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属国の姫は皇帝に虐められたい
いじめられたい私と生真面目なジークハルト様
しおりを挟むお食事と湯あみを済ませて、夕刻。
ジークハルト様と私は、リビングルームにあるソファに座っていた。
行儀よく並んで座っている私たちの目の前のテーブルには、私がリュシーヌ王国より持参してきた秘蔵の艶本が並んでいる。
予想通り、ジークハルト様はとてもとても戸惑った表情を浮かべていた。
私の集めている艶本は一見普通の本なのだが、本の表紙に書かれているタイトルが普通ではないので、中身を察してくださっている筈だ。
その一冊を私は手に取り、情感をたっぷり込めて朗読していた。
「――皇帝ロザリオスの手が、残酷に初心な少女の胸の飾りを強くひねり上げた。ユーフィアの未発達な胸は、未だ誰にも触れられたことはなく、胸で得られる快楽を知らない。ただただ、抓られた場所がひりひりと痛いだけだ。涙が見開かれた瞳からはらはらと流れた。どうして、こんな目にあっているのだろう。恥ずかしい。痛い」
私のなかなかに良い声が、艶やかに部屋に響く。
「……ティア」
「しっ、ジーク様、静かにしていてくださいまし。今とっても良いところなのです」
「しかし……、この話は、なんというか……、あまり良くないもののように思えるのだが」
せっかく良いところなのに、ジークハルト様が咎めてきたので、私はすかさずジークハルト様の口元に指をあてて静かにするようにと軽く叱った。
ジークハルト様は眉根を寄せて、とても困った顔をしている。
困っているけれど、目尻が少し赤い。もしかしたら私の朗読で、若干興奮なさっているのかもしれない。
良い傾向だわ。
「まぁまぁ、もう少し、聞いてくださいな。私、ジーク様にこのようにされたいのです。という気持ちを込めて読みますわ」
「あ、あぁ……」
ジークハルト様は神妙な様子で頷く。
私は少し考えて、ジークハルト様の膝の上によいしょ、と乗ってみることにした。
ジークハルト様は少し吃驚していたようだが、すんなり私を抱っこすることを受け入れてくれた。
両手でしっかり抱きしめてくれる。優しい。
優しく誠実なジークハルト様が、私は好きになりつつある。でもそれはそれとして、性生活も大切にしたい。予定とは違ったけれど、折角夫婦になったのだし。
「陛下、どうかお許しを……っ、わたくし、ぃや、いたい、です……っ」
私の迫真の演技に驚いたのか、ジークハルト様の手に力がこもる。
「痛いだけか、ユーフィア? ロザリオスは揶揄うように言った。口元に残酷な笑みが浮かんでいる。その瞳に見据えられると、ユーフィアの赤く腫れた胸の突起が痺れるよう疼いた。じくじくと痛みとは違う別の感覚が体の内側を這いはじめる。どういうわけか、足の間にある秘密の花園が潤ってくる。とろりと、蜜が内腿を流れ落ちた」
「待て、ティア。……おおよそ、理解できた」
せっかく盛り上がってきたのに、またジークハルト様に止められてしまった。
私は頬を膨らませて、ジークハルト様を見上げた。
「まだまだですわ。これから、縛ったり、道具で責めたりと、素晴らしい責め苦がはじまりますのよ。盛り上がるところですわ。だから、もう少し……、あら?」
私の手から、本がするりと引き抜かれる。
パタンと閉じられた本が、丁寧にテーブルの上に戻された。
私は手を本を持っていたままの状態で開いたまま、手持ち無沙汰に指先を軽く握ったり開いたりした。
怒らせてしまったのかしら。
ジークハルト様に私の趣味をご理解いただくためには、朗読が一番早いわね思ったのだけれど、少々上級者すぎたのかもしれないわ。
「ジーク様!」
なんてことでしょう。
私は大きな声でジークハルト様の名前を呼んだ。
「私、また先走ってしまいましたわ。ジーク様が私に優しいことを良いことに、私のことをもっと理解していただきたいという気持ちがこのような行動につながってしまいましたの。ごめんなさい。膝の上に乗って艶本を朗読するなど、あまりにも恥知らずな行いでしたわね。さぞ、幻滅なさったことでしょう」
私はジークハルト様の膝から降りて、謝罪のために床に跪こうとした。
けれど、ジークハルト様の手がしっかりと私の体を抱きしめているために、動くことができなかった。
「落ち着きなさい、ティア」
「今の言い方、大変素敵ですわ……!」
そっと嗜められて、私の心臓はどくんと高鳴る。
あぁ、良い。とっても良い。丁寧な物言いのジークハルト様の、軽い命令口調。たまらない。
「……それは良かった。ティア、確認したいことがあるのだが」
「なんですの?」
「あなたは……、過去の経験から、自罰的な趣味に走っているというわけではないのだな」
