が露わになっていた。

 なんてしどけなく艶やかな姿なのかしら。
 恋を自覚した私は、ユリウス様のたくましい胸板から視線を逸らして、頬を染めた。

 アリアネちゃんはそんな私を、じいいっと低い位置から見上げる。

「お姉様、お姉様の胸の鼓動が普段よりも三割早まっておりますわ! どういうことですの、お義理兄様の素肌を見た途端に、愛らしく頬を染めて、どきどきなさるなんて、お姉様はまさか……!」

 見開かれたアリアネちゃんの大きな瞳から、朝露のように涙が散った。

「私のいなかったこの数日で、お姉様はお義理兄様に、十八歳未満の青少年は買ってはいけない薄い本のようなことをされたのでは……!?」

「アリアネ、品性のない勘ぐりはやめろ。俺が大切なリコリスにそんなことをするわけがないだろう!」

 ぎろりとユリウス様を睨みつけるアリアネちゃんに、ユリウス様は狼狽えながら怒った。

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