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目覚めないシャロン

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 すぐにアダムはシャロンを助け出したが、シャロンは目覚めなかった。
 保健室に運ぶとすぐに大騒ぎになり、オリバーは深刻な表情で、けれど喜色を滲ませながら「可哀想に、俺のせいでシャロンは身投げしたのだ。死んでしまった」と繰り返した。

 アダムの死んでいないという主張は退けられた。保険医も、心臓が動いていると言ったが、聞き入れられなかった。

 シャロンの体は棺に入れられた。公爵夫婦も「身投げなどフェルマー家の恥だ」と言って、シャロンの顔をまともに見ようともしなかった。

 そしてアダムは、棺の中からシャロンを盗んだ。
 棺には、シャロンの代わりに適当にみつくろってきたシャロンとよく似た色合いの、女の亡骸を入れた。

 棺は二度と開かれることなく、王都の外にある貴族墓地へと埋められた。
 アダムはシャロンを辺境伯家へと連れて帰った。だが、何日経っても目覚めることはない。
 
 もしかしたら、精霊の湖の呪いなのかと思った。
 あの湖は、願いを叶えるのだという。シャロンは目覚めないことを望んでいるのか。
 一体、何があった。浮気をされたぐらいで自死を選ぶほど、弱くは見えなかったのに。

 シャロンは目覚めなかったが、月日は過ぎていく。
 母を殺された恨みに、シャロンを傷つけて自死を選ばせた憎しみが加わった。

 城を落としたのが一年前。
 その後、反発する貴族たちを平定するのに一年。
 逃げ出したオリバーと、共にいたエミリアを捕らえて、投獄した。

 城門に掲げられた王の首を見て、戦意を喪失して逃げ出したオリバーは、アダムや辺境伯家に反発する貴族に囲われて酒浸りになりながらエミリアとの肉欲に溺れる日々を送っていた。

 醜悪な姿を晒しているオリバーを捕らえて牢獄に入れ、ようやく全てが終わった。
 これで、王族はいなくなった。反発していた貴族たちは旗印がいなくなり、粛々とアダムたちに頭を垂れた。

 軍を率い、抵抗を続けていたシャロンの両親は、反乱分子のあぶりだしのために拷問の末に殺し、かつてシャロンの葬儀で「ごめんなさい、お姉様」と言いながら泣きじゃくっていた妹は救った。

 牢屋の中で、オリバーは情けなく青ざめながら、震えていた。
 エミリアは無様に泣きながら、どうか助けてくれと、うわごとのように言い続けていた。

「お久しぶりです、兄上。アダムですよ。覚えていますか?」

「お前がアダムなわけがない。アダムとは病弱な男だった。お前は誰だ」

「あなたの弟です。あなたに恨みはない――筈だったのに。私の姫に、何をしましたか?」

「お前の姫とは誰だ。一体誰のことを……!」

「シャロンは、何故湖に飛び込まなければいけなかったのかと聞いている」

 牢獄の中にいるオリバーの背を踏みつける。
 戦うことを知らないその背は薄い。これが兄かと思うと、虫唾が走る。

 何一つ不自由なく育ったのだ。
 王族という特権階級の上に、あぐらをかいていた。

 かつて母を孕ませて、不都合になり殺した父と同じ。


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