ルヴィ様と二人の執事

束原ミヤコ

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 ルヴィの秘所から流れ落ちた精液と愛液が混じった液体が、シーツに染みを作っている。
 キールからルヴィの体を受け取って、抱きしめるように抱えるとジストは濡れそぼった秘所に自身を埋め込んだ。
 ジストの欲望を飲み込んだその場所は、中に残る液体をどろりと吐き出す。
 ぼんやりとしていたルヴィの瞳が焦点を結ぶ。「じすと……」と小さな声で呟いた。

「ルヴィ、……愛していますよ。……あなたに拾っていただけなければ、きっと私は生きる事を諦めていた」

「おろか、だわ……っ、ぃきていなきゃ、なにもならない、じゃない……っ」

「そうですね、ルヴィ……、今はもう、そんな風には思いませんよ」

 ジストは動かずに、暫くルヴィを抱きしめていた。
 キールは彼らの隣に寝転がり、天井を見上げる。ジストの過去は良く知らない。長い付き合いだが、お互いにそういった事を話したことはない。
 信頼はしている。とはいえ、友人かといえば少し違う。いうなれば、共犯者に近い。
 兄弟という感覚にも少し似ているかもしれない。
 キールと共に育った他の子供たちはもうきっと死んでしまっているだろう。ジストもどこか自分と同じような暗さを抱えていることに、気づいている。
 感情の機微に敏感というわけではない。キールが敏いのは、野性の勘のようなものだ。

 ルヴィに拾われていなければ、自分もきっと路地裏で死んでいただろう。
 ジストは嫌だっただろうなと思う。先にルヴィに拾われて、彼女と二人だけの世界にいた筈だ。
 そこに入り込んだキールは彼にとっては異物でしかなかっただろう。
 自分だったら、許せなかった。
 先にルヴィに拾われたのが自分だったら、ジストの事を何が何でも排斥するか、それができなければ多分、殺してしまっていたのではないか。
 子供の頃の自分は今よりもっと攻撃的で排他的だった。まず間違いなく、そうしていただろうなと、ベッドに取り付けられた天蓋の、彫り込まれた天使のレリーフを眺めながら考える。

 ぎしぎしと、大きなベッドが軋んでいる。

「あ、ああぅ、……っ、ん、んっ」

 ルヴィの艶やかな声と、卑猥な水音が部屋に響く。
 柔らかなベッドに体を沈め、優しくゆっくりと体を支配される心地良さに、ルヴィはうっとりと目を細める。
 寝転んでいるキールの視線が、こちらに向いた。
「お嬢、かーわいい」と言いながら、ぱたりと落ちている手を取って指を絡めてくる。
 じゃれつくような仕草が可愛らしく思い、ルヴィは僅かに微笑んだ。
 それに腹を立てたように、ジストが奥の部屋を無理やり抉じ開けるようにして激しく抽送を始める。
 見下ろす碧色の宝石のような瞳には、苛立ちが浮かんでいる。
 今まで長い間ずっと隠してきたのだろう。ジストが嫉妬深い事なんて、知らなかった。
 ルヴィは基本的に自分の事しか考えていないので、驚くほど鈍感だ。それは他者の感情なんてどうでも良いと思っているからで、自分以外の誰かの事なんて露程も気にかけたことがない。
 案外、悪くない。
 ルヴィよりも大人で、常に冷静で落ち着いているジストが、嫉妬心を剥き出しにしながら求めてくる。
 悪くないどころか好ましく、愛しさを感じる。

「じすと、……すき、……じすと……っ」

 求められてもいないのに、伝えたくなった。
 なんとなく、理解する。
 ルヴィは彼らの飼い主で、彼らをたぶん、愛している。
 一目見て恋に落ちるとか、自分の全てを捧げて尽くしたいとか、巷にあふれるそういう恋の話とは違うだろう。第一ルヴィはひとりきりだ。ジストもキールも両方好きだなんて、不誠実だと言われてもおかしくはない。
 でも、自分はルヴィ・メリアド。それだけで全て許される立場にあると、自負している。
 愛や恋がどんなものなのか分からないし、あまり興味もなかったけれど、体を繋げて感じる心地良さや深く落ちていくような胸を満たす熱は、それらの感情によく似ているような気がする。

「ルヴィ、……愛しています、ルヴィ」

 どうしようもなく焦らされて、虐め抜かれて恥ずかしい事を言わされる、いつもの交わりとは違う。
 ルヴィが求めるままに与えてくれて、優しく気遣いながら愛してくれているのが分かる。
 深い場所に注がれる熱の塊が、指先一本も動かせないぐらいに気持ち良い。

