上 下
71 / 74

再会の夜

しおりを挟む


 レオンハルトの帰還に、ユースティス家はいつもよりも賑わっていた。
 領地の復興に資金を使用するため、長らく倹約を心がけていたが、今日だけはと豪勢な食事が食卓には並び、高価な酒も振る舞われた。

 ルティエラも、グレイグやレオンハルトに勧められるままに少し、飲んだ。
 ルティエラの酒に酔ったため起こったレオンハルトとの邂逅は、もちろんグレイグたちは知らない。

 なんとなく居た堪れない気持ちになったが、久々に口にする酒はやっぱり美味しかった。

「レオンハルト。いつまでこちらにいることができる?」
「しばらくは。抵抗勢力もほぼ潰しました。中央の政治もかなり落ち着きをみせています」
「ベルクント様は、慈悲深く賢い方だからな。戦には向かないが、政治には向いている。王としてあれほどふさわしい方もいない」

 グレイグの問いに、レオンハルトが答えるのを、ルティエラは赤葡萄酒を口にしながら聞いていた。
 顔立ちはにていないが、仕草や口調がどことなく似ている。
 血は繋がっていないが、本当の親子なのだと感じる。それがとても微笑ましかった。

「騎士団の出番も減るでしょう。半年、クレスルードを連れ回して、補佐官としてかなり使えるようになりました。俺の不在の時は、ロネと共に代わりを務めさせています。ですので、しばらく王都を不在にしていても、問題はないかと」
「それならよかった。早々に、ルティエラさんと婚礼の儀式を行うべきだ」

 まさか自分の名前が出るとは思わず、ルティエラは驚く。

「ルティエラさんは、お前の不在の間よくやってくれていた。私と共に領地の復興を手伝ってくれてな。お前が不在で不安だったろうに、不安な顔ひとつ見せずに、いつも笑顔で。領民たちはルティエラさんを、ユースティスの聖母と呼んでいる」
「聖母ですか」
「あぁ。もちろん、悪い意味ではなく。だが、まだ結婚もしていないというのに聖母というのものな。領民たちは勝手に、お前の妻だと思っているのだ。お前とルティエラさんの婚礼を、心待ちにしている」
「俺も、ティエとすぐにでも結婚したいと考えています。しかし、色々と準備があるでしょう」
「それなら大丈夫よ、レオンハルトさん。もう、準備はできているわ。あとはあなたの帰りを待つだけだったの」

 ぱちんと手を叩いて、ルーネが嬉しそうに言った。
 レオンハルトの視線が、ルティエラに移る。ルティエラは頬を染めて、小さく頷いた。

「気が早いと、思ったのですけれど。滞在中、お母様にとても優しくしていただいていて。服の採寸のついでと、ドレスの採寸も終わらせて……かつてお母様が着た婚礼着を、縫い直していただいたのです」
「新しいものじゃなくていいのか?」
「私がお願いしたのです。ルーネお母様のドレスがいいのだと。レオ様は、お嫌ですか?」
「そんなことはない。君がいいのなら、俺もそれで」

 準備が整い次第、婚礼の儀式をあげるということで話がまとまった。
 自分が罪人だと思っていた時、ルティエラはレオンハルトの迷惑になりたくないと考えていた。
 いつかは離れなくてはいけない。
 レオンハルトの愛情を信じていたが、彼の負担になりたくはなかった。
 
 それが、今は嘘のように晴れやかな気持ちで結婚を受け入れることができる。
 何もかも失ってしまった。けれど、新しく家族ができた。
 血の繋がりがなくても、ルティエラにとってレオンハルトやグレイグやルーネは、エヴァートン家の失われた家族よりもずっと家族だった。

 湯浴みを済ませたルティエラは、侍女たちの選んだ薄手のネグリジェを着てレオンハルトの訪れを待った。
 騎士団寮でルティエラの世話をしてくれた方々である。
 すでに、レオンハルトとルティエラが深い関係にあることを知っている。

 そのため、いつもよりも肌や髪を磨く手にも、下着やネグリジェ選びにも慎重になっているようだった。
 ああでもないこうでもないと言いあいながら選んでくれたネグリジェは、下着が透けて見えない程度の薄手のもので、リボンとフリルに飾られた可愛らしいデザインだった。

 その代わり、下着は布の面積が少ない。白いレースが申し訳程度に大切なところを隠しているが、あまり下着としては意味をなさないものである。

 気恥ずかしく思ったが、レオンハルトが喜んでくれるかもしれないと、ルティエラは恥を偲んでそれを身につけた。
 侍女たちの応援が追い風になり、これぐらいは頑張らなくてはという気になったのだが、レオンハルトの訪れを待つ間、ずっと落ち着かなかった。