「違いますわ。単純に、趣味です。過去は過去、今は今、ですのよ。持って生まれた性格のせいで、過去についてもあまり辛くなかったのは儲けものでしたわね。私はいつだって元気溌溂です」
「それは良かった。……良かったのか? よく、わからないが……」
「ジーク様、過去のことはもう良いのですわ。私、ジーク様との明るい未来についてしか考えていませんのよ。それに私、よく物を忘れますの。昔のことはあんまり覚えていませんわ。栗は茹でたほうが美味しいし、きのこは危ない。私の過去の思い出など、それぐらいのものですわね」
「あなたは……本当に健気な人だな。前向きで、明るく……、まるで、女神だ」
ジークハルト様は私を眩しいものでも見るような目で見つめた。
私は膝に抱っこされたまま、ジークハルト様の体にもたれるようにしてその顔を見上げた。
少し視線を動かすと、濃い色合いの肌色をした首にある荊の紋様が目に入る。
荊の紋様の中に埋もれるようにして、古い傷跡があるのに気づいた。
傷跡を隠すために刺青を入れているのかしら。刺青。良いわね。気持ち良さそう。
それに耳飾りも良いわね。耳に穴をあけるのだわ。
私もしてみたかったけれど、お兄様に駄目だと言われてできなかった。女性は体に傷をつけてはいけないのだという。残念だわ。
「あなたの女神は、あなたにいじめられたいのですけれど、駄目でしょうか……」
「……ティアが読んでいた本は、褥の教本にしては偏っていると思っていたのだが、違うようだな」
「ええ。違いますわ。これは、物語ですわ。ジーク様の元へと嫁ぐにあたって、参考にするために集めましたの。皇帝と姫の話がほとんどですのよ。ジーク様は優しくて誠実な方ですけれど……、その、夜の生活を、時々で良いので、私の嗜好に付き合ってくださらったら私……、あぁ、でも、ごめんなさい。私の立場でそんなことをお願いするのは失礼ですわよね……」
ここまでしておいて今更なのだけれど、急に立場を思い出した私。
ジークハルト様が優しいから図に乗ってしまった。
どうしよう。不敬な女だと思われて、リュシーヌ王国につき返されるかもしれない。
それはそれで良いかもしれないと思うけれど、ジークハルト様との未来について考え始めたばかりなのに、少々残念な気もする。
「落ち着きなさい、ティア」
「はい……!」
再び注意されたので、私はときめいた。
「あなたは、私に遠慮をする必要はない。思ったことや感じたことは、なんでも伝えて欲しい。私は、ティアを愛している。あなたが私を愛してくれるのなら……、あなたを喜ばせるための努力は惜しまないつもりだ」
「ジーク様……」
優しい。優しいわ。
なんでこんなに優しいのかしら。まぁ良いか。優しいのは良いことよね。
考えても分からないことは、結局考えても分からないのだ。ジークハルト様は私に優しい。それが理解できれば、他はどうでも良い。そのうち話してくれるかもしれないし、話してくれないかもしれないし。
今わかっているのは私は優しいジークハルト様が好きかもしれなくて、そんな優しいジークハルト様が私をいじめてくれるのならもっと好きになれそう、ということぐらいである。
「その……、どの程度、ということを確認したいのだが、良いだろうか」
「どの程度、と申しますと?」
「先ほどあなたは、縛ったり、道具を使ったりと言っていた。だが、時には痛みを感じることもあるだろう。……だから、私はその限度を知りたい」
ジークハルト様が積極的だわ。
戸惑いながらも真面目に尋ねてくれるジークハルト様の果てしない気遣いに感動して、私は膝の上に乗っていた姿勢を変える。
正面から抱き合う方に、よいしょ、と移動した。
湯浴みをしたときに着替えさせてもらった白い薄手の夜着が捲れて、足が露わになる。
ジークハルト様は片手で私のむき出しになった太腿に触れた。触れる体温が、熱い。
「ジーク様、私、嬉しい。我儘を聞いてくださってありがとうございます。私、良い妻になれるように頑張りますわ」
首に腕を回して、首筋に頬を擦り付けながら私は言った。
お礼を言う時は思い切り甘えるに限る。
これをすると、お兄様が喜ぶのだ。だからきっとジークハルト様も喜んでくださるだろう。
「いじめられることに興味のある私ですけれど、実を言えば体験したことはありませんの。素敵な旦那様にいじめられたいとは思っておりましたけれど、今まで私の思う理想の男性とはお兄様ただ一人でしたし。お兄様はお兄様なので、間違いは起こりませんでしたわ。……つまり、ええと、なんでもしてくださいまし」
「……ティア。今のは、嫉妬をして良いのだろうか」
「嫉妬?」
「長年あなたの理想であったただ一人の男である、カルナが羨ましい」
「っ、ぁ……」
ジークハルト様の片手が、徐に私の腰から下に続くなだらかな双丘を掴んだ。
軽い痛みに、私の胸は期待に震えた。
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