百鬼夜行祓魔奇譚

束原ミヤコ

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支配の蠱毒

改装される自宅

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 コンビニでアイスと半額に値引きされていたおにぎりを買って、自宅に戻った。
 私よりも先に部屋に入る呂希さんは、私の家の鍵を「これ、借りておくね」と言って自分の服のポケットに入れてしまった。
 
 ずっと居座る気なのかしら。
 けれど――なんだか、それでも良いかもしれないと思えてきてしまう。
 流石に、それは流され過ぎよね。
 でも、行く当てがないのなら追い出したら可哀想だしと、心の中で言い訳をした。

 そういうわけでもなさそうだとは、気付いている。

 いつもの畳敷きの部屋に入ると、何もなかった私の部屋正面奥には小さな棚と、部屋にあわせて小さめのテレビがあった。
 小さな棚には可愛らしい観葉植物が飾られている。
 お布団はそのままだ。
 携帯電話の充電器も、相変わらず畳の上にミミズのように絡まっている。

「テレビぐらいないと不便かなぁと思って、買ってきたんだけど、怒った?」

「いえ、怒ってはいませんけれど、お金……」

「心配しないで。これは泊まらせてもらってるお礼、ってことで。杏樹ちゃんに吸血鬼について知ってもらうためには、映画とかアニメを見てもらうのが手っ取り早い気がしたし」

「知った方が良いんですか?」

「うん。僕のこと、もっと深く知りたいでしょ?」

 にこにこしながら、悪びれもせずに呂希さんが言う。
 私はとりあえず頷いておいた。
 とても自分では買えないので、有難いとは思うのだけれど、良いのだろうか。
 私はとりあえずお風呂に入って着替えることにした。
 部屋着に着替えて戻ると、小さなローテーブルに、おにぎりとお茶とインスタントのお味噌汁が準備されていた。
 呂希さんにお礼を言って、私がご飯を食べている間、呂希さんは夜のニュース番組を流しながら、私とテレビ画面を交互に見ていた。

「杏樹ちゃん、連続少女誘拐事件だって。怖いねぇ。杏樹ちゃんは可愛いから、気を付けるんだよ」

 のんびりとした口調で、呂希さんが言う。
 私は口の中の鮭おにぎりを飲み込んだあと、お茶を一口飲んで返事をした。

「そんな事件、起こっていたんですね。知りませんでした」

「杏樹ちゃん、ニュース見ない? 携帯でも調べたりしない?」

「携帯は、アルバイトの連絡に使っているぐらいで、部屋に音があるの、久しぶりです」

「そうなんだ。うるさくない?」

「うるさくないです。にぎやかだと、なんとなく安心しますね」

 呂希さんは長い足を持て余しているように、膝を抱えて畳の上に座っている。
 膝の上に顎を置いている呂希さんは、軽く首を傾げるとふにゃりと笑った。

「うん。それなら良かった。でも、うるさかったり、嫌な時は言ってね。これから二人で住むんだから」

「あの、……呂希さん、行く当てがないとか、ですか」

「実はそうなんだよ。僕、遭難中だから、匿って」

「逃亡中の間違いじゃなくて?」

「逃亡よりも、遭難の方が近いかなぁ」

 遭難。
 ――帝都には、何でもあるし、深い山があるわけでも、広い砂漠があるわけでもないのに。
 でも、なんだか少し、分かるような気がする。
 なんでもある帝都に、私の居場所はない。
 私の世界はとても狭くて、六畳間はまるで牢獄みたいだ。
 他に行く当てなんて、ない。
 それなのに呂希さんがいるだけで、私の世界は少しづつ色を変えていっている気がする。

「杏樹ちゃんの身の回りには、おかしなこと、ない? 大丈夫?」

「そういえば、今日友達が、放課後の学校の校舎に亡くなった女生徒の幽霊が出るとかなんとか言っていましたね」

「そういうの、良くあるやつだよね。学校なんてそんな話ばっかりでしょ」

「そうなんでしょうか。私、良く知らなくて」

「七不思議とか、学校の怪談とか。なんせ人が多いからね。人が多いうえに皆思春期だし。教師だって、人間崩れみたいな奴ばっかりでしょ」

「そういうものでしょうか。……呂希さん、学校に嫌な思い出、あります? だとしたら、ごめんなさい。学校の話、聞きたくないですよね」

「違うよ、杏樹ちゃん。学校の話は聞きたくないけど、杏樹ちゃんの話なら聞きたい」

 呂希さんは、学校に通っていたのかしら。
 ダンピールの皆さんも学校に通うのかしら。
 でも見た目だけでは私と同じ人間に見えるから、そう言われるまでは気づかないかもしれない。

「本当に、女生徒が死んだの?」

「はい。そうらしいです。高校三年生の先輩で、私は良く知らないんですけれど。校舎から飛び降りて、自殺したそうです」

「そう。……なんにせよ、誘拐事件もあるし、ね。杏樹ちゃん、心配だから、毎日迎えに行くね」

「……いえ、それはちょっと」

「駄目なの?」

「呂希さん、目立ちますし……」

「親戚のおにーさんとか、適当な事言えばいいよ。あ。もちろん、彼氏とか、旦那様とか言っても良いよ」

「……それもちょっと」

 不満げに「えー、駄目なの?」と言う呂希さんに、私は苦笑した。
 どうして――こんなに心配してくれるのかしら。
 いっそ、食料だからと言ってくれた方が分かりやすくて良いのに。


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