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やっと気づいたクラウス様
しおりを挟む例えば、数年前に城で騒ぎを起こしたフィロウズの弟バルサスは、辺境にある永久監獄に入れられている。
反乱を起こし、フィロウズを殺めようとしたのだ。
エニードを筆頭に騎士団の活躍でことなきを得たが、一歩間違えればフィロウズはこの世にいなかった。そして、玉座にはバルサスが座っていただろう。
永久監獄に入れてしかるべき罪ではあるが、問題は、永久監獄というのは文字通り永久に入らなくてはいけない監獄なので、ずっと閉じ込めておく必要があるため、更生の機会が失われてしまうのだ。
ディアブロの場合はどうか。
──当然、許されない罪を犯したわけだが。
それは、彼の甘えた性根に問題がある。真っ当に働きもせずに、他人の持ち物を奪おうとするのは、量産型悪人そのものである。
「クラウス様。ディアブロはどうしますか。永久監獄送りになさいますか」
「ディアブロをそのような場所に閉じ込めれば、今度は父やカロリーナ殿、ディアブロの妹のリーリエが、何をするか分からない。全員、監獄送りにするわけにもいかないのでな、困ったものだ」
「なるほど……」
どうやら、クラウスの父もカロリーナも、妹君のリーリエという女性も、ディアブロと同じような思想の持主で、行動力のある過激派なのだろう。
「では、働くことを知らないこの方の、性根を入れ替えるというのはどうでしょうか」
「そのようなことができるのか?」
「ええ。王都の騎士団本部にある、新兵訓練所で一年も訓練すれば、大概の者は真っ当な人格者になります。それはもう、こんなところにいるぐらいなら、街道に石を敷く仕事や、王都のごみ集め、地下水道の掃除や点検のほうが数万倍マシだと、泣いて頼むぐらいには」
「え、エニード、すまない、心の準備が……っ、そ、その、君は騎士団に、とても詳しいのだが……」
胸をおさえてわたわたと狼狽するクラウスを、エニードはじっと見つめる。
この反応。
とうとう、気づいたのかもしれない。
エニードが、セツカであるということに。
クラウスが気づくまでは自分からは教えずに見守るつもりでいたエニードだが、割と、もうどうでもよくなってもいた。
エニードはエニードとして、普段と変わらず振舞っている。
そこにセツカとの差異はない。あえて隠すことでもないし、自分を偽るつもりもない。
クラウスは何故気づかないのだろうなと、疑問ではあったのだが。
まぁ、気づいても気づかなくてもどちらでもいいか、というような心境に到達していた。
エニードはクラウスの妻として、彼を愛し守ることを心に決めた。
クラウスがどう思っても、たとえ迷惑がられたとしても、エニードは自分の意思を貫くだろう。
それが、騎士道というものだからだ。
とはいえ──とうとう気づいたのだなと。
子犬の成長を見守る飼い主のような心境で、エニードはクラウスの言葉を待った。
やはり、気づかれないまま過ごすというのは色々と不自由だ。
エニードとしては、週末にルトガリア家に帰り、週明けには王都に戻り騎士団の仕事を続けたいと考えている。これを秘密にしておくというのは、色々と面倒なのだ。
「私は騎士団にとても詳しいです、クラウス様」
「そ、それは、その、君が……」
「はい」
「君が……セツカ殿の、妹君だからなのでは……!?」
「え」
「セツカ殿の出自を私はよく知らないのだが、もしかして、レーデン伯爵家のご子息なのでは……!」
「クラウス様」
それはさすがに無理があるだろう。
クラウスは大丈夫なのだろうか。レーデン伯爵家の娘を娶ったのだから、レーデン伯爵家について少しは調べている筈だ。
伯爵家を継いだ兄とエニードの、二人兄妹である。もう一人の兄などいない。
「……クラウス様。動揺のあまり現実から目を背けるものではありませんよ。レーデン伯爵家には、エニード様とご子息が一名。それはセツカ様ではありません」
ともかく狼狽えているクラウスと、この期に及んでなんていう勘違いを披露するのだろうと唖然としているエニードの背後から、キースがこそこそとクラウスに声をかける。
「そ、それは分かっているのだが、だが、まさか、そんな……」
「クラウス様。少し調べればわかることではないですか」
「人のことをこそこそと調べるのはよいことではない」
「ルトガリア家の奥方様になる方ですから、調べますよ、それは」
その口ぶりからキースはどうやら知っていたらしい。だが、半信半疑だったというような印象を受ける。
「僕もまさかとは思っていたのですが……あの戦いぶり。エニード様はありふれた伯爵令嬢ではありません」
