ルヴィ様と二人の執事

束原ミヤコ

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 ルヴィが旅をした西の果ての村に比べてしまうと、王都は華やかだ。何せ色が多い。
 煉瓦の屋根は橙色や青、焦げ茶色や赤と様々で、壁は白磁色が殆どだが窓際には様々な花が飾られている。
 待ちゆく人々の格好も、貴族のようにドレスを身に纏っているとは言わないまでも、薄黄色の長くひらひらしたスカートを履いて歩いているルヴィが浮かない程度には、皆それなりに身嗜みに気を使っている。
 大通りに並ぶ店も大きなガラス窓に繊細な文字で書かれた看板と、高級感溢れている。雑然とした露店が並ぶ地方都市も悪くは無かったが、産まれながらにして高級志向のルヴィにとっては王都の方が良く馴染んだ。

 ジストの転移魔法によって王都の入り口へと移動したルヴィは、久々に感じる都会の空気を目いっぱい吸い込んだ。
 先程まで、魔物が湧いている魔女の森に居たとは思えない。苦難の旅がようやく終わったのだ。
 とはいえ魔物やら盗賊やらと戦うのはジストとキールだったし、旅の道筋の案内も宿の予約も食事の準備も全て彼らが行ってくれていたので、ルヴィはただ文句を言いながら歩いていただけに過ぎない。
 達成感を感じる程たいして何もしていないのだが、馬車ではなく歩いて旅をしたというだけでルヴィにとっては奇跡に近かった。

「さっさとこの田舎臭い服を着替えて、靴も取り替えたいわ」

「そうですね、お嬢様。私は今日の宿を予約してきますから、キールと買い物でもしながら待っていてください」

「ジスト、一番良い部屋よ。分かっているわよね?」

 ジストは頷いて、王都の人込みの中へと消えていった。
 すらりと背が高く見栄えの良い彼に、道行く女性たちがぼんやりと見とれている。ルヴィは暫くその様子を見ていた。ジストの見目が良いのは当然だ。あの薄汚れた孤児院の中で、唯一美しいと感じる事ができた彼を拾ったのだから。
 貴族学校には見栄えの良い青年が多いが、ジストはその中でも群を抜いている。やや愁いを帯びた眼差しや時折額にかかる黒い前髪。年齢もあるのだろう。ルヴィと同年代の青年たちには無い色香がある。

「さぁ、行くわよ。久々に、まともな生活に戻れた気がするわ」

「俺は楽しかったですけどね」

「そうね……、お前が剣を振るうのを見るのは、悪くなかったわね」

 隣を歩くキールを見上げて、ルヴィは言う。
 剣技の良し悪しなどルヴィにはわからないけれど、キールの戦い方は視線で追えないほど素早く野性的で、硬い甲羅を持った巨大な魔物などを簡単に切り裂く様は中々見ごたえがあったように思う。
 普段の彼とは違う残虐性と闘争心の欠片を感じる度に、ルヴィは血だらけで倒れていた路地裏の少年を思い出した。
 あの時は、たまたまジストと街に出て買い物をしていた。ジストが血の匂いがするというので見に行ったら、少年だったキールが倒れていたのだ。血だらけで汚れていたけれど、とても美しいと思った。
 ジストとどちらがと言われると困るぐらいに、キールもとても整っている。浅黒い肌と金の髪を持つ者は、あまり王国内では見かけない。意志の強そうな瞳や時折皮肉気に歪む口元が、危険な魅力を感じさせる。
 二人とも、ルヴィ・メリアドの傍に侍るのに相応しい。幼い自分の目に狂いは無かった。
 もうああいった事をする必要はないのだけれど、ジストにゆっくりと優しく狂うほど深く愛されるのも、キールに水の中で溺れるように激しく翻弄されて何度も浮上しては沈められるように愛されるのも、ひたすら気持ちが良かった。
 彼らの主人としては納得いかない部分もあったけれど、正直そんなには悪くなかった。
 旅を急がなかったのは、その必要をあまり感じていなかったからだ。
 実のところ、ルヴィはあまり困っていなかった。夜になれば憂鬱になったけれど、それは山よりも高く海よりも深い自尊心との折り合いをつけなければいけなかったからだ。
 自分から彼らを求めてしまうのは、やはりどうあっても納得のいくものではなかった。

「……お嬢?」

 別にだからといって、終わってしまって残念だとは思わないけれど。
 じっとキールを見上げていたら、彼は不思議そうにまじまじとこちらを見返してきた。夏の夜空のような濃い青い瞳に、ルヴィの姿が映っている。

「なんでもないわ」

 魔女の家で、彼らを『あげる』と決めた後。
 いつも傍に居たのに、共に帰ろうとしなかった彼らに、なんだかとても違和感を感じた。
 いうなれば、それは喪失感、なのだろう。
 野良犬を拾ってきて、自分に相応しくなるようにここまで育て上げたのだから、簡単に誰かに渡すのは間違っていた。
 でももう、そんなことは考える必要が無い。いつもの日常に戻った。ルヴィは自由だし、ジストとキールは変わらずに従者のままなのだから。

 ジストの選んだ宿は、ルヴィの要求通り王都で一番高級なものだった。
 街の中心に聳え立つ背の高い建物の最上階。ひとつのフロアを貸し切り作られた部屋は、一晩宿泊すると一般的な給金を貰っている市民の生活費が、一年分失われる値段である。
 メリアド侯爵から送られてきた路銀を管理していたのはジストだ。娘に甘い侯爵は、その部屋に十泊しても余る程の金を魔力鳥で届けてきた。
 その後も定期的に資金提供は為された。ジストはルヴィの不満が爆発しない程度に旅の資金を節約していたので、つまり金は有り余っている。
 ルヴィに言わなかったのは、彼女が各地で豪遊した場合、ただでさえ普通よりも良い身形をして歩いているのだから、危険が増えると判断していたからだ。
 もちろん、どんな事があろうとルヴィを守るつもりではいたが、危険は少ない方が良い。
 世の中にはどうしようもなく醜悪な人間が存在する事を、ジストは知っている。
 ルヴィにはできるだけ綺麗な世界をみせていたい。万が一にでもそんな連中につけ狙われてルヴィに傷がついたらと思うと、安全策を取る方が賢明に思えた。
 それに、もしかしたら。ジストが孤児院を去り、それに連なる犯罪者達を一人づつ消してまわっていたのはまだ子供と言える年齢の頃だった。不足が、あったかもしれない。
 今のメリアド領には過去の孤児院のような大規模な人身売買の組織はみられないが、国中を調べた訳ではない。もしかしたらルヴィは今も狙われているかもしれないのだ。
 そう思うと、何事もなく旅は終わったが、けして安全なものではなかったのかもしれない。

 ルヴィは光沢のある生地で作られた、白い薄手の寝衣に着替えていた。
 ルヴィの為に用意された広い部屋の真ん中には、三人で寝てもまだ広そうな天蓋付きのベッドが一つ置かれている。
 魔道具の花を模して作られたランプが部屋のあちこちに飾られて、橙色の柔らかいあかりを灯している。
 今日一日我慢していたお菓子を食べて、ゆっくりと紅茶を飲んで、綺麗なドレスや宝石や、繊細な靴に囲まれて、ルヴィは上機嫌だ。旅をしていた約一ヶ月の間に季節が冬に向かっていて、王都の洋品店に並ぶドレスや服や上着にも変化が見られていた。それらを買い漁ったため、隣の部屋は荷物で埋まっている。
 仕立て屋に頼んでドレスを新調することも多いが、ルヴィは街で買い物をすることも好んでいる。ともかく、何かを買うといった行為が好きなのである。
 大量に買っても全て使う訳ではない。気に入ったものはいつまでも手許に残すし、気に入らなければすぐに捨ててしまった。
 捨てるといっても新品同然の物が多いため、大抵の場合はキールが下取り屋へと持っていき、売った金をルヴィの衣装用の資金へと戻していた。下取り屋に売りにいく役目がキールなのは、彼の方がジストよりも交渉が上手いからである。

