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終章
しおりを挟む誰もいない、いつもの主寝室。
先程まで私とルカ様と、鈴音と楼蘭、それから鈴音の子供の蘭花と鈴音のお母さんの六人で、賑やかな食卓を囲んでいた。
鈴音のお母様が東国の素朴な家庭料理を作ってくれて、手の込んだ料理をしない主義の鈴音が街の商店でケーキを買ってきてくれた。手の込んだ料理をするタイプの楼蘭が、お祝いのケーキを焼いてくれた。
楼蘭には申し訳ないけれど、商店のケーキのほうがおいしかった。内緒だけれど。
食事と片づけを終えて、鈴音と楼蘭は蘭花の手を繋いで、お母さんはその少し後ろを見守るように、難民街の自宅へと帰っていった。
私は入浴をすませて、今日の為の白いレースの夜着でルカ様の訪れを待った。
ルカ様は黒い漢服の夜着を纏い、暫くして部屋へと入ってきた。
「……マリィ、今日は折角の婚姻の式典なのに、色々とごめんね」
開口一番謝ってきたルカ様に、私は思いきり抱き着いた。
「マリィ?」
驚きながらもしっかりと私を受け止めてくれるルカ様に、私は自分の体を押し付けるようにしてしがみ付いた。
「ルカ様、私の名誉を守ろうとしてくださったのですよね? 人嫌いのルカ様があれ程人をあつめて、あのような目立つ振る舞いをしたのは、私の為ですよね?」
「……そう、だけど……、でも、マリィを傷つけてしまったよね」
「傷ついたりはしていません。私はミュンデロット家で起きたこと、きちんと知ることができて良かったと思っています。私を守ろうとしてくれたお爺様や、お母様、かつての使用人たちに――胸を張っていられるように、生きなければと。誰よりも、幸せにならなければと、思いました」
「……マリィは、強いね」
「私の強さは、ルカ様や鈴や楼蘭が、いてくれるからです。ひとりでは、何もできません」
ルカ様は抱き着いた私を、軽々と抱き上げた。
「俺は、君を誰よりも幸せにできるだろうか。……幸せにする自信が、まるで無いんだ」
「ルカ様。私は幸せにしてください、だなんて思っていませんよ。私がルカ様を幸せにします、だから、一緒に幸せになりましょう? 誰にも負けないぐらい、幸せな家族を作りましょう?」
私はルカ様の顔を見上げて、微笑んだ。
笑う事は難しいとずっと思っていたけれど、それが当たり前のようにとても簡単に、私は微笑むことが出来た。
「マリィ……、なんて可憐なんだ、やっぱり君は天使だったんだね……!」
「ルカ様の天使は、ルカ様が大好きです。だから、沢山抱きしめて、離さないでくださいね!」
時間は沢山ある。
もう飽きたと言われるぐらいに、毎日愛を伝えて。
毎日傍に居るから。
だからいつか――あなたの暗闇が、私の雨のように晴れてくれますように。
止まない雨はないのだし、明けない夜はないのだから。
王の沙汰が下ったのは、数週間後の事だった。
アラクネアとローレンお父様、クラーラとメルヴィル様と、かつての執事長は、王宮の牢獄で、密やかに処刑になったそうだ。犯した罪が重すぎて命を救う道はなかったと、ルネス様から頂いたお手紙には流れる様な文字で書かれていた。
誰も居なくなったミュンデロット公爵家は、綺麗に片付けられて清められて、王家の図書館へと姿を変えた。
詳しくは書かれていなかったけれど、屋敷の中の惨状はかなり酷かったらしい。アラクネアやクラーラは邪魔な者や気に入らない者を毒で殺めるという悪い癖がついていたらしく――何人かの使用人の亡骸がみつかったのだという。
ミュンデロットの家がなくなったことについては、なにも感じなかった。
私の居場所はゼスティア家にある。お爺様とお母様は、墓地で静かに眠っている。
魂はきっと、死者の国で幸せに暮らしている筈だ。
私はまだそこにはいけないけれど、いつか私の命が失われてお母様たちに会うことができたら、マリスフルーレは幸せでしたと、笑顔で言う事ができると思う。
だって今も、私の大切な旦那様が、私を探す声がゼスティアの黒い棺に響いている。
「マリィ! どこに居るんだ! 目覚めたら居なくなっているとか、俺は寂しくて死ぬかもしれない……!」
「ルカ様! そう思うならもう少し早く起きて下さいな!」
食事を作る手を止めて、手を洗ってエプロンで拭くと、声のする方へと私は走っていく。
階段から降りてきたルカ様が、――今にも泣きだしそうなとても情けない顔で、私をきつく抱きしめてくれた。
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