「じすと、じすと……」

 何度も名前を呼ぶと、そっと抱きしめてくれる。
 多幸感に涙があふれた。口づけられ、涙を拭ってくれるのが心地良い。深い海の底に沈んでいくような果てのない脱力感に身を任せて、ルヴィはくたりと体の力を抜いた。

 ベッドの上で、ルヴィは静かな眠りについている。
 ジストの浄化魔法のお陰で、汚れたシーツも体も全て綺麗になっている。
 激しい情交の後はもう残っていない。
 軽く上着を羽織ったキールは、ベッドの端にだらしなく座っている。
 ルヴィの隣に寝転んで優し気な表情で彼女をみつめているジストに視線を送り、口を開いた。

「……なぁ、ジスト。これから、どうなると思う?」

「……何がですか?」

 枕の変わりに置かれた、ベッドの端を埋め尽くすつるりとしたクッションに体を凭れさせて、キールは窓の外の星空を眺めた。

「無かったことにはできねぇだろ。ロバート様に殺される覚悟はできてるが、お嬢の傍を離れたくはねぇし、……連れて、逃げるか?」

 メリアド侯爵。ロバート・メリアドは常に笑顔を浮かべている精悍な男性だ。
 もう四十の坂を降り始めている年齢だが、その見目は年齢を忘れさせる程若々しい。
 何を考えているのかよく分からない、常に笑顔を張り付けているルヴィとフェイランによく似た秀麗な顔を思い浮かべる。
 メリアド家が大金持ちであることと、その見た目の所為で女性にはとても人気がある。
 けれど亡くした妻一筋で、今はルヴィを甘やかすこと金儲けに全力を注いでいるので、浮いた話は一つもない。

「あぁ、……そうですね。お嬢様と私たちでは、身分が違う……、という事ですね」

 どことなく他人事のように言って、ジストは体を起こした。
 ジストの方が自分よりも生真面目な分、気にしていそうだと思ったのだが、案外落ち着いている。

「お嬢は、メリアド家のご令嬢で、俺たちはただの使用人だろ。こればっかりは、どうしようもねぇ」

「私は孤児院、キールは路地裏にいた、罪人ですからね」

「俺の事、知ってたのか」

 罪人、という言葉に、キールは目を見開いた。
 確かにそうだ。キールは子供だったが、数えきれない罪を犯している。
 ルヴィの傍に居るだけでなく、その体まで手に入れようなんて烏滸がましい。相応しくない。
 それぐらい、薄汚れている。

「それは、当然調べますよ。あなたが何者か、ぐらいは」

「まぁ、そうだよな。じゃあ、知ってんだろ、俺がどこにいたのか。どれ程ろくでもねぇ場所で育ったのか。なんで追い出さなかったんだ?」

 人身売買、押し込み強盗、非合法な娼館の経営、薬の売買、殺人、覚えている限り、ありとあらゆる罪をキールの生まれ育った犯罪組織は犯していた。
 言われるまま、キールもそれに加担していたという自覚はある。
 罰は、受けていない。それどころか、ルヴィに拾われてから、キールはずっと幸せだった。

「私も似たようなものですよ。……以前、旦那様が言っていたことがあります」

「ロバート様が?」

「お嬢様は、基本的には我儘で何も考えていないけれど、人の良し悪しを見抜く天性の才能があるのだと」

「お嬢、に? 良く誰が嫌い、誰が気に入らない、って言ってるけどな」

 顔も名前も存在すらよく覚えていない割に、関わった人間が気に入らないと、しょっちゅう文句を言っているのがルヴィだ。気に入らない程度ならすぐに落ち着くが、『嫌い』までになってしまうと、二度と口をきこうとも視界に入れようともしない。

「お嬢様を商談に連れていくと、気に入らないと言って癇癪を起す事が良くあったそうです。後々調べると、その商談相手がろくでもないことが多かったとか。逆に、お嬢様の機嫌が良い時は、上手くいったそうです。旦那様は、お嬢様の天性の察しの良さに気づいていたから、なんでもお嬢様の好きなようにさせていたそうですよ」

「お嬢がねぇ……、商談の内容とか、何にも聞いてなさそうだけどな」

「聞いていないでしょうね。ただ雰囲気が気に入らないとか、その程度の事だったんでしょう。……そんな理由もあって、旦那様はお嬢様が『美しい』と言った私たちの事も、最初から信用してくださっていたようですよ」

