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番外編

お兄様、拗ねる 2

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「ティア」

 名前を呼ばれて、振り向く。
 
 シフォンが一歩下がった。
 昔のことを思い出していた気がしたけれど、私は記憶を頭の片隅に押し込んだ。

 忘れる、と選択した記憶を思い出すことは滅多にない。だから、もう大丈夫。
 私はこちらに歩いてくるお兄様とジークハルト様、アルケイド様に礼をした。

 名前を呼んだのはお兄様だった。
 私はお兄様を見上げて微笑んだあと、ジークハルト様の手をぎゅっと握った。

「お話は、終わりましたの?」

 手を握ると、握り返してくれる力強さに安心する。
 無性に、甘えたい気持ちになる。

「あぁ、終わったよ。待たせて、すまない」

「大丈夫です。お散歩をしていました」

「着替えたのか、ティア。リュシーヌのドレスだな。愛らしいな」

 ジークハルト様は私の姿を見て目を細める。

 リュシーヌのドレスは、帝国のそれに比べて飾りが少ない。その代わり、レースが多い作りになっている。薄手のレースを何枚も重ねたような白いドレスは、見た目よりもあたたかい。

 私はスカートの裾を摘まんでみせた。

「気に入って頂けて嬉しいです。リュシーヌの侍女たちが、選んでくれて……」

「あなたは何を着ても美しいが、あなたの侍女たちは優秀だな。まるで雪の妖精のように愛らしい姿だ」

 ジークハルト様は私の頬に触れ、顔にかかった髪を指先で払った。

 私はすっかり元気になった。元々切り替えの早い私なので、ジークハルト様がいてくだされば昔の記憶なんて、鬱屈した感傷さえ、まぁいいか、と思えてしまう。

「ティア……、少し前までは、お兄様と結婚すると言ってくれていたのに……」

 悲しそうな声に振り向くと、お兄様が私に捨てられた子犬のような視線を送っていた。

「カルナ様、あんなに幸せそうなティア様を見て喜べないなんて、何ということですか」

 シフォンが両手を腰に当てて、お兄様を咎めた。

「でも、シフォン。ティアは毎日、お兄様に合法的に襲ってもらいたい、と口癖のように言ってくれていたのに」

「満更ではなかったのですか、カルナ様。口では常識的なことを言っていたのに」

「勿論、実の妹にそんなことはしない。でもね、親友に妹を奪われたような、物寂しさは感じる」

「我慢してください。だいたいカルナ様にもきちんと……」

 お兄様とシフォンが言い合っている言葉を聞いて、ジークハルト様が私耳元で囁いた。

「……ティア。カルナに抱かれたいと、言っていたのか?」

「勘違い故の暴走といいますか」

「仕置きが必要かな」

「はぃ……っ」

 仕置き。
 お仕置き。

 なんて素敵な響きなのかしら。
 是非、是非よろしくお願いします!

「……ティア様、あちらの美しい女性は」

 そんな私たちをあまり気にした様子もなく、アルケイド様が熱心にシフォンを見つめて言った。

 恋の予感がひしひしと感じられた。


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