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最低な新婚初夜

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 シルディス様は、皇帝陛下である。
 そんなわけだから――当然、婚礼の儀式というのは、とても派手に行われる。

 婚礼の儀式の準備のために、お城の中はいつもよりもずっとざわめいていた。
 私はシルディス様の指示で、侍女の方々に護送ぐらい囲まれながら、久々に監禁されているお部屋から出た。

 連日の体操のお陰で、体は鈍らずにすんだ。鳩のポーズ、猫のポーズの他にも、立木のポーズに加えて、スクワットをしたのが良かったのだと思う。

 用意された花嫁衣装を侍女の方々に着せて貰い、髪を結わかれて化粧を施された鏡の中の私は、今まで素敵な恋愛をするために磨き上げてきて良かった、と思えるぐらいには美しかった。
 体の線に沿ったマーメイド型のドレスに、レースのグローブ。

 大粒の青い宝石があしらわれた首飾りと、髪飾り。

 皇帝陛下の妻に相応しく飾り付けられた私は、まるで戦いに挑む騎士のような気持ちで、城の一角にあるそれはそれは立派な礼拝堂の、神官様の前へと、シルディス様と並んで立った。
 私が泣こうがわめこうが、この日は来てしまうのよね。

 シルディス様のような横暴な人間と結婚するのは嫌だって拒否をし続けていた私だけれど――さすがに、覚悟を決めたわよ。

(まぁ……私以外のご令嬢が、鎖に繋がれなくて良かったとは思うし)

 例えばルナリアさんがあのときシルディス様に選ばれてしまって、首輪をつけられることを考えるだけで心が痛むもの。

 そんなことをぼんやり考えながら、ご来賓の貴族の方々にお祝いをされたり、久々に顔を合わせた家族に「良かった、ミエレ、結婚してくれて良かった」などとしきりに言われたりしながら、私は婚姻の儀式を恙なく終わらせた。

 私は覚悟を決めたし――残念ながら私には、「ミエレ、共に逃げよう……!」といって、私を連れて婚姻の儀式の最中の礼拝堂から逃げてくれる最愛の騎士の方などは、現れなかったのである。

 そうして私は、夜を迎えた。
 いつもの監禁部屋ではなくて、湯浴みを済ませて丁寧に磨かれた私は、薄手のネグリジェを着せられて、寝室へと通された。

 体にはこれでもかというぐらいに香油が塗り込められていて、甘い花の香りが、髪や体から香っている。
 天蓋付きの大きなベッドには清潔な白いシーツがかかっていて、品の良い調度品で纏められたお部屋の居心地は、そんなに悪くはない。

 テーブルには飲み物や、百合の花の形をした愛らしいランプ。
 良い香りがする香炉や、綺麗な形をした瓶。
 あとはシルディス様を待つだけ――という感じだ。

「初夜……初夜、憧れの初夜。初夜を迎える前に、素敵な恋人とデートを重ねたり、星空を眺めながら愛を囁かれたり、そっと手が触れあって恥ずかしがったり、……本当はそういう、恋をする予定だったのに」

 私はベッドの上で膝を抱えながら、ぶつぶつ呟いた。

「……素敵な男性に愛を囁かれてみたかった。……こんなところで、こんな形で初夜なんて、あんな、監禁男と……監禁しておいて捨て置くような、冷酷人間と……」

 私――もう一生、恋はできないのかしら。
 目を閉じて、今日のシルディス様の様子を思いだしてみる。

 見栄えだけはとても良いのよ。
 金の髪に、やや目つきは悪いけれど青い瞳の美丈夫で、戦うことが好きなだけあって、体格もとても良い。

 婚礼の黒い衣装に身を包んでいた今日のシルディス様は、絵画の中の英雄がそのまま出てきたような雄々しいお姿だった。
 けれど、やっぱり見た目よりも中身よね。
 結婚するなら私を愛してくれる方が良かったし、恋をしてみたかった。

「シルディス様は、……私のことを、……好きになってくれたりするのかしら」

 結婚するしかないのなら、恋愛はできなかったとしても、できれば――不幸なのは、嫌よね。
 顔を思い出すと腹が立つけれど、でも、もう婚姻の誓いもしたもの。

 皇帝陛下と婚姻の儀式をしてしまえば、もう逃げることは不可能。
 私は愚かではないから、自分の立場はわきまえている。
 これからは皇帝妃として、自分の役割を果たしていかなければ。

「……ミエレ」

 ややあって、シルディス様が部屋に入ってきた。
 シルディス様も寝衣に着替えている。

 ゆったりとした黒に金糸の縁取りのある寝る衣の下に、逞しい筋肉が覗いている。
 私は身を固くした。

 どうなるのかしら、これから。
 たとえば「お前などお飾りの妃だ」などといって、一言吐き捨てて、この場から立ち去ったりするのかしら。

 そして明日から、本当に愛する側妃などを呼び寄せて、私を冷遇したりするのかしら。

「……今から、お前を抱く」

 シルディス様は真っ直ぐにベッドまでやってくると、ぎし、と音を立てながら、ベッドの上に乗った。
 身を固くしている私の顔を覗き込むようにして、一言それだけ言った。


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