 似合わないと思われたら。まるで、誘っているようで、はしたない女になってしまったようで。
 レオンハルトがそういった趣向を嫌っていたらどうしよう。
 こんなに不安になるのなら、もう少し酒を飲んでおくべきだったと、ルティエラはネグリジェの裾を掴む。

 ややあって、寝室の扉が開いた。
 湯浴みを終えたのだろう、しっとりと金の髪を濡らしたレオンハルトは、肩からかけて腰紐を絞めるだけのローブを着ている。

 パタンと扉が閉まり、内鍵をかける音が響いた。
 レオンハルトが寝室に入ってきただけで、部屋の温度が上昇していく気がする。
 半年前の愛された日々の記憶が蘇り、ルティエラは頬を染めた。

「ティエ、会いたかった。君と会えない日々はまるで、拷問を受けているかのようだった。ティエ」
「レオ様……っ」

 ルティエラの心配をよそに、レオンハルトは真っ直ぐにベッドに座るルティエラに近づいてくる。
 腰に腕を回して、とさりとベッドに押し倒した。
 体重をかけないようにしながら覆いかぶさって、ルティエラの頬や首筋に唇を落とす。

「ティエ、ティエ……本物だな。君に飢えて、幾度も夢を見た。可愛らしく笑う君も、恥ずかしがる君も、淫らに俺を求める君も。目覚めると君がいなくて、何もかも投げ捨てて君の元へ帰ろうかと思うほどだった」
「レオ様……私も、お会いしたかったです。あなたの御身に何かあったらと思うと、心配で」
「半年も不在にして、すまなかった。だがもう、それも終わりだ。戦は終わり平穏が訪れれば、遠征もなくなる」

 優しく髪を撫でられて、うっとりするような熱のこもった瞳で見つめられる。
 遮るもののない美しい瞳には魅了の力はないが、ルティエラだけは、その瞳にずっと魅了をされている。
 ルティエラにだけ効果のある、恋の呪いがかかっている。

「もう少し落ち着けば、騎士団長の座を退いてもいい。君と共に、ここで領地を治めながら暮らしてもいいと考えている」
「嬉しいです、レオ様。私もずっと、寂しくて。ずっと、抱きしめていただきたかった」
「抱きしめるだけでいいのか?」
「……意地悪です」
「甘えてくれるのだろう?」

 指先が唇を撫でる。
 ルティエラは太く固い指先を、唇で食んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

【R-18】後宮に咲く黄金の薔薇

ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもHOTランキング入りさせて頂けました🤗✨✨5/24には16位を頂き、文才の乏しい私には驚くべき順位です!皆様、ありがとうございます🧡前作(堕ちた御子姫はー)に引き続き(まだ連載中)、HOTランキング入りをさせて頂き、本当にありがとうございます😆🧡💛 〔あらすじ〕📝小国ながらも豊かなセレスティア王国で幸せに暮らしていた美しいオルラ王女。慈悲深く聡明な王女は国の宝。ーしかし、幸福な時は突如終わりを告げる。 強大なサイラス帝国のリカルド皇帝が、遂にセレスティア王国にまで侵攻し、一夜のうちに滅亡させてしまう。挙げ句、戦利品として美しいオルラ王女を帝国へと連れ去り、皇帝の後宮へと閉じ籠める。嘆くオルラ王女に、容赦のない仕打ちを与える無慈悲な皇帝。そしてオルラ王女だけを夜伽に召し上げる。 国を滅ぼされた哀れ王女と惨虐皇帝。果たして二人の未来はー。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハッピエン🩷 ◇稚拙な私の作品📝を読んで下さり、本当にありがとうございます🧡

騎士団専属医という美味しいポジションを利用して健康診断をすると嘘をつき、悪戯しようと呼び出した団長にあっという間に逆襲された私の言い訳。

待鳥園子
恋愛
自分にとって、とても美味しい仕事である騎士団専属医になった騎士好きの女医が、皆の憧れ騎士の中の騎士といっても過言ではない美形騎士団長の身体を好き放題したいと嘘をついたら逆襲されて食べられちゃった話。 ※他サイトにも掲載あります。

【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku
恋愛
婚約者ディオス様は私といるのが嫌な様子。いつもしかめっ面をしています。 ある時気付いてしまったの…私ってもしかして嫌われてる!? それなのに会いに行ったりして…私ってなんてキモいのでしょう…! もう自分から会いに行くのはやめよう…! そんなこんなで悩んでいたら職場の先輩にディオス様が美しい女性兵士と恋人同士なのでは?と笑われちゃった! なんだ!私は隠れ蓑なのね! このなんだか身に覚えも、釣り合いも取れていない婚約は隠れ蓑に使われてるからだったんだ!と盛大に勘違いした主人公ハルヴァとディオスのすれ違いラブコメディです。 ハッピーエンド♡

処理中です...