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新兵訓練所送りの刑

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 エニードはロランと、ジェルストとエヴァンを引き連れて衛兵詰所の牢獄に向かった。
 錚々たる面々がろうに向かう姿に、衛兵たちが「セツカ様と下僕という感じだ」「あの大人しそうに一見見えるセツカ様に俺も引き連れられたい」「首輪などをつけてもらって、引っ張られたい」などとこそこそ言い合っている。

 エニードが睨むと彼らはいそいそと逃げるように持ち場に戻っていく。 

「ドレスを着ているというだけだ。騒々しい」
「中身はセツカ様だからなぁ」
「つい守ってさしあげたくなりますが、セツカ様ですからね」

 ジェルスとエヴァンが顔を見合わせて「強いからな」「セツカ様は強い」と頷き合った。
 エニードとしてもその通りなので何の文句もないのだが、こうなってくるとエニードをか弱い女扱いして守ってくれたクラウスというのは、奇特な男である。
 
 エニードのことを女性であり妻であり守らなくてはいけない存在だと、クラウスははっきりと口にしていた。
 あの健気な様は、大変可愛らしい。
 ジェルストとエヴァンは可愛くない。

「セツカ様、大変可愛らしいと思いますよ。やはり、結婚をすると違うものですね。娘も結婚したら、セツカ様のように女性としての魅力が増してしまうのでしょうか、うぅ、悲しい、相手の男が憎い」
「ロラン。架空の相手に殺意を燃やすな。お前の娘は何歳だ」
「五歳です」
「……落ち着きなさい」

 架空の結婚相手を雑巾のように絞り上げる仕草をしながらうるうる泣きそうになっているロランを、エニードは注意した。
 五歳の娘が可愛い気持ちはわかるが、父心というのも難しいものである。
 クラウスはどうなのだろうか。エニードが娘を産んだ場合、ロランのように溺愛するようになるのだろうか。
 
 そもそもクラウスの子供をうむことができるのか。
 クラウスは産む側なのではないか。男だが。

「男は子供をうめないからな……」
「セツカ様、唐突におかしなことをいうのはやめてください」
「団長、突然怖いこと言わないでください」

 エニードの呟きを耳ざとく聞きつけて、エヴァンが静かに注意をし、ジェルストは青ざめながら腕をさすった。
 この二人の場合はどちらが産む側なのか。
 ──これが右や左や上や下。
 エニードはなるほどと、心の中で両手を打った。
 これが、ラーナの言っていた意味だ。ようやく本当の意味で理解できたような気がした。

 牢獄では捕縛された男たちが床に寝そべったり、だらりと座り込んだりしている。
 まるで反省していない彼らと一緒に、デルフェネックが丸まっていて、デルフェネックのふわふわの体に寄りかかっている者もいるのが少し微笑ましい光景である。

 微笑ましいのはデルフェネックであって、量産型悪人が微笑ましいわけではいのだが。

「お前は、あの時の契約上の妻……!」
「俺たちを恐ろしい勢いで追ってきた女!」
「ドレスの女豹!」

 エニードの姿を見ると、男たちがざわつきはじめる。
 エヴァンが「契約上の妻?」と訝しげに呟き、ジェルストは「ドレスの女豹……」と口にした後、ふはっと吹き出した。

「ドレスの女豹か……なかなかいい表現だな。騎士団のものたちは私を熊というが、私は熊よりも素早い。女豹というのは的を得ている」

 腕を組んで満足げにエニードは頷く。

「ドレスの女豹……なんだかいかがわしい響きですな」
「やめてくれ、ロラン。団長をまともに見れなくなる。団長を見るたびに、全身豹柄の服が目に浮かぶ」
「ジェルスト殿。そこは女豹の耳と尻尾なのでは」
「なぜ耳と尻尾なのだ。狩った豹をドレスに加工するほどに強い女という意味なのでは?」

