フラウリーナ・ローゼンハイムは運命の追放魔導師に嫁ぎたい

束原ミヤコ

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公爵家でのお仕事

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 公爵家に来た翌朝、レイノルドは朝早くから目覚めて身支度をすませた。
 レイノルドよりも早く起きるつもりだったフラウリーナは、眠い目を擦りながらのそのそとベッドから抜け出して、髪をとかして自分で編んで、公爵家の用意した新しい服に身を包んだレイノルドをぼんやり見つめる。

「レノ様、はやいですわ。早起きしなくてもいいのに」

「いつまでも寝ているわけにはいかない。俺は公爵家の跡継ぎになるのだろう?」

「レノ様がやる気に満ちている……格好いい……」

 本来のレイノルドは勤勉で真面目な男である。
 辺境にいたレイノルドは全てがどうでもよくなっていただけで、元々は寝る間も惜しむぐらいには働いていたのだ。宰相と研究者、二つの顔を持っていればそうなるのも仕方ない。
 家に帰ることはほとんどなく、数日職場で過ごすこともざらだった。

 それを苦に思っていないぐらいには仕事人間だった。
 というか、趣味の延長が仕事だったといっていい。人と不必要に話すのは煩わしく、研究室に籠っている時の方が心が安まるようなところがあった。

「十二億年ぐらいは眠った気がする。お前の世話にもなり続けた。そろそろ、正気を取り戻さなくてはいけない。お前に恥をかかせないためにも」

「どんなレノ様でも、私は恥などとは思いません。でも、素敵です、レノ様。無精髭のレノ様も素敵でしたけれど、すっきりさっぱり整えられた美男子のレノ様も素敵です。私、心がとろけてしまいそうです」

「安心しろ、フラウ。そのうちその体もとろけさせる」

「あ、朝から刺激が強いところも大好きです……!」

 真っ赤になってきゃあきゃあ言いながら、フラウリーナも急いで起き上がって、てきぱきと身支度を調えた。
 執務室はどこかと聞かれたので案内をする。
 公爵家の執務室なんて一度も入ったことがないわねと思いながら扉を開くと、執務室の中はレイノルドのかつての寄生キノコ屋敷ぐらいにごちゃごちゃになっていた。

「なんだこれは……」

「まぁ……なんでしょうか、これは」

 本当に何だろう、これは。
 フラウリーナは今まで公爵家の仕事に関わってきていない。自分のことだけで精一杯だったからだ。
 それどころではなかったし、公爵家には父であるローゼンハイム公爵がいる。

「おはよう、二人とも。早いのだね。あぁ、見られてしまったね……」

「お父様、おはようございます」

「公爵、おはようございます。執務室の惨状は、なにごとですか。強盗にでも入られましたか」

 どう考えても寝起きという様子で公爵が現れる。
 ナイトキャップをかぶっていて、寝衣のままなので、寝起きである。寝衣には最近公爵領で人気の眠り猫柄がちりばめられている。

「いやぁ、それがね。フラウリーナがレイノルド君を連れてくるというから、僕よりもレイノルド君のほうが優秀なのはわかっているのでね、あとのことは任せようと思い、しばらく仕事をしていなかったのだよ」

「しばらくの量ではなさそうですが」

「伝説の兵士の皆さんが来てから色々と大変でね。兵力増強などをしたいというので、彼らに全て任せていたらこんなことに。僕はもうあとはレイノルド君に任せようと思って。あとは、任せたよ……」

 やっと隠居ができると言って再び部屋に眠りに戻る公爵を見送って、レイノルドは執務室に足を踏み入れる。
 
「レノ様、私もお手伝いしますわね。書類仕事よりも戦う方が得意ですけれど、少しは役にたちますわ、たぶん」

「いや、これは俺の仕事だ。だからお前は手伝わなくていい」

「でしたら、朝食などを準備してまいります。すぐに戻りますわね」

 病が治ってからの人生の大半を修行と旅に費やしていたフラウリーナは、書類関係の仕事が苦手だ。
 昔は本をよく読んでいた。けれど、本を読むのと、報告書や相談書などを読むのは別だ。

 数字ばかりが書かれている書類や、甲が乙に丙が甲になど書かれているものを見るだけで目眩がする。
 もっとわかりやすく書いて欲しいものだが、古くからの決まった書式のようなものがあるらしい。

 仕事の合間にも食べやすいように、生ハムとスライスオニオンとブラックオリーブを挟んだパニーニを準備して、紅茶を淹れると再び執務室に戻る。

 料理人の皆さんはフラウリーナが調理場に入ってくることには慣れていて、精霊の皆さんがぷあぷあいいながら現れるので、うやうやしく金の皿に盛り付けた料理を皆さんに供えていた。
 精霊の皆さんはよく食べる。

 長い間何も食べずに過ごしていたからだろう。フラウリーナの差し出した三色団子に感動して、フラウリーナに懐いてついてきたぐらいである。
 ルヴィアは必要以外では滅多に姿を現さない。
 気が向いた時だけ出てきて、精霊の皆さんと一緒にご飯を食べることがあるけれど、ごくまれだ。

 執務室に戻ると、大惨事だった部屋の書類があらかた片付いていた。
 すさまじい早さである。棚に書類がおさめられていて、足の踏み場がなかった床が綺麗になっている。
 そして、レイノルドが厳しい顔で数字が沢山書かれた書類を眺めていた。

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