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エニード、夫と遭遇する

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 外をうろつけといわれても、何をしたらいいのか分からないものである。
 ひらひらするスカートをなびかせながら、エニードはなんとなく王都の中心街に足を向けた。

 いつもならば、休日少し買い物に出るだけで「セツカ様、お願いがあります!」と、街の者たちに話しかけられるので、暇を持て余すことなどなかったのだが。

 今の女性らしく着飾ったエニードに、視線を向ける者はあっても話しかけてくる者はない。

(皆、この姿をしているから、気をつかってくれているのだろうか)

 帯剣はしていないし、動きにくい服装をしているが、ある程度の頼み事なら引き受けることができるのに。
 盗人にとられた財布を取り返したりだとか。
 転んで動けなくなってしまった人を医者まで運んだりだとか。

「そういえば、新しい剣を見たいと思っていたんだった。行こうか、アルム」 
「きゅあ」

 カゴバックの中から、アルムが駄目だというような声をあげる。
 そういえばアルムはラーナとの会話を聞いていた。
 剣を見るなんて駄目だと言われている気がする。せっかくの休日なのに、仕事をしているようなものだ。
 アルムも駄目だと言っているし、ラーナに怒られるかもしれないと考えて、エニードは仕方なく中心街のカフェで時間を潰すことにした。

 いつもは入ったりしないカフェに入り、カゴバッグを椅子の上に置いた。
 店員の女性が「可愛いですね、わんちゃんですか?」と話しかけてくるので、「そうだ」と答える。

 わんちゃん用の、脂も塩分も不使用のご飯があるのだと女性が言うので、アルムのために鳥ささみ肉のソテーを頼んだ。アルムは犬ではないが、似たようなものなのでいいだろう。
 フェンリルに限らず魔物は雑食なので、人間の食べるようなものは何でも食べる。
 人間も食べる。

 それなので、いつもの食事はエニードたちと同じものを食べている。
 だが、アルムは運ばれてきたお皿に入った、丁寧につくられている鳥のささみ肉のソテーを見て、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 珈琲を飲みながらしばらくぼんやりしていると、何人かの男性たちが「お一人ですか?」と話しかけてくる。
 頼みごとかもしれないと思い「一人ですが、困りごとがあるのですか?」と聞き返すと、そうではないのだという。
 一緒に珈琲を飲む相手を探しているのだというので、「人を待っています」と適当な嘘をついて、それは断った。

 一応、エニードは人妻である。
 理由もなく見ず知らずの男性たちと珈琲を飲むわけにはいかない。

 かれこれこれで五人目の見ず知らずの男に話しかけられて、一体今日はどういう日なのだと内心首を傾げながら、エニードはそろそろ場所を変えようかと考えていた。

 珈琲も二杯飲んだし、店員おすすめの苺大福も食べた。
 これはラーナの好物の予感がするので、帰りがけに買って帰ろうと思う。
 知らない男性たちに理由もなく話しかけられないのなら、ゆったりとした優雅な午前中だったはずだ。

 実際には、次々と話しかけられるので、優雅どころではなかったのだが。

「エニードさんとおっしゃるのですね。もし時間があれば、一緒に街を歩きませんか? おすすめの店があるのです。そろそろ昼食の時間ですし」

 苺大福にかぶりついているときに話しかけてきた五人目の男は、少ししつこい。
 年齢は、エニードと同じぐらいだろう。背は高く、顔立ちは整っているのだろうか。
 そのあたりの美醜については、エニードはよく分からない。
 
 騎士たちに囲まれて暮らしているせいで、男はだいたい皆同じに見える。
 そんなエニードでもクラウスの美しさは分かるのだから、彼は飛び抜けて美しい顔立ちをしているのだろうなとぼんやり考える。

「残念ですが、予定があります」
「予定とは?」
「待ち合わせです」
「しかし待ち人はずっと現れないようですが。さきほどからあなたを見ていましたが、お一人で寂しそうだ」

 寂しくはない。アルムも一緒だ。
 アルムもそう思ったらしく、カゴバッグの中から顔を出して「ぐぎゅる」と奇妙な声をあげた。

「待ち人は男性でしょうか。あなたの恋人ですか? あなたのような美しい人を一人で待たせた挙げ句に、約束を破るなんて、ひどい男がいるものだ。僕ならそんなことはしませんよ」
「そうですか。あなたはいい人なのですね」
「あなたの奪われた時間を、僕がかえしてさしあげたい。きっと楽しい。悪いようにはしませんよ」
「……私には心に決めた人がいるので、あなたと過ごすことはできません」

 正確には人妻だからなのだが。
 クラウスの名を出してもよかったのだが、本人のいないところで勝手に名前を出すのはどうかと思い、エニードは黙っていた。

「そう、つれないことをいわずに」

 男の手がエニードの手を掴もうとする。
 いい加減面倒になったので、その手を捻り上げて地面に倒そうとしたのだが、その前に別の男がその男の手を掴んだ。

「迷惑がっている。いい加減にしないか」

 エニードを守るように、男を睨み付けているのは、クラウスだった。
 セツカと話をしているときはうろたえていて、可愛らしい様子だったが。
 今は、落ち着いた声音で、射るように冷たい眼差しを男に向けていた。
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