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帝都守護職の力
しおりを挟むハチさんが腰から拳銃のようなものを取り出した。
複雑で美しい紋様の描かれた白い銃身のそれを、少女の姿になった瀬尾に向ける。
「動くな! この場にいるものを、全員喰うぞ!」
瀬尾の声は、甘い少女の声ではなくなっていた。
低くしゃがれた男の声が、幾重にも重なっているようだ。
それは、少女の足元から縦横無尽に伸びている黒い木の根のようなものに無数にある、口から発音されている。
あれが、魍魎。
醜悪で、おぞましい姿をしている。
「助けて!」
「助けてくれ……!」
囚われた人々から、恐怖の声があがる。
もがき、苦しみ、拘束から抜け出そうとしている。
「どうすりゃいいんだ……」
五頭さんが頭をかきむしって吐き捨てた。
「わけがわからねぇ! あれは、瀬尾じゃねぇのか!?」
「――あれが誰だとしても、もはや意味はない。あれは人としての理から離れた獣だ」
由良様が冷酷にも聞こえる冷たい声音で言う。
それから、私に視線を向けた。その瞳には、冷たさはない。
冷静さの奥底にあるのは、深紅の瞳に炎が燈るような、怒りだった。
静かな怒りが、空気を震わせるようにして伝わってくる。
支え合っていた兄妹が、化け物によって壊されてしまった。
そのことに、由良様は――怒っている。
私が悲しい気持ちになったように、由良様も――。
優しい人だ。私はそれを、よく知っている。
「薫子、そこを動かないように」
「はい……由良様」
私にできることは、あるだろうか。
巫女は鎮守の神の傷を癒やす。体に流れる神癒の力を譲渡することで、鎮守様たちの力を増幅させることができる。
だとしたら、私は――。
「巫女だな。喰わせろ! その女を、喰わせろ! その女一人の命と、ここにいる人間たちの命を交換してやろう!」
瀬尾が――魍魎が、いやらしい笑みを浮かべて大声でまくし立てる。
魍魎に拘束されている警邏官の顔を、無数の口からのびる舌が舐る。
野次馬をしていた女性や男性の足や腕を、無数の口が食いちぎるふりをする。
私は両手を胸の前で合わせた。
由良様の傷を癒やした時のように、あたたかい力が体を巡る。
春のあたたかい日差しをあびて咲く、桜の花のように。
目を閉じると、丘の上に鎮座する枝垂桜の大樹が瞼の裏に描かれる。
その幹は太く、大地からたくさんの栄養を貰っている。
開いた花が、風に揺れる。
ざっと吹き抜けた強い風に、花弁が舞い散り、視界を薄桃色に埋め尽くした。
閉じていた目を開くと、舞い落ちる桜の花弁の中に由良様の背中がある。
頭からはえた尖った耳。
菊の花のように広がる、九本の尻尾。
金の髪は背中まで伸びて、艶やかに光っている。
「ありがとう、薫子。すぐに、片をつける」
由良様は優美に手を伸ばした。
青い狐火が、由良様の体の周りにいくつも、円を描くようにして現れる。
「人に与する裏切り者め。だが所詮はお前も我らと同じ。人の命など、路傍の石と同様に見えるのだろう!」
「低俗な雑魚が。よく喋る」
ハチさんがそう呟いて、銃の撃鉄をおこし、引き金を引いた。
途端、爆発が起こる。
人々を拘束している根の途中が、不格好に膨らみ、弾ける。
ハチさんは一瞬のうちに人々の傍に移動して、拘束から解放されて宙に投げ出される人々を一人、二人と抱えあげると、地面に降ろした。
由良様の炎が、残りの木の根のようなものを燃やしていく。
無数の口が人を喰らおうと、大きく開くが、腕や頭に食らいつく前に、炎に焼かれて消えていく。
「すまないね。君は、悪くない。憑かれてしまったことが不運だった。けれど罪は、罪」
由良様が一歩前に踏み出した。
少女の足元から、燃やされた以上の木の根が、多量に伸びる。
それが由良様に一斉に襲いかかろうとした。
まるで、雨のように降り注ぐ無数の根には、それぞれ牙のはえた口がある。
その口が由良様の肉を食いちぎる前に、見えない何かで阻まれたようにして、炎に包まれ消えていく。
「あ……っ」
圧倒的な強さを、美しさを、私は見ていた。
そのせいで、地面の中を移動して、私の足元まで向かってきている木の根に気づかなかった。
ぼこっと足元が隆起して、巨大な口をもつ太い根が、まるで蛇のように私に向かってくる。
「薫子様に」
「手を出すな」
冷たい声音が、耳元で響く。
白い体の三本の尻尾を持つ大きな猫と、黒い体の三本の尻尾を持つ大きな猫が、木の根を食いちぎった。
「まっずい!」
「まずい!」
猫たちは食いちぎった黒いものを、ぺっぺと吐き出した。
「シロ、クロ……!」
「薫子様!」
「薫子様、ご無事ですか!?」
猫たちが私を守るようにして、私を囲む。ふわふわの体毛が触れるのが、くすぐったい。
ハチさんの放った弾丸が、私の前に再び首を擡げようとする黒々とした化け物を貫いて、その体を内側から弾けさせた。
「――ずいぶん人を喰らい、醜悪に成長したものだ。もう、十分だろう。消えろ」
「人が動物の肉を食うように、我らも人を食っている。所詮は動物だ。牛や豚を食うことは許されるというのに、我らが人を食うことが罪と言えるのか!?」
「そうだね。けれど、俺は人として、人を守る。それが仕事だ」
由良様の手の平に、炎が立ち昇る。
その炎を握りしめるようにして、すぐに手を開いた。
瀬尾の足元から、空を突き抜けるような火柱があがる。
火柱は、少女の華奢な体を包み込んだ。
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