上 下
8 / 86
属国の姫は皇帝に虐められたい

期待に満ちた第一夜

しおりを挟む

 婚礼の儀式のような口づけをされた私は、内心首を傾げ続けていた。
 これから、これから、多分これから、と自分に言い聞かせる。
 ジークハルト様の本領が発揮されるのはきっとこれから。まさか、皇帝であるジークハルト様が未経験とか、初心とか、そういうことはないでしょうし。
 私は、どうしたら良いのかしら。
 ただ立っていればよいのかしら。それとも、何かするべきなのかしら。
 良くわからないわ。
 艶本で読んだ艶事では、女性はなんというか、一方的に無理やりに、激情をぶつけられるものだったし。
 戸惑っているのもつかの間、ジークハルト様の手のひらが私の頬に触れた。

「ティア。……もう少し、触れても?」

「……はい」

 遠慮がちに尋ねられて、私は小さな声で答える。
 どうぞどうぞ、ご存分にお触れなさって!
 と内心では思っているけれど、うきうきウェルカムの姿勢ではいけないのよ。
 こういう時は恥ずかしがったり、嫌がったりするものなのだわ。
 そうしないときっと、盛り上がらないもの。私の知る艶本の中の女性たちもそうしていたし。
 やっぱり、恥ずかしがるのが肝心よね。

「……私の元へ来てくれて、ありがとう。あなたが苦しい思いをしないよう、なるだけ優しくする。どうか、私を受け入れて欲しい」

 ジークハルト様はそう言うと、切なげに微笑んだ。
 愛を乞うような言葉に、はて、と私は心の中で首を捻る。
 先程からさっぱり良くわからないわね。私は王国から来た虜囚のようなものだし、ジークハルト様とは初対面で話したこともないのに。
 見た目、かしら。
 まぁ、見栄えは悪くないわよね。
 白い肌に、銀の髪に青い瞳は冷たい印象はややあるけれど、それなりに愛らしい容姿だと思っているわ。なんたってあの百人中百人が美形と評価するだろう、カルナお兄様の妹なのだし。
 色合いも顔立ちもお兄様と私はどことなく似ているもの。血のつながりがあるのだし当然なのだけど。
 ジークハルト様は私の見た目が好き。
 なるほど、それは納得できる気がするわね。
 でも私、見た目と中身が一致しないってよく言われるのだけれど、大丈夫なのかしら。
 お部屋でごろごろしながら艶本を読んで、うっとりしているところを見られたら、幻滅とかされるのかしら。別に良いのだけど。

「ティア」

 再び唇が重なった。
 何度かついばむように口づけられる。背中に回った腕が、強く私を抱きしめる。
 衣擦れの音が耳に響き、布越しにジークハルト様の体温が伝わってくるようだった。
 ジークハルト様は私よりも熱い。やっぱり筋肉量の違いなのかしら。筋肉は熱い。新しい発見だわ。

「ん……」

 唇の間から舌が中へと入ってくる。
 あら、これが……、と、私は感動した。
 口付けとは舌を絡め合わせるもの。それはとても気持ち良いものだと、知識としては知っている。
 それが実際に自分の身に起こると、結構感動するものだわ。
 ジークハルト様の舌はおおきくて、ぬるりとしめっている。
 一瞬何か清涼感のある味がした。けれど、それはすぐにわからなくなってしまった。
 私の小さな口の中は、ジークハルト様の舌ですぐにいっぱいになった。
 弾力のあるそれが口の中を軟体動物のように蠢く。ゆるゆると舌を擦りあわされて、角度を何度か変えて味わうように口腔内に優しく触れた。
 頭の奥がじんと、痺れる。
 気持ち良い。
 無理やりでも強引でもないけれど、柔らかい何かにくるまれているように、気持ち良い。

「ん、んぅ、……ん……」

 私はジークハルト様の服を掴んだ。
 何かを掴んでいないと心許なかった。

「ん……ぅう、……っ、は」

 鼻にかかった甘い吐息が、ちゅくちゅくと響く水音の狭間に零れる。
 呼吸が僅かに苦しい。
 ジークハルト様の唇がそっと離れ、私は新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んだ。
 抱きしめて、背中を撫でてくれるのが心地良い。
 私は酸欠でぼんやりしながら、ジークハルト様に体を預けるようにしてくっついた。
 優しい。うん。とても優しい。

「ティア、大丈夫か?」

「大丈夫、です。……呼吸をするのが、難しくて。きっとそのうち、上手にできるようになりますわ」

 口付けぐらいで音をあげていたら、ジークハルト様のお相手など務まらないに違いない。
 捨て置かれる生活もそう悪くないけれど、できることならジークハルト様直々に虐めていただきたい。
 そういう期待と決意を込めて私は言った。
 完全に余計なことを言った自覚がある。

「……、あなたは、そのような努力をする必要はない。すべて私に任せて、委ねて居れば良い」

 ジークハルト様は低くやや掠れた声で言った。
 それから私の体を軽々と抱き上げると、広くて白いベッドに横たえる。
 衣服も私の体も白っぽいので、世界が白に覆いつくされたみたいだった。
 ジークハルト様だけ色を持っているみたいだ。
 さらりとした黒い髪と、赤い瞳、褐色の肌。私の国にはいない色合いのひと。

