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第13章 アルスラン帝国

第90話 首都アストラハン

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 第90話 首都アストラハン。
 
 夜の闇を照らす三日月がどんよりとした雲の切れ目から弱い光を放つ。
 その下で光を浴びて輝く白磁色をした城。
 白磁色の希少な鉱石を塗り物にした塗料で彩られた六層建ての城は三つの外郭で守られ、城下町も十階建ての家の高さに相当する城壁で囲まれている。
 壁の上の見張り砦に金色竜の紋章の旗がはためくアルスラン帝国の印。

 アルスラン帝国の首都アストラハン。

 首都アストラハンは100万人を擁す西大陸最大の都市である。
 その壁の内側に広がる三階建木造の家が立ち並ぶ平民街。
 平民街の薄暗い路地に松明の明かりが灯る。
 石畳に映る炎が湿った床を照らす。
 一見してわかる排水施設が劣悪な地域。
 平民街にある木造三階建の宿の一階は酒場になっている。
 巨大で荘厳な城と広大な宮殿がある貴族区域と平民が暮らす区域が明確に分かれた設計になっている。
 僕たちはアストラハンの平民街にある宿屋に宿泊していた。
 
 「ここがアルスラン帝国の首都アストラハンか」
 
 僕はその大きさに圧倒される。
 昼に到着した僕たちは城門での検査で身分証でもある冒険者ギルドの証を見せ、犯罪者ではないか念入りに確認されてからようやく入城できた。
 明らかに僕たちを怪しむ目で見ていた門番たちがロッテを好色な瞳で見たのに気が付いた僕は前に出ようとするが。
 
 「そんな小娘相手に欲情するなんて兵隊さん飢えてるのかい?これで抱き心地のいい女でも買いなよ」

 そう言ってセシルさんが慣れた調子で兵士の手に銀貨の入った小袋を握らせると上機嫌で僕たちを通してくれた。
 なるほど腐敗が深刻だと聞いていた通りだ。
 到着が夕方で城門が閉まる寸前だったので慌てて平民街に宿を取ったらすっかり暗くなってしまった。
 宿はいつもの大部屋。
 でも僕たちの他に誰もいない部屋だから、ここならいつでもお風呂に入れるから好都合でもある。
 
 夜の酒場は松明の灯りと喧騒に包まれていた。
 店の名物である羊肉の串焼きとビールの匂いが立ち込める酒場。
 その酒場の外れにある頑丈なだけが取り柄で無骨な木製の机と椅子。
 食事を終えた僕たちはその椅子に座って食後の談笑をする。
 僕たちのフレーベル語での会話に聞き耳を立てていた宿の主人が流暢なフレーベル語で話しかけてきた。
 
 「お客さんたち、アルスラン帝国は初めてかい?」
 
 「ああ。初めてだよ」
 
 シグレさんが答えると宿の主人が嬉しそうに話し始める。
 外見は温厚そうな中年だが、こういう人は侮れない。
 客の懐具合を探りに来たのだろう。
 ロッテの様子を見ても平然としているのは、この街ではヒミン族の人が暮らしてるからだとロッテがいう。
 
 「主に汚れ仕事をして暮らしています」

 この世界の都市は汚い。
 道には馬糞が落ちてるのが普通で衛生状態も良くないので匂いも酷い。
 僕たちの住んでいたフレーベルもけして臭わない街ではなかったけれど、ここの臭さは格別だ。
 巨大な城壁が風の流れを悪くしている為、街によい風が入って来ないのだ。
 貴族街ならこういう事はないだろう。
 この汚い平民街でヒミン族の人たちは馬糞やごみを拾い集め街の清掃を行っている。
 下水や煙突の掃除なども彼らの仕事だ。
 酷い扱いだ。
 
 「アルスラン帝国は皇帝陛下が絶対でな。皇帝の勅令には逆らえない。ここじゃ他の土地の風習は通じない。金が欲しけりゃ官僚か兵隊になるほうがいい国だよ」
 
 前世の日本の江戸時代でも士農工商と言って身分では武士が一番上だった。
 この国も日本のように将来は商人が上に立つのだろうか。
 それとも皇帝が商人を押さえつけて権力を維持するのだろうか。
 どちらにしろ商売人には暮らしにくい国なんだろう。
 