 ロランとジェスルトのやりとりに、エヴァンが生真面目な顔で口を挟んだ。

「豹ほどに素早く強いという意味だ。女豹のエニード。うん。悪くないな」
「ははは」
「ジェルスト、今私は、面白い話はひとつもしていない」

 女豹とは面白い存在ではない。強いのである。
 
「女豹で盛り上がっている場合ではなかった。お前たちの様子を見にきたのだ」
「なんでお前が様子を見にくるんだ!」
「見せ物じゃねぇよ!」
「何故といわれても、私が騎士団長だからだが。お前たち程度の悪人の処遇については、国王陛下より一任されている。エニード、適当に頼む、とな」
 
 しばしの沈黙が、その場を支配した。
 鉄格子の向こう側で、男たちが顔を見合わせている。
 次の瞬間男たちは、大きな声で笑い出した。

「あはははは! まさか! ちょっと人よりも足が早いかもしれねぇが、お前みたいなお嬢ちゃんが騎士団長なわけねぇだろ!」
「寝言は寝て言え、お嬢ちゃん!」
「確かに私はお嬢ちゃんと呼びたくなるぐらいに若々しく可愛らしく見えてしまうだろう。だが、人を見た目で判断するものではない」
「デルフェネックに走って追いついてる時点でおかしいと思わないのか……」
「本当に」
「その通り」

 エニードの指摘の後、ジェルストたちが付け加える。
 男たちはジェルストたちの様子を見て、驚愕に目を見開いた。

「まさか、本当か?!」
「騎士団長、旦那に契約妻とか言われてんのか」
「可哀想に」
「可哀想ではない。私とクラウス様の夫婦関係を心配する暇があったら、悪事について反省でもしたらどうだ」
「盗みをしなきゃ暮らしてけねぇ世の中が悪いんだ」
「お前たちはどうしてすぐにそうやって世を儚むのだろうな。汗水垂らして働けば、今日の食事代ぐらいは稼げるだろう。ちょうど、街道の整備の人夫が足りない」

 男たちは一斉に「そんな仕事してたまるか!」と騒ぎ出した。
 エニードは眉間に皺を寄せる。

「当然だ。お前たちに仕事などさせてたまるか。お前たちは犯罪者だ。働けと職場に配置したその日に逃げるだろう、どうせ」
「エニード様、やはりあれですか」
「この者たちも、素直に街道の整備をしていたほうがまだ良かったと思い知るでしょう」
「あれは、辛いからな……」

 ジェルストたちが訳知り顔で頷き合うのを見て、男たちも何か恐ろしいことが起ころうとしていることに気付いたのだろう。

 一体何をするつもりだと、緊張した面持ちで怒鳴り始めた。

「お前たちには、半年間の新兵訓練所での訓練を命じる。半年後にはきっと、街道の整備がしたいと、自ら進んで仕事をするようになるだろう。任せておけ」
 
 エニードは胸を張って、量産型悪人たちの処遇を命じた。

「それから、デルフェネックはこの者たちが半年間の訓練を終えるまでは、騎士団で預かることにする」
「デルフェネック、飼っていいのですか」
「飼うのではない、預かるのだ」
「エヴァンは動物が好きなんですよね」
 
 どことなく瞳を輝かせながら、エヴァンが無表情で喜んでいる。
 ジェルストはやれやれと肩をすくめた。

「では、よく励め。私はこれから、クラウス様の元へ行く。週明けには戻る」
「団長、ごゆっくり」
「新婚なのですから、急いで帰ってこなくても大丈夫ですよ」
「団長、お気をつけて」

 後のことはジェルストに任せて、エニードは衛兵詰所を後にした。
 エニードが白馬に跨ると、再び衛兵たちがそばに寄ってきて、「可愛い」「白馬の姫だ」「でも、乗り方のせいで台無しだ」「団長、横乗りしてください、横乗り」と騒ぎ出す。

 エニードは「持ち場に戻れ」と再度叱咤して、それからルトガリア領へと向かったのだった。


 
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