「綺麗な色ですね。私とは違いますわ」

 婚礼の白い衣装が、ベッドに花弁のように広がっている。
 髪に飾られた薔薇の花が髪に絡んでしまわないようにだろうか、ジークハルト様が丁寧に外してくれる。
 ベッドに散らばる赤い薔薇は、ジークハルト様の瞳の色だ。

「私よりもティアの方がよほど美しい。白い肌も、銀の髪も、薄水色の瞳も、……朝になれば、儚く溶けて消えてしまう、雪の妖精のようだ」

「王国では、皆がこのような色合いですわ。珍しいことではありませんのよ。国が違うだけで、色が変わるのは不思議ですわね。私、ジークハルト様の深い色合いは、男らしくて素敵だと思いますわ」

 驚いたように私を見下ろすジークハルト様に、私はにっこりした。
 いじめられることを期待している私だけれど、対話を拒否したいわけじゃない。
 もともと私はお話するのが好きだし、思ったことは結構口に出してしまう性分なのである。
 そのせいで、お兄様には手籠めにしていただけなかった。
 毎日お兄様に向かって「お兄様は今日も輝いておられますわ。その冷酷そうな表情に落ちない女は王国にはおりませんわ。もちろん私もその一人……」などと言ってはやんわりと怒られていた。
 きっとあれが悪かったのよね。あれでは、食指が動かないはずだわ。
 男性とは、ぐいぐい好意を告げてくる女性よりも、奥ゆかしくて恥ずかしがり屋な女性を好ましく思うのだから。
 多分。侍女たちに相談したら「そんなことありませんよ、ティア様。ティア様は、可愛らしいです。まるで妹のように可愛いです」と言われていた。妹なので妹のように可愛いのは当たり前だと思う。

「あなたは……、私に、怯えているとばかり思っていた。そうして、言葉をかけてくれるのだな。なんと気丈で、慈悲深いことか……」

 ジークハルト様は私がちょっと話しただけで、私のことを絶賛した。
 褒めすぎだと思う。
 怒られることはあっても褒められることはあまりなかった私。困ってしまうわね。
 それに、どちらかと言えば怒られたいのだけれど、「話す許可は与えていない」とか冷たく言われたいのだけれど、駄目かしら。

「ジークハルト様は、私が怯えるようなことは何もなさっていませんわ」

 私は不実を詰るように言った。
 だからはやく怯えるようなことをして下さいな、という主張を込めた。

「……あなたを傷つけるようなことはしない。約束する」

 違うのだけれど。
 そういうことじゃないのだけれど。

「ティア、愛している。……愛してほしいとは、言わない。だが、あなたが穏やかに過ごせるよう、尽力する。どうか、私に愛を乞うことを、許してほしい」

「……っ、ん」

 再び唇が重なる。
 愛の言葉を男性に言われたのははじめてだわ。
 私の求めていた状況とは真逆なのだけれど、愛されることを拒絶しているというわけでもないので、普通に嬉しい。
 それはそれとして、私はいじめられたいのだけれど。
 あと、やっぱり顔なのかしら。ジークハルト様は私のことを良く知らないだろうし、私もジークハルト様のことを良く知らないのに、愛していると言えるのは、不思議だわ。
 言葉に意味はないのかもしれない。
 これは褥の流儀というもので、ジークハルト様は数々の愛妾の方々にも、そのように言っているのかも。
 それなら結構納得できる。
 深く優しく口づけながら、ジークハルト様の手のひらが私の体に触れる。
 腕や肩、首筋などを、感触を確かめるように撫でていく。
 大きな手のひらと長い指を持った男のひとの手だった。
 剣を持つ方なのだろう。その皮膚はお兄様と同じで、ずいぶんと硬い。
 体にぴったりとした白いドレスの上から、脇腹や腰骨を撫でらると、肌がぞわりとした。

「……っ」

 口腔内を貪っていた唇が離れる。ジークハルト様は「あなたをこの手に抱ける日がくるなんて」と言いながら、私の顔をじっと見つめた。
 私は多少の羞恥心を感じて、目をそらした。
 少しだけ顔をそむけたせいでむき出しになった首筋に、唇が落ちる。
 薄い唇が首筋に触れる。舌が皮膚の上を這う感触に、私はびくりと体を震わせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

【R-18】堕ちた御子姫は帝国に囚われる

ゆきむら さり
恋愛
初めてHOTランキングに入れて頂けました🤗✨✨ 本当にありがとうございます🧡 〔あらすじ〕📝神の国ともされるその国には、不老不死の肉体を持ち、それを手にする者に、不老と永劫の命を与えるとされる神の御子が存在する。美しい御子姫が聖域となる神殿で、夜毎にその国の王族にあるものを差し出しては、恩恵を与える。やがて、強大な帝国を築いた魔皇帝バージルが神の国へと侵攻し、御子姫を奪いさる。物語は、そこから始まる。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。初回からR作品。ハピエン♥️

処理中です...