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綺麗にしましょう旦那様
しおりを挟むレイノルドに出会っていなければ、レイノルドが手を差し伸べてくれなければ、フラウリーナは十八歳になるまえに命を落としていただろう。
フラウリーナが健やかに毎日を送ることができるようになったのは、レイノルドの薬のお陰だった。
レイノルドは辺境に蟄居になる前に、フラウリーナが飲む薬の手配はきちんとしてくれていた。
その頃にはフラウリーナの呪いは呪いではなく『眠り病』だと皆に認知されはじめていて、薬の開発もレイノルドの手を離れて王都の薬剤師に任されていたので、レイノルドがいなくなってもフラウリーナが困ることはなかった。
病を持つ者たちが生きやすい体制を整えてくれたのはレイノルドで、そんなレイノルドの手柄を独り占めしない謙虚なところを知って、フラウリーナの恋は加速していった。
「私、心に決めましたの。十八歳になるまでに完璧な花嫁になるって。だから、レノ様にお会いしたかったですけれど、ずっと我慢していましたの」
フラウリーナはレイノルドにお粥を食べさせながら、ほぅ、と、恋する乙女のため息をついた。
そんなフラウリーナを、レイノルドは冷めた目で見据えている。
目の下には隈があるし、髪もぼさぼさで無精髭もはえている。お世辞にも、美しいとは言えない姿だ。
「それからは、花嫁修業の日々でしたわ。大剣豪ギルス様に弟子入りし、サバイバルの達人ウォード様に弟子入りし、竜騎士リンド様に弟子入りし、海賊レオニード様に弟子入りし、陸海空全てを攻めました」
「元気になったのだな。あの少女が……」
「はい。立派に育ちましたわ。そして魔力を得るために精霊と契約し精霊竜と契約しました。契約のおかげで、薬を飲む必要なくなりましたの。無事に十八歳になりましたので、こうして馳せ参じたというわけですわ」
「俺は罪をおかして、王城を追われたのだ。知らなかったのか?」
「存じ上げておりましたわ。でもレノ様はどこにいても問題なく暮らせますわよね? 天才魔導師ですもの」
「元、だ」
「ごめんなさいレノ様。私、もっと早くに来ていればよかったですわ。そうしたらレノ様に不自由はさせませんでしたのに。お腹がいっぱいになりましたか? もっと食べますか?」
「いらない」
すっかり、お粥の器は空になっていた。
フラウリーナはにこやかに微笑むと、レイノルドを再びベッドに寝かせた。
それから、ぽんぽんと、レイノルドの頭を撫でる。
「あぁ、レノ様の頭を撫でてしまいましたわ……髪の毛がふわふわ、幸せ……」
ひとしりきり幸せを噛みしめたあと、すくっと立ち上がった。
「いままでお一人で、大変でしたわね。でも、私が来たのですからもう大丈夫です。レノ様は寂しくないですし、生活も快適に。きっとすぐに元気になりますわよ」
「……フラウリーナ」
「な、なな、名前、名前を呼んでくださいましたのね、今! はい! フラウリーナですわ。フラウ、もしくはリーナと呼んでくださいまし」
「フラウリーナ。俺は以前の俺ではない。何もかもを失った。地位もない。金もない」
レイノルドは疲れたように首を振る。
実際レイノルドは疲れていた。謂われのない罪をきせられ政敵に負けた時から、それなりにあったプライドがへし折られて、何もかもが嫌になってしまったのだ。
「……お前にはもっと相応しい相手がいる」
「嫌です」
「は……?」
「私の運命は、レノ様だけです! そんな酷いことを言わないでくださいまし。私頑張りますので、お嫁さんに貰ってください、レノ様」
ずっと元気だったフラウリーナの瞳に大粒の涙が浮かんだ。
額をおさえて深い溜息をついたレイノルドは、それ以上なにも言わなかった。
「では、私、お屋敷を綺麗にしてきますわね。お風呂も沸かします。……あの、もしよければ、一緒に入ってもいいですわよ、旦那様……」
すぐに涙をひっこめて、羞恥に身をよじりながら頬を染めるフラウリーナに、レイノルドは更に深い溜息をついたのだった。
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