「それはそうです、エニード様はまるで王子様のように素晴らしい方で……!」
「それはそうよ。エニードほど愛らしい嫁はいないわ。ねぇ、エニード。お母様は、エニードとクラウスのために真っ当な人間に戻ると約束するわ」
「レミリア様、大奥様、ややこしくなりますので、少しお静かに。お口、うさちゃんです」
キースがエニードの真似をして、口に指でバツ印を作る。
レミニアとマリエットもそれに倣って「エニード様とお揃いです」「ふふ、可愛いわ」と言いながら、バツ印を作って大人しくなった。
非常に微笑ましいやり取りをにこやかにエニードは眺めていたが、まだクラウスとの話が終わっていなかったと思い出して、クラウスに向き直る。
もう──いい加減に、伝えるべきだ。
クラウスも気づいている。気づいていて、一生懸命否定しようとしているのだろう。
クラウスの傷は、きっと深い。初恋の男が、男ではなかったのだから──。
「クラウス様、私は」
「こ、こ、ここ、困ります……!」
「何故敬語を」
「困ります……っ、そんな、私の可憐な妻が、さらに可憐に……っ、このままでは、尊過ぎて直視できなくなってしまう……! エニード、君という存在が輝きすぎて、私のような男が君を愛するなどおこがましく、とても愛せなくなってしまう……!」
「クラウス様。……落ち着きなさい」
エニードはクラウスの額に手刀を決めた。
ごんっと、痛そうな音が響き、クラウスは額をおさえて涙目になった。
「ありがとうございます」
「手刀が好きなのですね、クラウス様。それはともかく、落ち着いてください。まずは、事実確認からお願いします。クラウス様は何に困っているのですか」
「き、君が、その、セツカであるという、事実に……私はとても、困っている」
「お嫌ですか」
「嫌なものか……! しかし違うのだ、エニード! 私はエニードを愛している。それは君がセツカだからとかそういうことは関係なく、エニードを愛しているのだ!」
「それは、ありがとうございます」
熱烈な愛の告白である。
クラウスの告白はルトガリア家の庭に響き渡り、使用人一同を恥ずかしがらせたり、にやにやさせたりした。
「しかし君はセツカだった。私は、どうしたら……エニードを愛しているのに、セツカが君だと思うと、とても尊く……今までの記憶が走馬灯のように頭に溢れてしまい……」
「死なないでください、クラウス様」
「私はセツカ殿に告白をして思いを断ち切ったわけだが」
「そうですね。告白をされて、想いを断ち切られました」
クラウスは今まであったことを色々思い出しているのだろう。
頭をかかえてうずくまる。
エニードは基本的には前を向いて生きている。過去のことは正直、あまり覚えていないことのほうが多いので、気にしていないのだが。
「恥ずかしい、情けない、死にたい」
「お気を確かに。……クラウス様があまりにも気づかないものですから、私も意地になっていました。自分からあなたには伝えないことを決めて、色々と嘘を。申し訳ありません」
「君に落ち度など一つもない! しかし、困る……私はエニードを愛している。君がセツカだということは関係がない。それだけは、分かって欲しい」
「ええ。理解しました。ありがとうございます、クラウス様」
二度も口にするのだから、クラウスにとってはそれはとても重要なことなのだろう。
エニードとしては、どちらでも構わないのだが。
セツカもエニードも、同一人物であり、エニードにとっては大きな差異はないのだから。
「……エニード。色々と、すまなかった。こんな私だが、君は妻でいてくれるだろうか」
「もちろんです。私の言葉に嘘はありません。あなたの妻として、生涯あなたを守りましょう」
「……っ、と、尊過ぎて、駄目だ。直視できない」
エニードとクラウスのやり取りを見守っていたマリエットとレミニアが「騎士団長がエニード?」「騎士団長様がエニード様ということですか? な、なんて素敵なのでしょう……!」と、盛り上がっている。
侍女たちも使用人たちも「まさか、セツカ様が」「セツカ様がエニード様!」と、色めきだっている。
ランスリアは事情が分からないらしく、きょとんとした顔をしながら、アイスドラゴンの斬られた角をよしよし撫でていた。
「……おい。盛り上がるのも大概にしろ。俺の処遇はどうなるんだ」
苛立った声でディアブロがそう口にしたので、エニードはにこやかに「新兵訓練所送りです」と、エニードブートキャンプ行きを伝えたのだった。
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