「だから、お前も俺を信用してくれたのか?」

「そんなところです」

 ルヴィが美しいと言ったのは、今のところジストとキール、それからライラだけだ。
 ただ単に、自分の気に入っている人間をそう表現しているだけな気もする。
 しかしロバート・メリアドは底が知れない恐ろしさがあるため、彼がそういうなら、そうなのかもしれないなとつい納得してしまう。

「ロバート様は後悔するだろうな。信用していた俺たちが、溺愛する娘を穢した訳だから」

「……大丈夫ですよ」

「随分落ち着いているじゃねぇか」

「私も全てを知っている、という訳ではないんですけどね。大体の予想なので。……ただ、こうなることは旦那様の望みだった、というのは確かなんですよ」

 キールは眉をひそめる。
 自分の娘を、ただの使用人に穢して欲しいと思う父親など、存在するのだろうか。
 ルヴィは侯爵家の長女だ。普通なら、釣り合う家に嫁ぐだろう。
 どこまで本気なのか分からないが、ルヴィ自身にも王家に嫁ぐという野心まであったのだ。どれほど頑張っても孤児という出自を覆す事ができない自分たちは、彼女には相応しくない。

「フェイラン様はメリアド家を継ぎたくないと思っているのは知っているでしょう。あの子は敏く、自分の立場をよく分かっている。生真面目に後継者としての勉強をしていますが、本当は騎士か魔導師になりたいようですね。フェイラン様を産んで奥様が亡くなられたので、メリアド家にいるのが辛い、ということもあるのでしょう」

「奥様が亡くなったのは、フェイランの所為じゃねぇのにな」

「それでも、気にしてしまうんですよ。フェイラン様は、お嬢様とは真逆の性格をしていますからね」

 魔導師としての訓練や、剣士としての訓練をよく請われるので、彼らはフェイランの事をよく知っている。
 素直で生真面目で努力家で、優秀。ルヴィの弟とは思えないぐらいの、見目も良ければ中身も良い少年である。
 士官学校や、魔導師学校に通えば、さぞ優秀な騎士や魔導師になれるだろう。
 冒険者になったとしたら、かなりの功績を残せる筈だ。

「旦那様は、フェイラン様の夢をかなえて差し上げたいと思っているようですが、メリアド家をお嬢様に任せたら確実に潰れてしまいますからね。……お前達がルヴィの婿になって、家を継いでくれと泣きつかれたことが何回かあります」

「俺は何にも言われてねぇけどな」

「キールはメリアド家のメイド達に手を出していたでしょう。『キールはルヴィが好きじゃないのかな。ルヴィは我儘で子供っぽいから駄目かもしれない、メイドじゃなくてルヴィに手を出せ、なんてとても言えない』と言っていましたよ」

「そんな訳ねぇだろ。そうでもしなきゃ、ルヴィに酷い事をしそうになるから、仕方なく……って、分かるだろ、お前なら」

「ええ、分かりますよ。ですが、あなたは私と同じようにお嬢様を想う、言わば敵ですからね。私はそれほど優しくありません。旦那様には、キールは大人の女性が好きですからね、と伝えてあります」

「酷ぇな……、いや、俺も同じ立場ならそうするかもしれねぇな……」

 ジストが悪びれもせずに言うので、キールは苦笑した。

「今回、こんなことになってしまって、旦那様にはもう一枚手紙を頂いているんですよ。お嬢様に見つかっては大変なので、もう燃やしてしまいましたが……、『二人とも、素晴らしいチャンスだ。絶対にルヴィと既成事実を作って帰ってこい』と書かれていましたね」

「……成程なぁ」

 どうりでジストが落ち着いているわけである。
 もう少し早く伝えてくれたら、と思うが、自分の事だ、そんなことを知らされようものなら、調子に乗ってルヴィに伝えた結果、彼女が激怒して状況が更に拗れていたかもしれない。
 ジストが黙っていたのは、最善の判断といえる。

 目覚めたルヴィがどんな文句を言うのかはわからないが、『愛の秘薬』は望みを叶えてくれた。
 きっとこれからは、他の誰かに取られる心配をすることなく、ルヴィの傍に居ることが出来る。
 そう思うだけでとても幸せで、キールはルヴィの隣に寝そべると彼女の手を取って、暫くその愛らしい顔を見つめていた。

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