上 下
14 / 55

エニード、再びの強制休暇

しおりを挟む


 クラウスと別れたエニードは、せっかく軍服を着ているのだからと騎士団本部に向った。

 休暇も本日二日目である。
 たとえばクラウスとの婚礼のような用事があっての休暇ならいいが、ただ休むというのは落ち着かないものだ。

 部下たちは元気か顔を見に行こう――と、思ったのは、少し浮かれていたこともある。

 クラウスの目が節穴なのは仕方ないとして、彼はエニードのために道ならぬ恋を諦めた。
 セツカにきちんと想いをつたえて、そして諦めるとは、なかなかよい心がけだ。

 ただの公爵閣下にしておくのは惜しい。きっとよい騎士になるだろう。
 騎士というのは誠実であるべきなのだ。
 
 ジェルストも恋人がよく変わるが、一人一人きちんと別れ話をしてから新しい恋人を作るので、あれはあれで誠実なのである。

「ジェルスト。皆は元気か?」

 エニードはにこにこしながら、しかし他者からみると無表情で、ひょっこりと騎士団本部に顔をだした。

 騎士団本部は城の敷地内にある。シルヴィアを送っていくついでに寄りやすい場所だ。

「せ、セツカ様……っ」
「せ、せせ、セツカ様……!」
「そんなに、せを連呼せずとも、聞こえている」

 顔を出した途端に部下たちがわらわらとやってきて、「せ」を連呼し出すので、エニードは眉を寄せた。

「団長、そんなに怖い顔をしないでください。閣下と喧嘩をしたからといって」
「喧嘩?」
「はい。さきほど、城の前の大橋で、団長と閣下がただならぬ雰囲気だと聞いて、皆で覗きに行ったのですが」
「仕事をしろ」

 ジェルストが話す内容に、エニードは更に眉を寄せた。
 仕事中に持ち場を離れるとは、私が一日いないだけでたるんでいるのではないか。

 そもそも、遮蔽物のない大橋のどこから、隠れてこっそり見ていたというのか。

「我らの団長になにかあってはと心配で。団長が乙女の顔をして閣下と愛を育んでいるところを見たくもあり」
「お前は何を言っている。私はいつだって乙女の顔をしている」
「団長の自己評価の高さ、羨ましいです」
「自分で自分を信じずにして、誰が私を信じるというのだ」

 自分を信じるのは騎士道の基本である。
 呆れた顔でエニードはやれやれと嘆息した。他者から見れば無表情――以下同文である。

「まぁ、そんなわけで見に行ったところ、閣下となにやら喧嘩をしている。別れ話にまで発展しているではありませんか」
「聞いたのか?」
「いえ。シルヴィア様に何があったか教えていただきました。我らの場所からは会話までは……クラウス様が顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべているのはわかりましたが」

 あれは、照れていたのだ。
 遠目で見ると、怒りの形相に見えたのだろうか。
 しかし、セツカを見て照れていたなどは言えない。クラウスのせっかくの覚悟に泥を塗りたくない。

「何をしたんですか、団長。まさか、閣下の物理攻撃力をあげようと訓練して、ぼこぼこにしたとか」
「私は騎士でもない一般人とは訓練しない」
「騎士でもない悪人を訓練して血反吐を吐かせていたではないですか」
「悪人は別だ。悪人だからな」

 またも妙な勘違いをされているが、エニードは沈黙を選んだ。クラウスの名誉のために。

「ともかく、騎士団に顔を出してる場合じゃありませんよ」
「そうですよ、セツカ様」
「その通りです、団長」
「来週まで休んでいいので、閣下と仲直りしてきてください」
「いや、私は」

 喧嘩はしていないのだ。
 だが、エニードは親切な部下たちによって、騎士団本部を追い出されてしまった。

 すっかり手持ち無沙汰になってしまった、三日目の休暇の朝。
 週末には公爵家に戻るとクラウスと約束をしているので、手土産でも買うかと家を出た。

 ラーナには、エニード様は無趣味すぎると嘆かれてしまった。
 そんなこともないのだが、エニードの趣味は山籠りと鍛錬なので、ドレスではできないのだ。

 エニードは、本日もドレスである。
 一生分のドレスを着たのでは、というぐらい、ここ数日はドレスを着ている。
 カゴにはアルムを入れている。
 散歩が好きなアルムは、尻尾を振ってお出かけを喜んでいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今更告白されても困ります!

夜船 紡
恋愛
少女は生まれてまもなく王子の婚約者として選ばれた。 いつかはこの国の王妃として生きるはずだった。 しかし、王子はとある伯爵令嬢に一目惚れ。 婚約を白紙に戻したいと申し出る。 少女は「わかりました」と受け入れた。 しかし、家に帰ると父は激怒して彼女を殺してしまったのだ。 そんな中で彼女は願う。 ーーもし、生まれ変われるのならば、柵のない平民に生まれたい。もし叶うのならば、今度は自由に・・・ その願いは聞き届けられ、少女は平民の娘ジェンヌとなった。 しかし、貴族に生まれ変わった王子に見つかり求愛される。 「君を失って、ようやく自分の本当の気持ちがわかった。それで、追いかけてきたんだ」

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

あなはにす
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

式前日に浮気現場を目撃してしまったので花嫁を交代したいと思います

おこめ
恋愛
式前日に一目だけでも婚約者に会いたいとやってきた邸で、婚約者のオリオンが浮気している現場を目撃してしまったキャス。 しかも浮気相手は従姉妹で幼馴染のミリーだった。 あんな男と結婚なんて嫌! よし花嫁を替えてやろう!というお話です。 オリオンはただのクズキモ男です。 ハッピーエンド。

処理中です...