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とける呪い 2
しおりを挟むでも、触れたい。
呪いのせいで、シェイド様に触れないなんて嫌だ。
傷ついてもいい。唇が切れてもいい。意地悪な呪いを解きたい。シェイド様に、触れたい。
「……っ」
そっと唇が触れる。
ぴりっとした痛みが走った気がした。血の味がしたような気もする。
けれど私は、離れようとしたシェイド様の体に手を回して、ぎゅっと抱きついた。
あなたが好き。好きだから、触れたい。
私はなんでもできる。死んだつもりで生きろと、お母様は私に言ったのだから。
「――は」
何かが、私の体に流れ込んできたような気がした。
唇をはなす。シェイド様の愛しさと不安が入り混じったような瞳と目があった。
私は無事だ。怪我もない。
痛みも感じない。
シェイド様の体から、するすると蔦の模様が消えていく。皮膚の上を這うようにして、動いてあつまり――シェイド様の体に絡みついたそれは蔦の冠となった。
その冠が、シェイド様の髪へと絡みつく。
絡みついた冠から、小さな白い花が咲いた。
「まぁ……可愛い」
「これは、なんだ。……呪いがとけたのか?」
シェイド様は頭の冠に触れる。けれど、引っ張っても何をしても、冠は外れなかった。
「新たな呪いにかかったように思える」
「私は願いました。シェイド様に、皆を守れる力を残して欲しいって」
私はシェイド様の手に触れる。手を繋いでも、私の手が傷つことはもうない。
あたたかくて大きな手だ。
思ったよりもごつごつしていて硬い。私よりもずっと指が長くて、大きい。
「呪いは、祝福に。……黒の魔女キャストリンからの祝福です、たぶん、きっと」
シェイド様は繋がれていない方の手のうえに、炎をともして、すぐに消した。
「呪いの力がまだつかえる。……そうでなければ、私はここから地面に真っ逆さまに落ちていただろうな」
「力を残したのは嫌でしたか」
「君を守ることができる。たとえば――私には他の女性が相応しいなどと言って、どこかに飛んで行ってしまう君をおいかけることができる。それは嬉しい」
「逃げませんよ」
「わからないな。だが、私は君がどこに行ってしまってもおいかけて、連れ戻す」
「シェイド様は……恥ずかしいことを言います。そういうことを、言わなそうな感じがするのに」
なんだか急に恥ずかしくなってしまって、私は俯いた。
唇に、触れ合った感触が残っている。
少し痛くて、柔らかくて、それから。
胸のうちがわから、花がさいて体がいっぱいになるぐらいに、幸せだった。
「嫌か?」
「嫌じゃないですけれど……呪い、とけましたよ、シェイド様。何かしたいことはありませんか?」
呪いのせいで塔にこもっていたのだ。
シェイド様はこれでどうどうと、街を歩ける。食べ歩きだってできるし、皆とお酒を飲むこともできる。
「そうだな――」
少し考えるように黙ったあと、シェイド様は微笑んで、繋いでいる私の手を引いた。
クイールちゃんから空に放りだされた私を、シェイド様はしっかりと抱きしめる。
体一つで空に浮いているのが信じられなくて、私はシェイド様にしがみついた。
「もう一度、君に口づけたい。それから、初夜も――」
「シェイド様……っ、ん……んぅ……」
そういうはしたないことを聞いたわけではないのだと狼狽える私の唇は、やや強引にシェイド様によって塞がれたのだった。
ルディク様たちは、目覚めることがなかった。
今まで苦しんでいた人たちの呪いを一身に受けたようにうなされ続けて、次第に衰弱していって、やがて息をひきとった。
私はその姿を見ていない。シェイド様から聞いた話だ。私は見なくていいと言って、最後まで会うことはなかった。
ルディク様がいなくなり、王国はかつての日常を取り戻しつつある。
私とシェイド様は城に移り住み、塔に避難していた人たちは、自分の家に帰ることができた。
オリヴァー様やアベルさん、フィエル様はシェイド様のよき友人として配下として、シェイド様を支えてくれている。
アルスターの監獄は辺境の隅にあり、王都にするには立地条件がよくなかったのだ。
けれどせっかく街ができたのだからと、今では街に残った人々が観光都市として街おこしをしている。
そこにはもう呪われた王子シェイド様はいないけれど。
国を救った英雄としてのシェイド様に感謝の祈りを捧げるために、塔を訪れる人たちは結構沢山いるらしい。
私とシェイド様は正式に婚礼の儀式を行った。
シェイド様は賢王として称えられ、私は――国を守った魔女として、黒の魔女ではなく、人々から『スノードロップの魔女』と呼ばれるようになった。
これは、シェイド様の頭の花冠に由来している。
シェイド様は取れない花冠については、「キャスが似合うというのなら、これでいい」と言っている。
呪いの力を持ったシェイド様と、魔女の私。
私たちの子供はきっと、強い力を持った優しい王になるだろう。
でも今はまだ、シェイド様と触れ合えるようになった日々を楽しみたい。
私はシェイド様と手を繋いで、お部屋のバルコニーで夜空を見上げている。
シェイド様は私をひきよせると、大切な何かを腕に閉じ込めるようにして優しく、強く抱きしめた。
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めちゃくちゃ良かったです!
一気に読んでしまいました!
面白かったですー🥰💗
キャスが斜め上の女性で可愛いやら楽しいやら♥️
シェイド王子も本当に素敵で格好良くて😍✨
素敵なお話をありがとうございました😊
ありがとうございます!
こちらこそ素敵な感想ありがとうございます!
とてもいい感じですね。
でもあの屑共があの程度の罰ですんだのがなんだか胸がモヤモヤします。
番外編があるのでしたら、あの屑共がどんな幻覚を見て苦しんでいたのかの話が読みたいです!
ありがとうございます!ホラーになってしまいそうなので、そのあたりは割愛で笑
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温かいお話をありがとうございました
あー!そんな素敵な花言葉だったのですね…!とても嬉しいです。