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拒絶
しおりを挟むベッドに、強引に倒される。背中に僅かな痛みを感じた。
覆い被さってくる婚約者を、ランプの明かりに照らされた薄暗い部屋の中で眺めた。
「レフィーナ。君は、初めて出会った日から二年で、ずいぶんと美しくなった。君が私を愛してくれていることを、私はよく知っている。だから、私も君に慈悲を贈ろう」
これは、慈悲なのだ。
アルフレッドを愛している、報われないレフィーナに贈る、慈悲。
「ミネアは、その心も体も、女神のように清廉で美しい、聖女だ。君は薄汚い娼婦のような女だが、それでも君は私の婚約者だ。哀れな君に、慈悲を」
「……っ」
――哀れなのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
目を伏せた。抵抗する理由はない。アルフレッドはレフィーナの体だけを求めている。
それで、いい。そう、心の中で呟いた。
涙も流れない。レフィーナの心は、凍っている。
「殿下。火急の用があると、ミネア様がいらしています」
足を開かされそうになった瞬間、寝室の扉が叩かれた。
シグナスの落ち着いた低い声を、久々に聞いた。
アルフレッドは慌てたように身なりを整えて、部屋から出て行った。
「ミネアを呼んだのか、レフィーナの犬め」
シグナスとすれ違い間際に、憎々しげにシグナスを睨みつけながら。
レフィーナは、乱れた衣服を整えることもせずに、ベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた。
シグナスが寝室に入ってくる足音が聞こえる。
はっとして体を起こすと、シグナスに駆け寄った。
凍り付いた心臓がバクバクと音を立てている。指先が冷える。背中を冷たい汗が滑り落ちた。
「シグナス……余計なことを……! 殿下の手つきになれば……子を宿せば、レイドリック家の地位は盤石になるの……! それなのに……!」
ありがとうと、言いたかった。
助けてくれて、ありがとう。怖かった。嫌だった。ここから、逃げ出したい。
けれど、その言葉は、喉の奥に押し込めた。
アルフレッドの怒りに満ちた横顔を見た。王家と、レイドリック家には同じ血が流れている。
人を人とも思わない――子供を殺すことを、厭わない、冷酷な血だ。
「あなたはもういらないわ。私の元から消えて頂戴。二度と、顔を見せないで!」
シグナスを、逃がさなくてはいけない。
きっと、報復があるだろう。
アルフレッドは、レイドリック家の内情を知っている。
シグナスがどういう立場なのかも、知っているだろう。
ただの奴隷に――邪魔をされたのだ。
シグナスは何も言わなかった。
感情もこもらない冷たい瞳でレフィーナを見据えると、部屋から立ち去った。
「……もちろんです、レフィー様。ずっと、一緒に」
一人部屋に残されたレフィーナは、ベッドに体を投げ出すと、呟いた。
幼い日。秘密の約束をした。
ベッドの天蓋が、外界から守ってくれるのだと信じていた、馬鹿な子供だった。
「これで、いいのよ。これで……」
自分にそう言い聞かせる。
もっと早くにシグナスを解放するべきだった。それができなかったのは、レフィーナの弱さでしかない。
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