77 / 162
奪われたものを取り返すために 1
しおりを挟む翌日、ゼフィラス様と共にサーガさんの元へと向かった。
ウェールス商会の応接間。
ミルクティーとアップルパイでもてなしてくれたサーガさんは、持ってきた紙束を私たちの前に開いた。
「昨日の話を聞いて、もう一度確認してみたんだ。夫婦が事故にあったのは去年の秋。確か、王立劇場で人気の劇がやっていて、夕方は人通りが多かった。部下たちも見に行ったとよく話していて、だから覚えてる」
「妖精姫エスメラルダの恋ですね」
「リーシャも見に行ったのか?」
「はい。一人で」
「……そうか」
長い足を組んで話を聞いているゼフィラス様は、どこか安堵したように頷いた。
それは妖精の姫エスメラルダが人間の王子と恋に落ちるという内容の話で、一人で見に行くような内容ではない。
少し恥ずかしくなってしまって「どうしても見たかったのです……」と、言い訳のように小さく呟いた。
「日時は、ここに書いてある。去年のことだからな。もう調べても、何もでてこないかもしれないが」
「貴族の乗った馬車はどこに向かっていたのだろうな。時刻は夕方。領地に帰るために、夕方から馬車を走らせるものはいない。王都に来たものか、それとも……食事か何かをするために、街に向かったか」
「……妖精姫エスメラルダの恋は、昼過ぎから開演で、夕方には終わります。ちょうど、帰りの時刻と重なりますね」
記憶を辿って、私は言った。
演劇は夕方からはじまることが多いのだけれど、その演目は昼過ぎにはじまる。
明るい日差しが似合う、可愛くて楽しい恋愛の話だからだ。
恋人同士で見に来ている方が多かったように思う。
「リーシャ、私は劇場に行ったことがないのだが、劇場とは客の名前などは把握するのだろうか」
「劇場に入るときにチケットの確認はしますけれど、名前までは確認されません。ただ……」
「ただ?」
「貴賓室を使用する貴族だとしたら、名簿に残ります」
「そうか。……調べる価値はあるかもしれないな」
ゼフィラス様が言うと、サーガさんが訝しげに眉を寄せた。
「調べるのか、ゼス。調べてどうするんだ、その貴族を捕まえるのか?」
「このままにはしておけない。もしその貴族が私の近くにいるとしたら、私は腐敗を放置しているということになる。人を殺めて平気な顔で暮らしている者は、同じことを繰り返す可能性がある」
「そうか。……頼もしいな。俺は部下に命じて金を渡しただけだ。その金も、メルアの為に使われているって信じてた。少し調べりゃ分かることだったのにな。情けねぇ」
サーガさんが落ち込んだように肩を落とした。
それからゼフィラス様と私の顔を交互に見ると、口を開く。
「せめて、メルアの財産を取り戻してやりたい。二人とも、手伝ってはくれねぇか」
「あぁ、もちろんだ」
「私にできることがあるのなら、なんでもします」
「……なんとなくだが、似てるな、二人は。この国の王太子殿下と、伯爵家のご令嬢だってのに、庶民のことを気にかけてくれる。この国には、いけすかない貴族ばかりじゃねぇって、あんたたちを見てると思うことができる」
サーガさんは笑みを浮かべた。
それから「柄にもねぇ感傷的なことを言っちまったな」と、照れ隠しのように自分の分のアップルパイを口に放りこんだ。
「サーガさん、まずはメルアに話をききにいきませんか? メルアの気持ちを聞かずに勝手に動くのは、よくない気がして……」
以前私は、孤児たちをまともに扱っていない孤児院のシスターたちに腹を立てたことがある。
その時にお兄様に諭されたのだ。
全ての不幸な子供を養うことなどできないだろうと。
実際、私がメルアを引き取って育てられるわけじゃない。
家を取り返したからといって、メルアが喜んでくれるかもわからない。
そこに一人きりでメルアが住めるわけではない。
孤児院にいるほうが、メルアにとっては幸せかもしれない。
叔父夫婦とメルアの関係も分からないのだ。
私たちは、知り合ったばかりの他人なのだから。
「あぁ、そうだな。リーシャ、頼みたいがいいか。俺はこの顔だ、怖がられちまってな」
「私も同じだ。リーシャならば、きっと話をしてくれるだろう」
私は頷く。
ゼフィラス様が劇場の名簿を確認しに行く間、私は、サーガさんと共に孤児院へと向かいメルアと話すことにした。
39
お気に入りに追加
2,951
あなたにおすすめの小説
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。
火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。
しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。
数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる