上 下
82 / 103
第12章 フミンの少女

第82話 下船

しおりを挟む
 第82話 下船
 
 それから10日くらい航海したあと、僕たちの乗ったサン・セント号は目的地のアルスラン帝国ファジア港に到着した。
 アルスラン帝国は巨大な大陸の半分を支配する帝国で香辛料や宝石の産地として有名だ。

 遠く東方のシリカ国と更に東の大国ショウ帝国とも陸路で繋がっている。
 ショウ帝国の工芸品や絹、南方の香料や香辛料が輸出される港でいつもなら商船でにぎわっている筈だった。
 今は海の怪物や海賊が増えて航行する商船が減ったのでいつもの半数以下らしい。
 その影響で港の倉庫には輸出用に集まった東方や南方の品が沢山集められ、値崩れをしそうなほどだった。
 
 到着と同時に僕とミレーヌとシグレさんとセシルさん。
 フェリシアとクヌートが船長室に集められた。
 船長のジョルジュさんが僕たちに船から降りるように言ってきたのだ。

 「あんた達とミレーヌお嬢ちゃんが伝説の勇者で魔王を倒す為に戦っている事はよくわかった。だがあんな化け物に付け狙われたら俺たちも船も無事にフレーベルへ戻れるかわからない。俺には積み荷とこの船を守る責任があるんだ。勿論冒険者ギルドにはあんたらが任務放棄したんじゃないと俺から報告を入れておくし、片道分とはいえ正当な報酬を払うよ」
 
 ジョルジュ船長のいう事は一見正しいけど、僕にはその考えは甘いように見えた。
 僕たちがいたから船は無事に目的地に着いたが帰りも無事だと言えないと思う。
 この船に僕もミレーヌも、もう乗っていないという事を魔王軍が知っていると思うのは都合が良いのではないだろうか。
 
 「でも僕たちがもうこの船に乗っていないと魔王軍が知っているとは限りません。その場合海の魔物は総力を上げてこの船を襲うでしょう。その時にこの船が無事だという保証はありません。それに僕は犠牲者を出さない為にこの船に乗り込んだんです。途中で投げ出すわけにはいきません」
 
 僕はなおも食い下がる。
 だけどジョルジュ船長の決意は固いようだ。
 無理もない。
 あんな危険な目にあい船と積み荷ごと自分たちが海の藻屑になる所だったんだ。
 今更ながらにそれが怖くなったんだろう。
 だから僕たちを厄介払いしようとしているのだ。
 
 「それに僕もミレーヌも船を降りる気はありません」
 
 そこまで言うとジョルジュ船長は苦渋の表情をうかべる。
 そしてしばらく考え込んだ後、また口を開く。
 
 「船の上では船長の命令は絶対だ。悪いが降りてくれ。あんた達がこの船に乗るって事はとても危険な事だ。この船はこれから海賊に襲われる事が多くなるし、いやもっと危険な目にあうかもしれない。俺はこんな所で世界の希望の勇者を失いたくないんだよ」

 ジョルジュ船長は自分が悪者になってでも人間たちの希望の光である勇者ミレーヌを船ごと沈めたくはない。
 たとえ自分たちが船ごと沈んだとしても勇者を道ずれには出来ないと言っている。
 その真意に気が付いた僕はジョルジュ船長に深々と頭を下げた。
 
 そう言ってジョルジュ船長は港の倉庫へと向かった。
 荷下ろし人が金塊を持ち逃げしないように監視しないといけないし、香辛料の中身をすりかえられていないか確認しないといけない。
 船長の仕事にはそういう事も含まれている。
 僕たちは船長室の椅子に座って今後の相談をする事になった。
 
 「ボク、迷惑なのかな」
 
 「そんな事はないよ。船長はミレーヌを危険に晒したくないからああ言ったんだ」
 
 ミレーヌの瞳に涙が浮かぶ。
 僕は悲しそうに俯くミレーヌの手を優しく握りしめた。
 僕とミレーヌを見詰めたセシルさんが手を頭の後ろに組み、椅子を傾けながらつぶやく。
 
