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第13章 アルスラン帝国

第96話 謎の老人

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 第96話 謎の老人

 その背中を見送った後、僕とミレーヌはホッと一息つく。
 
 「ありがとうございます」
 
 僕は助けてくれた冒険者ギルドマスターに頭を下げる。
 ギルドマスターは手を振って良いのじゃという素振りを見せて僕たちに微笑むと少年たちに向かって
 
 「仕事をやるからついてこい。あとお前たちは今からわしの奴隷じゃ。文句はないじゃろな」

 有無を言わせぬ口調で少年たちに言う冒険者ギルドマスター。 
 少年たちは顔を見合わせて頷いた。
 どうやら少年たちは奴隷として雇われるらしい。
 
 「行くぞ。まずその汚い恰好をなんとかせんとのう。この冒険者ギルドマスターオットーの奴隷がそんな恰好では儂の名前に傷がつく」
 
 ギルドマスターがそう言って歩き出したので僕とミレーヌも後をついていく事にした。
 その後少年グループたちを連れて冒険者ギルドに戻ったオットーさんは、少年たちをエルフで冒険者ギルドの受付嬢のエレナさんに押し付けた。
 エレナさんは驚いた表情でオットーさんを見つめたあと
 
 「この子達をどうするんですか?」
 
 「なに拾い物じゃ。手配を頼む」
 
 「わかりました。みんな付いてきなさい。まずお風呂に入ってから食事にしますよ」
 
 そう言ってフミンの少年達を連れて行くエレナさん。
 僕達は何がなにやらわからないままオットーさんを見つめる。
 
 「どういう事ですか?」
 
 「あの場であんた達が剣を抜いたら取り返しがつかなくなったじゃろ?儂はフミンの子供がどうなろうが構わんが、あんた達を犯罪者にするのは困る。それに商売を広げて丁度奴隷が足りなくなってきたしの、悪い話ではないと考えたまでじゃ」
 
 また奴隷だ。
 どうしてこの世界の人たちは人間を物扱いするのだろうか?
 前世で日本人だった僕には納得がいかない。
 そんな僕の憤りを感じたオットーさんが口を開く。
 
 「奴隷と言っても働き次第では従業員にしてやる。風呂も飯も与えてやる。それに奴隷なら儂の所有物扱いじゃから、あいつらに街の者は手を出せん。儂の所有物を傷つけるという事は儂を傷つける事と同じ事じゃからな」
 
 オットーさんなりにあの子たちの身の安全を保障してくれたという事だ。
 でも奴隷という扱いは納得できない。
 このアルスラン帝国でフミンの民がなぜこんな扱いを受けるのか僕にはわからない。
 
 冒険者ギルドの奴隷として雇われたフミンの少年達は風呂に入れられて身体を洗われた。
 そして食事を与えられて最初は戸惑っていた少年たちも空腹には勝てずガツガツと食べ始める。
 お腹が満たされると今度はエレナさんが一人一人に合った服を持ってきて着させていった。
 先ほどとは全く違う待遇に少年たちは驚き喜んでいた。
 路地裏で盗みを行う生活よりは幸せなのかもしれない。
 
 「これで貸しひとつじゃな勇者ミレーヌ」
 
 「なぜそれを」
 
 「伊達に長生きはしておらんよ」
 
 そう言って冒険者ギルドマスターはウインクしたのだった。
 僕とミレーヌは胡散臭そうにギルドマスターのオットーさんの後ろをついていく。
 そのままギルドマスターの部屋へ歩いていくと、部屋の前にはブレストプレートアーマーを着込んだ見張りの冒険者らしき屈強な男が二人立っていて、油断なく部屋の周りを監視していた。
 彼らは僕とミレーヌをじっと胡散臭そうに見つめている。
 下手な動きを見せたら即座に襲い掛かってくるだろう。
 