 そういうと宿の主人はビールをジョッキに注ぐ。
 僕はその匂いと味に思わず顔をしかめる。
 
 「このビールも麦から作っているのですか?」
 
 「ああそうだよ。知らないのかい?」
 
 こんな不味いビールは初めてだ。
 故郷で酒造を営んでいる僕の父が飲んだら呆れる品質だった。
 国民を重税で押さえつけているから品質が向上しない。
 頑張って品質を上げても貧しい国民には高くなったビールは買えないので不味いままだ。
 社会主義の国では頑張っても給料が変わらないから製品が劣悪なままだったそうだ。
 この様子だとアルスラン帝国は外見は強国に見えても経済的にはかなり悪いのではないか。
 
 「官僚や軍人が強い国だって言う事が凝縮された味ですね。これでは商売するのが厳しいでしょう」
 
 「ほう…兄ちゃん若いのによくわかるね」
 
 「商売人の家の生まれですから」
 
 宿の主人は嬉しそうに笑うと別のビールを勧めてきた。
 僕は一口飲んでみる。
 うん、不味い。
 
 「このビールは売り物にならないと思います」
 
 僕がそういうと宿の主人が驚いた顔をする。
 
 「なんでそう思う?」
 
 「発酵が足りないです。それに輸送中に品質が落ちていますね。温度管理も出来てません」
 
 前世で学生だったからわかるけど、アルコール発酵には酵母という微生物が必要だ。
 このビールは麦を水に浸して放置しただけのような味がする。
 この世界のビールも酵母を使って作っているのだけど、このビールの酵母は実力を発揮できてないと思う。
 
 「それに輸送中に品質が落ちるのは、保存状態が悪いからです」
 
 僕がそういうと宿の主人が興味深そうに身を乗り出した。
 
 「兄ちゃん、ビールの味がわかるのかい?」
 
 「はい。父と一緒に酒造を営んでいましたから」
 
 宿の主人が僕の顔をじっと見る。
 僕はその視線を受け止めて見つめ返すと、宿の主人は感心したように頷いた。
 
 「そうか……俺のビールも不味いのか。これでも有志を募って改良したんだがな。言い訳になるが保存と温度管理する場所も軍隊に取られてね。今は武器庫と食糧庫になっている」
 
 宿の主人が気落ちする。
 努力しても良い製品にならないのはこの人だけのせいじゃない。
 自由競争が正しく行われていないんだ。
 官僚や軍人が腐敗しているこの国では努力は報われない。
 こんな状態で戦争なんてしたら経済がめちゃくちゃになるってこの国の政治家はわからないのだろうか?
 わかっていても皇帝に意見を言えないのかもしれない。

 「それで兄ちゃんたちは何しに、ここに来たんだい?」
 
 そういって僕たちを笑顔で見つめる宿の主人。
 宿は沢山の出入りがあって情報が行き交うのでその中から不穏な情報を集め報告するのも宿屋の仕事の一つ。
 だからこの人の前では迂闊なことは言えない。
 ビールを勧めてきたのも、酔わせて僕たちの滞在する理由を聞き出そうとしたからだろう。

 「あたい達はフレーベルの商売人、ジョルジュって人に雇われててね。アストラハンの相場を調べに来たのさ」

 そう言ってセシルさんが軽く誤魔化す。
 あながち嘘でもないし。
 
 「フレーベルから来た人は久しぶりだな。海の怪物が暴れてるから最近は珍しいね」
 
 「そこはそれ。さっき言ってたジョルジュって船長のお陰さ。今のうちに仲良くなっておいたほうがいいさね。あたいたちは部屋で飲むからさ。酒と食い物を頼むよ」
 
 そう言ってセシルさんが宿の主人に酒と香辛料で味付けされた肉やチーズなどを注文する。
 僕たちは作戦会議で部屋飲みする事にした。
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