上 下
53 / 55

クラウス様のご趣味について

しおりを挟む


 ディアブロの騎士団本部までの護送を、エニードが引き受けると申し出た。
 だがそれはクラウスによって拒否され、数日ルトガリア家の牢に投獄して、週明けに共に王都に連れていこうということになった。

 この際、ランスリアも共に王都に向かうということに決まった。
 ランスリアはきちんとした教育を受けていない。
 竜たちを騎士団本部で預かり、ランスリアはラーナと共に王都の学園に通うことになる。

 一先ずは──そういうことで、話がまとまった。
 ディアブロは大人しく投獄され、ランスリアはぼさぼさの髪も、ぼろぼろの服も徹底的に綺麗にしますと侍女たちが宣言して、屋敷の中へと連れていかれた。

 竜たちは、広大な公爵家の敷地でいったんは飼うことになったが、週明けには王都だ。
 騎士団本部で一時預かることになれば、デルフェネックを預かるときにも喜んでいたエヴァンが、それはそれは喜ぶだろう。

 レミリアは「エニード様、また会いに来ますね。今度は手製の菓子を持ってきます。是非召し上がっていただきたいのです。エニード様、レミリアはいつでもエニード様を想っています」と何度も言って、エニードの手を握って涙ながらに別れを惜しみ、マリエットと共に帰っていった。
 マリエットは別宅を整理して、ルトガリア家に戻ってくるらしい。

 エニードは「一人では寂しいですからね、ぜひいらしてくださいお義母様」とにこやかにそれを受け入れたが、クラウスはレミニアのこともマリエットのことも「もう来なくていい。そうだ、塩をまこう」と言って、嫌がっていた。
 確執は中々に、根深いものである。 

 嵐のような出来事が通り過ぎ、落ち着いた時には既に夕方近くなっていた。
 すっかり静かになった庭には、アイスドラゴンと翼竜たちが体を丸めて休んでいる。
 実家に来たような落ち着きをみせている竜たちは、ルトガリア家は自分たちにとってもランスリアにとっても安全な場所だと判断したようだった。

「アイちゃん。角を切り落として悪かったですね」
「ぐるる」

 エニードは、アイちゃんに謝った。
 アイスドラゴンも翼竜たちも、エニードの前に頭をさげている。
 王者の威嚇──ではなく、アイスドラゴンの角を簡単に切り落としたことで、エニードのほうが強いのだと、彼ら、もしくは彼女たちは、悟ったようだった。
 アイちゃんは怒っていない。角ぐらいはべつにいいと言っているように思える。
 アイちゃんの角はランスリアが「竜の角ですから、何かに使用できるかなとも思いますので、さしあげます」と、エニードにくれた。

 野良犬が食べかけの骨を持ってきてくれたような愛らしさを感じながら、エニードはありがたくそれを受け取った。
 竜の角からは剣や盾を作ることができる。エニードはどんな剣でも使いこなせるのであまり剣に拘ることはないのだが、強い装備を求める者にとっては希少価値が高い高級品である。

 両手で抱えてやっと持つことができる大きさの角は、一先ずは使用人たちがルトガリア家の中に運んでくれた。
 クラウスやキースが、エニードに相応しい剣をつくると勢いよく言っていたので、そのうち剣に加工されるのかもしれない。

「それにしても、飛竜やアイスドラゴンをこんなに近くで見たのははじめてです。ディアブロは背に乗っていましたね。馬のように背に乗れるというのは素晴らしい。なんせ、移動が速くなります」
「エニード、いや、セツカ殿……ではなく、エニード」
「エニードです、クラウス様。セツカはあだ名です。本名ではありません。ですが、クラウス様の呼びやすいほうでかいませんよ」
「エニード……」

 エニードがセツカだと気づいてから、クラウスはエニードから一定の距離を保っている。
 アイスドラゴンを撫でていたエニードは、少し離れた場所にいるクラウスの正面へと、ずいっと体をすすめた。

「え、エニード、その、突然近寄られると、心の準備が……!」
「クラウス様。婚礼の儀式をすませてから、色々ありましたが、今更初対面のような反応をするのはおやめください。私はあなたの妻、エニードです。そして、騎士団長セツカでもあります。それだけのことではないですか」
「し、しかし、初恋の人が妻だったのだ……そんな、私にとって都合のいい偶然はあるだろうか。私はエニードを愛しているのに、君がセツカ殿だと思うととても尊く……私は今すぐにでも、フィロウズに殴ってもらう必要が……」
「国王陛下は定期的にクラウス様を殴っているのですか」
「そういうわけではないが、私を殴れるのは彼ぐらいだからな」
「では今後は私がその役目をしましょう。殴るのは得意です」
「い、いや、その、それではご褒美になってしまう」

 殴られるのが、ご褒美。
 不思議なこともあるものだと、エニードは首をひねる。
 それにしても、クラウスは──。
 エニードは大切なことを確かめなくてはいけないと思い、きょろきょろと周囲に視線を送った。
 ここにはエニードとクラウスと竜たちしかいない。
 だから問題ないだろう。

「クラウス様は私を愛しているとおっしゃいますが、私は女です」
「あぁ。女性だ」
「セツカのことは男だと思っていましたね」
「そうだが」
「私は女です、クラウス様」
「エニード。勘違いを訂正しなくてはならないな。私は男が好きというわけではないのだ」
「……そうなのですか?」

 クラウスは大きく息を吸って、それから心を落ち着かせるように吐き出した。
 そして、エニードの手を握ると「座って話そう」と、エニードを庭園のガゼボに案内した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

【完結】硬派な殿下は婚約者が気になって仕方がない

らんか
恋愛
   私は今、王宮の庭園で一人、お茶を頂いている。    婚約者であるイアン・ギルティル第二王子殿下とお茶会をする予定となっているのだが……。     「また、いらっしゃらないのですね……」    毎回すっぽかされて、一人でお茶を飲んでから帰るのが当たり前の状態になっていた。    第二王子と婚約してからの3年間、相手にされない婚約者として、すっかり周知されていた。       イアン殿下は、武芸に秀でており、頭脳明晰で、魔法技術も高い。そのうえ、眉目秀麗ときたもんだ。  方や私はというと、なんの取り柄もない貧乏伯爵家の娘。  こんな婚約、誰も納得しないでしょうね……。      そんな事を考えながら歩いていたら、目の前に大きな柱がある事に気付いた時には、思い切り顔面からぶつかり、私はそのまま気絶し……       意識を取り戻した私に、白衣をきた年配の外国人男性が話しかけてくる。     「ああ、気付かれましたか? ファクソン伯爵令嬢」       ファクソン伯爵令嬢?  誰?  私は日本人よね?     「あ、死んだんだった」    前世で事故で死んだ記憶が、この頭の痛みと共に思い出すだなんて……。  これが所謂、転生ってやつなのね。     ならば、もう振り向いてもくれない人なんていらない。  私は第2の人生を謳歌するわ!  そう決めた途端、今まで無視していた婚約者がいろいろと近づいてくるのは何故!?  

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...