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ルーディアスとミーシャ

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 オルフェレウスとの結婚について、ラーチェルはずっと狐につままれたような気持ちだった。
 もちろん感謝をしている。前向きに考えようともしている。
 けれど、同時に現実味がなく──大変なことになってしまったという気持ちも強い。
 しばらく放心していたラーチェルは、大丈夫かと顔を覗き込んでくる両親に、立ち上がると深々と頭をさげた。

「お父様、お母様。申し訳ありません」

 再び謝罪をするが、両親はあまり気にしていないように、いつものように穏やかに笑っている。

「謝る必要はないよ。むしろよかったのではないかな」
「そうよ、ラーチェル。皆の目から、殿下はあなたを守ってくれたのよ? あなたが恥をかかなくてすむように」
「……本当に、そうですね」

 母のいうとおりだ。
 あの場でオルフェレウスが「何を言っているんだ」とラーチェルに怒れば、ラーチェルは恥に恥を重ねて二度と社交の場に出ることができなくなっていただろう。
 あっさり婚姻を了承したオルフェレウスの態度に皆の目がいき、ラーチェルの恥はむしろ目立たなくなったのだ。
 やはり、迷惑をかけている。
 そう思うのに、オルフェレウスは頑なにラーチェルとの結婚をすすめようとしている。

 もしかしたら、彼にとっても都合がよかったのだろうか。
 できればそうであって欲しい。こんな形になってしまったけれど、少しでもオルフェレウスの役に立ちたい。

「お父様とお母様は、オルフェ様をご存じなのですか?」
「小さい頃はね」
「とても可愛かったのよ」
「あんなに大きくて、いかめしくなるとはね。月日は残酷だ」
「いつも怒ったような顔をしているけれど、生真面目でいい子だわ。少し思い詰めやすいかしら。ラーチェル、あなたが殿下をささえてあげなさい」

 母の言葉に、ラーチェルは頷く。
 ラーチェルはオルフェレウスに守ってもらった。
 彼の妻に――なるのだから。できる限りのことはしたい。

「ラーチェルは覚えていないかもしれないが、殿下は我が家に滞在していたことがあるんだよ」
「あれはいつだったかしら。ロザリナが亡くなったばかりのころだから、今から十年以上前だったわね」

 懐かしいなと笑い合って、それから両親は兄に手紙を出さなくては、ドレスの準備をしなくてはと、いそいそといなくなった。
 ラーチェルは驚きながら、両親の話を頭の中で反芻する。

(オルフェレウス様が、我が家に滞在していた?)

 まるで記憶にない。十年以上前といえば、ラーチェルは八歳程度だろうか。
 それよりももっと以前のことだとしたら、あまりよく覚えていない。

 オルフェレウスはラーチェルのことを以前から知っていたと言っていたが、それはラーチェルが城で働いているからだ。
 幼い頃のことは――何も、言っていなかった。
 ロザリナとは、オルフェレウスの母である子爵令嬢の名だ。

 亡くなったすぐあとというのだから、それはオルフェレウスにとっては思い出したくない記憶だろう。
 余計な詮索はしないほうがいいのかもしれない。


 約束通り、翌日オルフェレウスはラーチェルを迎えに来た。
 オルフェレウスの部屋に置いたままだったドレスを返されて、ラーチェルはお礼を言った。
 城から着て来た昨日の青いドレスを返そうかと申し出たが「それは君のものだ」と首を振られた。

 国王陛下に挨拶をするということで、侍女たちはいつも以上に気合いが入っていた。
 けれど、ドレスや髪飾りに薄化粧をして着飾ったラーチェルが気後れしてしまうほどに、オルフェレウスは隙のない姿をしている。

 かっちりとまとめられたオールバックの金の髪。形のいい額に、真っ直ぐな眉。
 軍服には皺がなく、金の飾りがついたマントも、長い足を包むズボンもブーツも、汚れ一つない。

 城の中を二人で並んで歩いていると、昨日と同じようにちらちらと、行き交う者たちがラーチェルに視線を送った。
 すぐに視線をそらすのはオルフェレウスが視線を送る者たちを睨んでいるからのようだった。

「オルフェ様、怒っていらっしゃいますか? そんなに、睨まなくてもと思います」
「君に不躾な視線を送る不愉快な者たちだ。公爵家の令嬢に向ける視線ではあるまい」
「私は気にしていませんよ」
「私は気にしている。彼らは君を見るが、私を見ない。それは少なくとも、無礼な視線だと理解しているからだろう」
「確かに、そうかもしれません」

 ラーチェルは頷く。
 オルフェレウスのそうしたはっきりとした物言いは、ラーチェルの中にはないものだった。

「私のために、怒ってくださっているのですね。ありがとうございます」

 ラーチェルに向けられる視線を咎めてくれている。
 それを理解すると、なんだかくすぐったかった。

 城の奥に進み、応接間に辿り着く。謁見の間ではないところに、オルフェレウスと国王ルーディアスの親しさが滲んで見えた。

「おぉ、よく来たな、オルフェ、ラーチェル!」

 国王ルーディアスは、二人が姿を見せると、すぐに立ち上がってオルフェレウスを抱きしめて、それから、ラーチェルの手を握ってぶんぶん振った。
 もう三十近い、見た目だけ見れば威厳のある男性なのだが──その仕草は、人が好きで仕方ないとでもいうような、大型犬に似ている。

 快活な笑みを浮かべて嬉しそうにしているルーディアスに比べ、オルフェレウスは眉間の皺を寄せて、不機嫌そうな顔のままだった。

「兄上。相変わらず落ち着きがないですね」
「最近俺を構ってくれない弟が、久々に会いたいと言うのだ。その上、結婚の報告だというのだから、それは嬉しいだろう? 少しぐらいはしゃいでも仕方ないとは思わないか?」
「国王陛下。ラーチェル・クリスタ二アです。お時間をとっていただき、感謝いたします」
「硬いな、ラーチェル! いつも妻と話している時のように、話してくれていいのだぞ」
「それは、さすがにできかねます……」

 大きなソファに、ちょこんと、ルーディアスの妻、王妃ミーシャが座っている。
 愛らしい笑顔を浮かべて、ミーシャは頷いた。

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