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お兄様とリーシャと 2
しおりを挟む私は瓶を拾い終えて、多少は足の踏み場ができたリビングルームを見渡した。
「瓶を片付けるゴーストなら、是非家にいてほしいものだ」
「あ! あまりにも散らかっているものですから、つい。メルアの大切なものが、汚されてしまった気がして」
「気持ちはわかるよ」
「でも、お兄様……大丈夫でしょうか。逃げたのではなく、誰かに助けを求めに行ったのだとしたら」
「どうかな。サーガ殿が調べたところによれば、あの夫婦は急に羽振りがよくなってから、人付き合いをやめている。金のあるところには、ろくでもない連中が集まるからね。掃除人を雇わない程度には吝嗇だったようだから、人に酒をおごることも嫌がったのかもね」
「助けてくれる人は、いませんか」
「いないだろう。ゼスには、ゴーストは倒せないと昼間言われたばかりだ。だからきっと」
「あぁ。心配ないと思うぜ。今、見張りをさせていた部下たちから報告があった。夫婦は、王都の門から逃げたそうだ。ファルケン夫妻は慕われていたからな、皆、溜飲がさがったようだ。あの様子では、もう王都には戻ってこないだろうが」
お兄様と話していると、サーガさんとゼス様が部屋に入ってくる。
サーガさんは部屋の様子を見て「こりゃ、ひでぇな」と呟いた。
酒瓶は片付けたけれど、ごみは散らかっているし、匂いも酷い。
「しばらくは、戻ってこないか見張る必要があるな」
ゼフィラス様が落ち着いた声音で言う。
「あぁ。それは任せてくれ。こうなったのは、迂闊だった俺のせいだ。……リーシャ、ゼフィラス様、ルーベルト殿。助力を、感謝する」
サーガさんが改まった様子で、頭をさげた。
大きな商会で、一人一人の部下やその家族にまで気を配ることは難しい。
サーガさんは十分立派だ。
「それにしても、リーシャ。凄い顔だな。美人がゴーストの化粧をすると、迫力が違うな」
「リーシャ。その姿の君も、愛らしいと思うぞ、私は」
げらげら笑うサーガさんの言葉に被せて、ゼフィラス様が身を乗り出すようにして言う。
それから、私の頬に流れる血糊を、服の袖でごしごし擦ってくれる。
「ゼフィラス様、お洋服が汚れてしまいます」
「大丈夫だ、服ぐらい」
「でも。あっ、私がさしあげたハンカチがありますか? 私、自分のハンカチを酒瓶を拾うために使ってしまって」
「あれは、私の宝物だから、使えない」
「ハンカチなのに?」
「あぁ。大鷲の刺繍がしてある。いつも、持ち歩いている」
ゼフィラス様はハンカチを大切そうに私に見せた。サーガさんとお兄様が「大鷲?」「大鷲……」と言いながら、ハンカチを覗き込む。
それから、二人一斉に笑い出した。
「あまり上手じゃないんです。笑わないでください……」
「いや、なかなか味があっていいな。リーシャ、このデザインで商品をつくらないか? 売れるぞ」
「商品といえば、ここまで化粧で迫力が出るものなのだね。この様子なら、幽霊屋敷――なんて、廃墟を改装してはじめてみると、儲かるのではないかな。幽霊屋敷。いや、幽霊ホテルがいいかな。従業員にゴーストの格好を」
「おぉ、それはいいな、ルーベルト殿」
二人の商人たちが商売の話をしはじめて、私とゼフィラス様はそっと目配せをすると、困ったように笑い合った。
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