39 / 82
家具職人ユリウス様 2
しおりを挟むあくまで私はソロキャンプを楽しんでいるので、寝床は別でないといけない。
食事は一緒でも、寝床は別。
それがソロキャンプ。
うん。なんだかだんだん定義が曖昧になってきた気がするわね。
ユリウス様と一緒の場合は何というのかしら、ファミリーキャンプかしら。まだファミリーじゃないけど。
「リコリス、俺の分の卵の話はどうなった」
ログハウスの話で盛り上がる私たちに、ヴィルヘルムが言う。
じいっと私の分のオムレツを見つめ続けているので、どうせ私は全部は食べられないだろうから、半分分けてあげることにした。
半分に切ったオムレツをヴィルヘルムのお皿に乗せてあげると、途端に機嫌を直したヴィルヘルムは、ばくばくとオムレツを食べ始める。
「そんなに美味しいのですか、ヴィルヘルム。作りがいがあって良いといえば良いのですけれど」
「お前たちも食ってみろ。俺の食った卵はいったい何だったのだと戸惑うほどに美味いぞ」
「それは親父殿が殻ごと生で食らったからでは……」
「御託は良いから、食うと良い」
誰も御託を並べてはいないのだけれど、ヴィルヘルムは食事についてと神竜の乙女の件については結構うるさい。
私とユリウス様は顔を見合わせると、それぞれ席についた。
ユリウス様と私は向かい合わせで、ヴィルヘルムはユリウス様の隣である。
カマドをどちらの席からでも見ることができる位置に、テーブルは設置されていた。
久々に地べたではなくて椅子に座ると、健康で文化的な生活を取り戻したような気がする。
私が今回目指している、おしゃれ女子力キャンプにすごい速さで近づきつつある。ユリウス様のおかげだ。
「リコリスの手料理か、……はじめての手料理だな。俺は今日この日、この瞬間を、死ぬまで忘れたりはしないだろう」
ユリウス様が祈るように手を合わせながら、うっとりとした口調で言った。
今すぐにでもポエムを読みそうな雰囲気だ。
ポエムは後にして、とりあえず食事をして欲しい。
「ユリウス様、早く食べましょう。冷めてしまいます」
「あぁ、わかった。俺は幸せ者だ、リコリス。君の手料理を、美しい海と君の顔を見ながら食うことができるとは。ありがとう、リコリス。愛しているぞ」
「ええ、その、ありがとうございます。食べてください」
学園に通っている時は、朝の挨拶ぐらいの頻度で囁かれていたユリウス様からの愛の言葉が、妙にくすぐったい。
私はお皿の上のオムレツに視線を落とした。
それから「いただきます」と挨拶をして、フォークですくって口の中に入れる。
とろとろの黄金色のオムレツは、ナイフで切る必要がないほどに柔らかい。
とろりとしている部分と、固まっている部分が半々ぐらいで、気を抜くとフォークから溢れそうになってしまう。
オムレツの中には、鬼マタンゴのスライスが、ぽつぽつと顔を覗かせている。
卵のまろやかな香りの中に、炙ったベーコンのような芳醇さが加わっている。
一口口に入れる。
口の中で卵がとろりと溶けていく。
舌の上でとろける柔らかで優しい味わいは、いつも食べている鶏の卵に似ている。
けれど、それよりもずっと味が濃い。
舌に残らないほどに、噛まずに溶ける卵が、するりと喉の奥へと流れていく。
一緒に鬼マタンゴを食べると、高級肉に卵を絡めたような味がする。
鬼マタンゴの濃く深い味わいを、卵が優しく包んでいるようだ。
「美味いな、リコリス! 君が作ったからだろうか、王都で食っていた料理よりもずっと美味い」
「炒めて混ぜて焼いただけですけれど」
「やはり愛情という名のスパイスが、料理を一層美味しくさせるのだろうな。なんて旨い料理なんだ。リコリス、俺は幸せだ」
「それは良かったですね」
「ユリウス、手が止まっているぞ。食わないなら、俺が食ってやろうか」
自分の分がまだ残っているのにユリウス様のオムレツをじっと見つめるヴィルヘルムから、ユリウス様は自分のお皿を庇うようにした。
「いくら親父殿といえど、リコリスの料理を渡すわけにはいきません」
「そうか。まぁ、卵はあと一個あるからな」
「今日はもうオムレツは作りませんよ」
オムレツは作らないけれど、巨大目玉焼きは作ってみたい。
果たして美味しいのかどうか、ちょっと謎だけれど。
5
お気に入りに追加
918
あなたにおすすめの小説
素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】貴方が嫌い過ぎて、嘘をつきました。ごめんなさい
仲村 嘉高
恋愛
侯爵家の長女だからと結ばれた、第二王子との婚約。
侯爵家の後継者である長男からは「自分の為に役に立て」と、第二王子のフォローをして絶対に逆らうなと言われた。
嫌なのに、嫌いなのに、第二王子には「アイツは俺の事が好きだから」とか勘違いされるし
実の妹には「1年早く生まれただけなのに、王子様の婚約者なんてズルイ!」と言われる。
それならば、私よりも妹の方が婚約者に相応しいと周りに思われれば良いのね!
画策した婚約破棄でも、ざまぁっていうのかな?
そんなお話。
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる