フラウリーナ・ローゼンハイムは運命の追放魔導師に嫁ぎたい

束原ミヤコ

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ルヴィアとの契約

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 今すぐここから逃げ出したい。
 けれど、レイノルドの体があまりにも近く、唇が重なると泣きたくなった。

 フラウリーナは幼い頃に研究室で、レイノルドの魔力によって体の中身を探られたことを思い出す。

 あたたかく、優しく、甘美だった。
 だがその先に。何かがあった。美しい星々を目を凝らしてみていたら、暗い夜空の先にありえないぐらいに巨大な瞳を見つけてしまった時のような。

 どこまでも暗い。何かだった。
 美しいレイノルドの体の奥底にそんなものがあるなんて信じられなかった。
 けれどそれはレイノルドの一部ではない。

 レイノルドはそれの存在に気づいていない。

 ドロドロと、腐乱していて。真っ黒に、染まっていて。それは人の形をしている。
 かろうじて人の形を保っていると言えばいいのか。

 頭から下は、汚泥のように融解している。融解した体から、何本もの腕のようなものがはえている。
 体は奇妙に長い。首も長い。湾曲した首には頭がついて、二つのどんよりとくもった瞳が長い黒髪の中から恨みがましくフラウリーナを睨みつけていた。

 それがなんなのかはわからない。
 だが、禍々しいものだ。
 それの周りにはいくつもの蝋燭が並んでいる。
 その蝋燭を、それは首から下の腐った体から伸びている手で摘む。
 腕には、小さな貝のようなものがぼこぼこと大量にはえている。

 蝋燭を、それは喰った。大きな口に入れて、ごくりと飲み込む。
 口だけが赤い。
 蝋燭は飲まれて消える。
 命が、消えていっているのだとふと思う。
 
 あれは、命を喰っている。
 レイノルドの命を蝕んでいる。

 追い出さなくてはいけない。そうしないと、レイノルドはきっと、死んでしまう。

「フラウ。言え。俺に何を隠している?」

「わ、私は、隠してなど……」

「言わないと、このままここでお前を喰う。嫌だといってもやめない。二度と俺から逃げる気が起きないように、この部屋に閉じ込めて、ぐちゃぐちゃに泣かせる」

「……レ、レノ様、それではご褒美になってしまいます」

「そうだな、フラウ。お前なら喜ぶだろうな。本当は、怯えているくせに」

「怯えてなどいません。私は、私は……」

 レイノルドのことが好きだ。その気持ちに嘘はない。
 私は何をしているのだろう。どうしたいのだろう。
 戸惑う言葉を奪うように、唇が重なる。強引に押し込まれた舌に、口蓋をざらりと撫でられる。
 薄く長い舌がフラウリーナの口腔を満たし、無遠慮に動き回った。
 
 逃げるように奥に引っ込めた舌を絡めて、唾液が混じる。
 
 薄い腹に、骨ばった大きな掌が触れている。下に下にと曲線に沿って移動した手のひらが、スカートをたくしあげた。

 剥き出しの太腿に、吸い付くように手のひらが触れる。
 膝頭を撫でられて、太腿の内側を撫でた。

「っ、んん……」

「フラウ。お前は、俺に隠し事ができるとでも思っているのか? 自白剤などは使用したくない。だから、言え。全て、吐き出せ」

「レノ様……」

「泣いているお前を見るのは初めてだが、その顔も愛らしいな、フラウ」

 感情が追いつかない。
 頭も体もぐちゃぐちゃで、はらはらと涙がこぼれた。

 レイノルドを救うと決めた日から、フラウリーナは泣き言を吐くのをやめた。
 本当は失われていたはずの命を繋いでもらった。
 死よりも怖いことなど何もない。

 暗い夜が怖い。雷が怖い。嵐が怖い。お化けが怖い。
 子供じみた恐怖を愛情で打ち負かして、ルヴィアの元まで辿り着いたのだ。

『わざわざ妾を起こして、何用じゃ、人間よ。この国の支配を望むのか。かつて妾を奪い合った人々がそう望んだように』

「そんなものは望みません。私には助けたい人がいるのです」

 レイノルドのあれが一体なんなのか、フラウリーナは調べ尽くした。
 けれど何も見つからなかった。
 わかったのは、歴代のグルグニル家の男性は、四十までには亡くなってしまうこと。
 
 グルグニル家の嫡男は総じて魔法の力に優れている。だから、体が魔力に負けてしまうのだと言われていること。

 それは違う。体の中にあんなものがいるから命を食べられている。

 時間はあまり残されていない。フラウリーナがもたもたしている間に、レイノルドは死んでしまうかもしれない。

 だとしたら一番早い方法をと思った。
 奇跡を、起こせばいいのだと。

『助けたいとは、どういうことじゃ』

「精霊竜様にはなんでもできるのでしょう? レイノルド様の体の中にいる邪悪なものを、消して欲しいのです」

『なるほど。お前の言う男の体には、呪いがある。これは消えない呪いじゃ。妾にも、正体がわからん。そもそも、ずっと眠っていたところを叩き起こされたのじゃ。わかるわけがない』

「私も調べました。けれど、わからないのです。わからないから、ルヴィアにお願いをしにここまで来たのですわ」

『そんな願いのためにわざわざここまで来たのか。妙な女じゃな』

 美しく輝くクリスタル地底湖の中でも、ルヴィアにはレイノルドの姿が見えているようだった。
 目を細めて『人相の悪い男じゃ』と呟いた。

『妾は万能ではない。男ごと呪いを消し飛ばすことはできるだろうが、呪いだけを取り除くことなどできない』

「そ、それは困ります。私はレノ様を助けるために、ここまで……」

『お主が、妾の力を欲するのなら、即刻追い出していたところじゃ。だが、愛する男を救いたいという願いなら、力を貸してやってもいい。妾と契約をせよ、娘。さすれば、男の呪いをお前にうつしてやろう』

「私に……」

『あぁ。お前にうつす。そして、お前が死を迎えたら、呪いをそのまま消しとばす。ただし、お前の体には人の体には到底耐えられないほどの負荷がかかる。精霊たちを受け入れ、妾を受け入れ、呪いを受けいれるのじゃからな』

「望むところです。レノ様を助けるためなら、なんでもします!」

 そうして、フラウリーナはルヴィアと契約をした。
 レイノルドの屋敷に足を踏み入れて、死にかけていたレイノルドを見つけた日。
 呪いは、フラウリーナに移った。

 でも、どちらにしてもフラウリーナには先がない。
 ルヴィアと契約した後から、時々血を吐くようになっていた。

 どちらにしろ長くない命だ。
 レイノルドが幸せになってくれるのならなんでもしよう。
 自分勝手でも、一方的でも強引でも。

 ただ一つの、奇跡のような恋なのだから。

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