上 下
1 / 55

序章 「君を愛するつもりはない」

しおりを挟む


 そろそろ結婚して欲しい――と、両親に泣きつかれた。
 エニードは今年、二十歳である。
 王国に住む女性たちの結婚適齢期が十六から十八だとして、エニードはそれを二歳も通り過ぎている。

 気づいてはいたが、日々の忙しさにおわれて、また――仕事も楽しかったので、結婚のけの字すら忘れていた。

「誰でもいいから結婚相手が欲しいと、ルトガリア公爵がおっしゃっていてな。先日の、王家の晩餐会での話だ。思わず、うちの娘と結婚をしてくれないかと、お願いをしてしまった」
「ルトガリア公爵は、是非、よろこんで――と、言っていたわ」

 久々に顔を見せろと手紙を貰い、エニードがレーデン伯爵家に戻ってみれば、そんな話である。
 勝手なことをと怒ることはできなかった。
 勝手なことをしているのは、エニードの方だ。

 レールデン伯爵家を兄が継いだのをいいことに、本来ならば政略結婚などをしなくてはいけなかった立場のエニードは、自由に好き勝手暮らしていた。
 ――自覚はある。

 話は、エニードを置いてけぼりにしながら、勝手に突き進んでいった。
 あれよあれよと婚礼の日になり、婚礼着に着飾ったエニードは、公爵家でルトガリア公爵、クラウスと並び、婚礼の儀式を済ませていた。

 私がぼんやりしていても、月日は巡っていくのだな――と、達観したご老体のようなことを考えながら儀式を終えて、侍女たちによって体を清められて初夜のために夫の訪れを部屋で待った。

 エニードのよく鍛えられた女らしい美しい体に、薄いレースのネグリジェは、よく似合っていた。
 エニード自身はこんなフリルのたっぷりついた防御力の低そうな装備はごめんだと思っていたが、健康的な色香があると口々に褒められては、そう悪い気はしなかった。
 
 侍女たちははじめて世話をするエニードの肢体にそれはもううっとりしていた。
 こんなに健康的で美しい体を見るのははじめてだと。

 やがて、扉が開かれて、夫が顔を出した。
 クラウスは男性にしてはやけに顔立ちの綺麗な、女性的な雰囲気のある優男である。
 身長はエニードよりも高いが、体つきは細身だ。
 やつれているわけではないが、エニードが触ったら折れてしまうのではないかと心配になるぐらいの美しい男である。

 世の中には美しい男もいるのだなと、社交界などに縁が遠かったエニードは、はじめて見るクラウスの姿に関心しきりだった。

 クラウスは、ベッドで大人しくしているエニードの元へと近づいてくる。
 多少の緊張は感じた。
 恋愛などは今までしたことがないし、男性とそういった意味で近づいた経験もない。
 これから初夜を迎えるのか、この男と。
 うまくやれるだろうか。

 エニードが結婚をして幸せになることは、古い考えの持ち主である両親の願いである。
 それを否定するつもりはないし、その望みを叶えられるものなら叶えてあげたいと思う。

 クラウスは優しそうだから、きっと大丈夫だろう。

「――すまない、エニード。私は君を愛するつもりはない」

 ベッドでしおらしくしていたエニードの前で、クラウスは頭をさげて心底すまなそうにそう口にした。

 ――と、いうようなことがあったのが、昨日である。
 
「あははは!」
「あはは、ではない。笑い事ではないぞ、ラーナ」

 初夜の翌日、エニードはすぐに公爵家を馬に乗って出立した。
 王都にある自分の家に戻ると、家の管理をしてくれていた侍女のラーナが出迎えてくれた。
 ラーナは元々、孤児だったところをエニードが拾って育てた少女である。
 今はエニードの世話をしながら、王都の学校へと通っている。
 エニードが家に戻ると「まぁ、結婚したのにこんなにすぐに帰ってくるなんて!」と、驚いていた。

 エニードに、お茶と最近王都で流行の異国のお菓子であるみたらし団子を出しながら、ラーナはころころ笑っている。

「だって、おかしい。公爵様の思い人が、騎士団長だなんて!」

 そうなのである。
 昨日、ひどく申し訳なさそうに頭をさげたクラウスが言うには「私にはほかに好きな人がいるのだ」ということだった。

 呆気にとられているエニードの手を引いてベッドではなくソファに座らせると、薄いネグリジェの上からガウンをかけてくれたクラウスは、どう考えても優しい男だった。
 けれど、エニードを愛せないのだという。

「すまない、エニード。私には、想い人がいる。その人は、私の命を救ってくれた恩人だ」
「そうなのですね。それでしたら、その方を妻にすれば……」
「それが、できない」
「何故ですか?」
「その方は、男性だ」

 道ならぬ恋の暴露をされたエニードは、まさかの展開に目を白黒させた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今更告白されても困ります!

夜船 紡
恋愛
少女は生まれてまもなく王子の婚約者として選ばれた。 いつかはこの国の王妃として生きるはずだった。 しかし、王子はとある伯爵令嬢に一目惚れ。 婚約を白紙に戻したいと申し出る。 少女は「わかりました」と受け入れた。 しかし、家に帰ると父は激怒して彼女を殺してしまったのだ。 そんな中で彼女は願う。 ーーもし、生まれ変われるのならば、柵のない平民に生まれたい。もし叶うのならば、今度は自由に・・・ その願いは聞き届けられ、少女は平民の娘ジェンヌとなった。 しかし、貴族に生まれ変わった王子に見つかり求愛される。 「君を失って、ようやく自分の本当の気持ちがわかった。それで、追いかけてきたんだ」

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

魅了の魔法をかけられていたせいで、あの日わたくしを捨ててしまった? ……嘘を吐くのはやめていただけますか?

柚木ゆず
恋愛
「クリスチアーヌ。お前との婚約は解消する」  今から1年前。侯爵令息ブノアは自身の心変わりにより、ラヴィラット伯爵令嬢クリスチアーヌとの関係を一方的に絶ちました。  しかしながらやがて新しい恋人ナタリーに飽きてしまい、ブノアは再びクリスチアーヌを婚約者にしたいと思い始めます。とはいえあのような形で別れたため、当時のような相思相愛には戻れません。  でも、クリスチアーヌが一番だと気が付いたからどうしても相思相愛になりたい。  そこでブノアは父ステファンと共に策を練り、他国に存在していた魔法・魅了によってナタリーに操られていたのだと説明します。 ((クリスチアーヌはかつて俺を深く愛していて、そんな俺が自分の意思ではなかったと言っているんだ。間違いなく関係を戻せる))  ラヴィラット邸を訪ねたブノアはほくそ笑みますが、残念ながら彼の思い通りになることはありません。  ――魅了されてしまっていた――  そんな嘘を吐いたことで、ブノアの未来は最悪なものへと変わってゆくのでした――。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

あなはにす
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

処理中です...