 「これこれ、この二人は客人じゃ」
 
 オットーさんがそう言うと見張りの冒険者二人は姿勢を戻しドアノブを回してギルドマスターの部屋の扉を開く。
 ギルドマスターは二人に手を振って僕たちを招き寄せた。
 うさん臭さしかない老人だけど僕とミレーヌは部屋に入る。
 すると部屋の中に魔法特有の張り詰めた空気が感じられた。
 沈黙の呪文がかけられていたのだろう。
 部屋の中の会話は外に聞こえないようになった。
 
 「ヒヒヒ。取って食いやせぬから座りなさい」
 
 そう言ってギルドマスターが手を振ると白磁の高価なティーセットと皿に乗った前世で食べた金塊のような台形の形をしたフィナンシェというお菓子が空中に現れて、僕とミレーヌの前にふわふわと浮いていた。
 多分魔法生物を使役しているのだろう。
 僕とミレーヌはお互いの顔を見たあとソファに座る。
 テーブルの上に先ほどのティーセットが静かに置かれて紅茶が注がれる。
 香りだけで高価な茶葉だとわかった。
 
 「儂は人間は信用せぬのでな。こやつらに一切まかせておる」
 
 そう言って僕たちに紅茶とお菓子を勧めてきた。
 
 「いただきます」

 お菓子に手を付けようとしたミレーヌを手で制して、僕は金塊の形をしたフィナンシェというお菓子と紅茶に口を付ける。
 
 毒見だ。
 
 大丈夫そうなのでミレーヌに頷くとミレーヌもお茶とお菓子に手を付ける。
 フィナンシェはアーモンドのような薄く切った豆がちりばめており、甘くて上品なおいしさだった。
 
 「ヒヒヒ……美しく育ったのうミレーヌ。儂の事は覚えておらぬじゃろうな」
 
 「ボクを知ってるんですか?」

 「よく知っておるとも。勇者マリータの娘、わしらの大切な親友の産んだ子供じゃからな。よく抱き上げさせてもらったものじゃ」
 
 そう言ってギルドマスターは懐かしそうにミレーヌを見つめる。
 見つめるがその目が一瞬ミレーヌの胸元を見ていた事に気が付いた僕はミレーヌを抱き寄せて手でミレーヌの胸元を隠した。
 意味を察したミレーヌが顔を赤くしてギルドマスターを睨む。
 
 「ホホホ。胸の大きさはまだまだマリータには及ばぬのう。で、小僧。ミレーヌの抱き心地はどうじゃった?」
 
 「ちょっ!?何を聞いてくるんですか!?」

 「まさかまだ手を出しておらんとか言わぬじゃろうな?」

 「いえ…まあその」
 
 「ヒヒヒ」
 
 いきなり何を聞いてくるんだこの人は。
 僕が恥ずかしくて俯いているとギルドマスターはイヤらしく笑った後。
 
 「お主も転生者じゃろう?」
 
 そう言われた。
 僕の心臓が高鳴って胸が苦しい。
 どうしてこの老人はこんな事を言うのだろうか。
 そもそもどうしてその事を知っているのか。
 
 「ユキナ?」
 
 ミレーヌが僕の顔を覗き込む。
 その顔から僕は目を逸らした。
 別に悪い事をしているわけじゃない。
 悪い事をしている訳じゃないのに。
 
 ずっと考えていた。
 
 僕が転生したときに本来この身体の持ち主であるユキナという少年はどこに行ったのだろうと。
 僕が最初からフォーチュリアで生まれたというなら何も問題はない。
 僕が前世の記憶を知ったのは4歳の頃。
 じゃあ4歳まで存在したはずのユキナ君は?
 本当に生まれた時から4歳までこの身体も心も僕のものだったのだろうか。
 僕がユキナ君の身体を乗っ取ってしまったのではないか?
 そう考えてしまったら不安で不安で仕方なかった。
 
 「どうしてその事を?」
 
 僕は震える声でギルドマスターに尋ねる。
 するとギルドマスターは紅茶を啜ってから口を開いた。
 
 「ヒヒ……儂も転生者じゃからな」
 
 その言葉に僕は驚いて顔を上げる。
 そんな僕を見てギルドマスターのオットーさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべたのだった。
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