 宿の最上階の部屋は、ルヴィの寝る一番大きな寝室の他に、広いリビングが二部屋、一回り小さい寝室が二部屋ついている。
 日が暮れ始め夜の気配が近付いてきた頃、ルヴィはそそくさとベッドに横になることにした。

「もう寝るんですか?」

 リビングで寛いでいるキールに言われて、ルヴィは頷く。
 西の魔女に会ってから王都に戻り、街を歩いて買い物をして、それなりに疲労を感じていた。

「えぇ、もう休むわ。疲れたし、眠たいし。お前たちはゆっくりしていて良いわよ。お酒を飲みたければ、飲んでいても良いわ」

「どうしました、お嬢。妙に優しいじゃないですか」

 普段は彼らは酒を嗜んだりはしない。それはルヴィに何かあったときに、酔いが回っていて動けないなどはあってはならない事だからだ。
 幼いころから実験でもされるように毒を与えられていたキールは耐性ができているのだろう、酒を飲んだところで酔ったりはしないが、もしそれで満足に体を動かせずにルヴィに何かあったらと思うと、滅多な事では飲む気にはならない。
 ジストはジストで、思考力が鈍る事を嫌うので、祝いの酒であろうと忌避する傾向にあった。
 ルヴィの体を抱き上げてベッドまで運びながら、キールは苦笑する。
 魔女の家での出来事がまだ心に引っかかっている。ルヴィとのやりとりにいつもよりもぎこちなさを感じているが、自分ではどうすることもできなかった。

「ここは王都だし、あとはもう寝るだけでしょう。お前たちも、たまには自由にすると良いわ」

 ベッドにかけられたさらりとした肌触りの白い掛け物を、ジストが捲る。
 キールがルヴィの体を、広いベッドの真ん中へと降ろした。
 薄いカーテンのかけられた窓からは、夕闇に輝く星空が見える。夜になろうとしている。

「ゆっくりとお休みください、お嬢様。魔女の森まで、よく頑張りましたね。私たちはしばらく隣にいます、何かあればすぐに呼んでください」

「おやすみ、お嬢」

 ジストがルヴィの体に掛け物をかけた。ルヴィの体をベッドに降ろしたキールは、それ以上何もせずに離れていく。
 ルヴィは小さく頷いたあと、違和感を感じて目を伏せた。
 どうにも、おかしい。

(昨日は、……頬を撫でて、それから……)

 魔女に会う前の最後の夜。昨日の夜は、キールの番だった。ジストは優しく口づけだけして、部屋から出ていったのを覚えている。切なげに細められた瞳が美しいなと思った。
 いつもは何度も揺さぶられて意識が飛ぶほどに激しいキールが、昨日は一度だけしかしなかった。
 そのかわり、終わった後に息も絶え絶えなルヴィをしばらくの間何もせずに抱きしめていた。
 でも、今日は。
 ルヴィは二人を呼び止めようとしてしまった自分を戒める。呼び止めてどうするつもりなのか。もう、愛の秘薬の効果は切れている。夜は一人で眠る事ができる。煩わしい体の変化に悩まされずにすむ。

「……っ」

 目をふせてベッドに横になっていると、勝手に頭の中に今までの夜の記憶が駆け巡った。

「……最悪、だわ……」

 小さな声で呟く。
 キールの大きな硬い手が、ルヴィの白い肌の上を撫でていく光景を思い出す。どこを撫でられても気持ちが良くて、両胸を形が変わる程に掴まれて指先で胸の飾りを摘まれると、切なくて甘くて、何も考えられなくなった。
 ジストの舌が、足を這うのを思い出す。
 指先まで丁寧に舐め、好物を食べるように時折甘く噛み、吸い付き跡を残した。足先から内腿、足の付け根まで唇が辿る。両足を開かれて、それで。

「っ、……はぁ……っ」

 鼓動が早まる。呼吸が浅くなる。
 秘薬の効果は一週間できれていた。そんな、まさかとは思ったけれど、全否定することはできない。
 瞳が潤む。広いベッドの上で一人きりのルヴィは、自分の体をきつく抱きしめた。



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