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番外編

王子様と森へ行く私 2

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 心地よい秋の涼しい風のふく週末、私はレイス様と一緒に森へと訪れていた。
 王都の近隣にあるお手頃な森である。
 中央に通っている街道から外れると、木々が鬱蒼と生い茂ったまさに森、といった風景になった。
 街道までは馬車で。あとは徒歩である。
 二泊三日のお試し体験森生活なので、着替えなどは最低限のものを鞄に詰めてある。
 私は以前着ていたような地味な濃い赤色の膝下まであるワンピースに、ブーツを履いている。その上からふわふわした羊毛のショールを羽織っている。
 レイス様は王立タハト学園の校外学習用の制服の上からマントを羽織っている。
 校外学習用の制服は丈夫だし汚れても丸洗いできる生地で作られているので、それを選んでくるあたりが流石はレイス様だわ、と私は感心した。私も校外学習用の制服にしたら良かった。お揃いにしたかったと馬車の中で残念がっていると、レイス様が「アリシアの色々な服装を見ることができるのは嬉しいよ」と言ってくださったので元気が出た。
 橙色や赤色や黄色に色付いた落ち葉をさくさくと踏んで森の中を歩く。
 木の枝をブーツの底で踏むたびにぱきりと音がした。
 よく晴れて明るい日差しが、木々の隙間から森の中に差し込んでいる。
 鳥の鳴く声が小さく聞こえる。
 片手にご自身のものと私のもの、二つの荷物を抱えたレイス様がもう片方の手で私の手を握ってゆっくりと歩いていく。
 風にレイス様の黒いマントが揺れる。月光に似た金色の髪が日差しを受けて輝いていている。

「アリシア、特別な用事が無ければこんなところに来たりはしないから知らなかったけど、森の中というのは静かで良いね」

 レイス様の声が、いつもよりも楽しそうだ。
 私は楽しそうで幸せそうなレイス様を見ているのが好きなので、私の我儘で森の中へご一緒していただいて良かった。

「そうですわね。誰にも邪魔をされる心配がなく、レイス様と二人きりの時間を過ごせると言うのは貴重ですわ」

「……そう可愛いことを言われると、抱きしめたくなってしまうよね」

 困ったようにレイス様に言われて、顔に熱が集まってくるのがわかる。
 恥ずかしさと嬉しさの割合でいったら、現在四対六で嬉しさが勝っている。私は自分に正直なので。

「どうぞ、存分に抱きしめてくださいませ。あなたのアリシアは、いつでもレイス様に抱きしめていただく準備ができておりましてよ」

「アリシア、……そうしたいのは山々だけれど、自制をしないと際限なくアリシアに触れていたくなってしまうから、我慢するよ。今日は一晩ここで過ごすんだよね、だとしたら色々準備をしないといけないし」

 レイス様は私の手を引き寄せると、軽く手の甲へと口付ける。
 それだけで私は動悸と息切れが止まらなくなり、倒れそうになってしまう。
 これは駄目だわ。抱きしめて良いだなんて軽々しく口にするものではないわね。レイス様へのときめきと、愛が止まらなくて、森生活どころじゃない。
 どうしよう、レイス様が素敵すぎてこの調子では本日中にでも私は天に召されてしまうかもしれない。

「大丈夫? 顔が赤いけれど」

「レイス様が好きすぎて辛い…… 」

「安心して、アリシア。俺も同じ苦しさを毎日味わってるよ」

「はう……っ」

 私は胸を押さえて小さな悲鳴を上げた。
 王子様だわ。いえ、レイス様は王子様なのだけれど。
 今夜の野営地にと選んだ小川の川縁にに辿り着く頃には、私は息も絶え絶えで最早瀕死だった。


 歩いて渡れる程度の深さの小川の幅は、私が横たわると二人分くらいだろう。
 透き通った見るからに冷たそうな水の中に、魚の影がちらほらと見える。
 川縁にはごろごろと岩が並び、川岸は平地になっていて落ち葉が絨毯のように敷き詰められている。
 木々が屋根のように空を覆っている。

「この辺りに、野営地をつくろうか。アリシア、何か持ってきた?」

 レイス様に問われて、私は頷く。
 準備は私がすると伝えてあったので、任せて欲しい。
 私はレイス様から私用の肩掛け鞄を受け取ると、中からごそごそと膝掛けを取り出した。

「膝掛けだね」

「毛布にしようと思いまして!」

「他には?」

「これに包まって、その辺りで眠ろうかな、と思いますのよ。膝掛け、大きいので、レイス様も一緒に入れますわ」

 レイス様は優しく微笑んで、私と膝掛けを交互に見つめた。

「それも魅力的かなって気がしてきたよ。でも、流石に寒いよね。まだ秋とはいえ夜は冷えるし……」

「駄目でしたか……?」

 あとは私の炎魔法で火を起こせば完璧だと思っていたのに。

「駄目ではないし、……正直、とても魅力的な誘い過ぎて心が揺れているんだけど。……ともかく、まずは火でも起こそうか。薪を集めてみる?」

「はい!」

 ショックを受ける私を、レイス様はよしよし撫でてくれた。
 一先ず荷物を落ち葉の上に置いて、レイス様と私は薪集めに向かった。
 落ち込む私を励ますために、私の得意な火おこしを提案してくれたレイス様の優しさが身に染みた。
 
 しかし、私はすぐに大自然の厳しさを知ることになるのである。

「レイス様、レイス様、落ち葉の中に蛇が……! 蛇が……!」

「アリシア。それは蜥蜴だよ。足と手があるでしょう。噛まないから大丈夫だよ」

 木の枝を拾い始めた私は、枯れ葉の中に生き物を見つけるたびに悲鳴をあげた。

「レイス様、ぬめっとしたものが、枝にくっていていますわ……! ひぇぇ……」

「アリシア、蛞蝓だね」

「いやあああ!」

 手に持った枝を全て投げ捨てて、私はレイス様に抱きついた。
 小さくてぬめぬめしていた。はじめて至近距離で見てしまったわ。
 とてつもなく気持ち悪くて、鳥肌が立った。
 レイス様は片手に枝を抱えながら、落ち着いた様子で私を抱きしめてくださった。

「怖かったね、アリシア。害はないから大丈夫だよ。蛞蝓に怯えるアリシア、可愛い」

「ぬるっとして、ぬめっとした生き物ばかりですわ……、ふわふわして、ふさふさした生き物はすこしもいませんわ」

「ふわふわした生き物は、食料にしようかと思うんだけど」

 レイス様の言葉に、私を食べてくださいと言って自ら火の中に飛び込むうさぎさんの話を思い出した私。
 レイス様の服を引っ張って、ふるふると首を振った。

「わ、私、木の実とかで良いので! あと、お魚とか……、だから、動物は……」

「この時期だから、山葡萄とか、栗とかはあるかな。アリシアは優しいね、動物は捕まえないことにしようか」

「レイス様、私お魚を見事に釣ってみせますわね!」

 今のところ私は、膝掛けしか持ってこなかったし、薪は放り投げてしまったしで、なんの役にも立っていない。
 せめて食料確保の役に立ちたいと思う。
 レイス様は全てを包み込むような優しい眼差しで、「頑張ってね、アリシア」と言ってくれた。
 レイス様に期待していただいたからには、頑張るしかない。

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