 「ま、ようするにだ。あたい達の役目は終わったって事さ。いいんじゃない?あたいも暇な船の生活に飽き飽きしてたしさ」
 
 セシルさんを咎めようとしたシグレさんも口を開きかけたが黙り込む。
 船長が決定したのなら従う。
 シグレさんの瞳を見ればわかる。
 だけど口を開けばジョルジュ船長への不平不満が出てしまう。
 だから口を閉じたのだろう。
 生真面目なシグレさんらしいと僕は思った。
 
 「まったく人間というのは勝手なものだ。助けろと言ったりもういらないと言ったり。まったく理解に苦しむ」
 
 クヌートは怒りを通り越して呆れているようだ。
 それはそうだと僕も思う。
 
 「だがフェリシアを危険に晒すことが無いなら俺に異論はない。奴らが帰路に生きようが死のうが俺の知った事か」
 
 常に妹の身を案じるクヌートらしい言葉だ。
 クヌートはエルフと人間の間に生まれたハーフエルフで、いつも冷静な印象があるエルフと違って怒りっぽい。
 ハーフエルフは怒りやすいのだろうか?
 などと口を滑らそうものなら決闘を申し込まれるのは確実なので黙っておいた。
 
 「クヌート兄さま。私の事なら大丈夫です。ですからそんなにお怒りなさらないでください」
 
 フェリシアがクヌートをなだめるように言うとクヌートは怒った表情のまま黙り込んだ。
 そんなクヌートを困った顔をしたフェリシアが見ているとシグレさんが口を開く。
 
 「下船しろというなら従うしかないだろう。各自荷物をまとめておくとしようか」
 
 そう言ってシグレさんが椅子から立ち上がる。
 僕たちも船長室を出て船室に戻り荷物をまとめる。
 荷物と言っても冒険者は旅人なので必要最小限のものしかない。
 シグレさんが選んでくれたリュックに床に敷き被る毛皮。
 食事キットの中にはナイフとスプーンと飯盒と水筒がある。
 野外活動用のナイフは薪を割ったり草を掃ったり地面に穴を掘るのにも使える。
 医薬品は乾燥した薬草で消毒薬や解熱剤などのセット。
 トイレ用品。自然に戻るトイレットペーパー。
 替えのシャツとパンツとかも3枚しかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結済み】正義のヒロインレッドバスターカレン。凌辱リョナ処刑。たまに和姦されちゃいます♪

屠龍
ファンタジー
レッドバスターカレンは正義の変身ヒロインである。 彼女は普段は学生の雛月カレンとして勉学に励みながら、亡き父親の残したアイテム。 ホープペンダントの力でレッドバスターカレンとなって悪の組織ダークネスシャドーに立ち向かう正義の味方。 悪の組織ダークネスシャドーに通常兵器は通用しない。 彼女こそ人類最後の希望の光だった。 ダークネスシャドーが現れた時、颯爽と登場し幾多の怪人と戦闘員を倒していく。 その日も月夜のビル街を襲った戦闘員と怪人をいつものように颯爽と現れなぎ倒していく筈だった。 正義の変身ヒロインを徹底的に凌辱しリョナして処刑しますが最後はハッピーエンドです(なんのこっちゃ) リョナと処刑シーンがありますので苦手な方は閲覧をお控えください。 2023 7/4に最終話投稿後、完結作品になります。 アルファポリス ハーメルン Pixivに同時投稿しています

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

秋津皇国興亡記

三笠 陣
ファンタジー
 東洋の端に浮かぶ島国「秋津皇国」。  戦国時代の末期から海洋進出を進めてきたこの国はその後の約二〇〇年間で、北は大陸の凍土から、南は泰平洋の島々を植民地とする広大な領土を持つに至っていた。  だが、国内では産業革命が進み近代化を成し遂げる一方、その支配体制は六大将家「六家」を中心とする諸侯が領国を支配する封建体制が敷かれ続けているという歪な形のままであった。  一方、国外では西洋列強による東洋進出が進み、皇国を取り巻く国際環境は徐々に緊張感を孕むものとなっていく。  六家の一つ、結城家の十七歳となる嫡男・景紀は、父である当主・景忠が病に倒れたため、国論が攘夷と経済振興に割れる中、結城家の政務全般を引き継ぐこととなった。  そして、彼に付き従うシキガミの少女・冬花と彼へと嫁いだ少女・宵姫。  やがて彼らは激動の時代へと呑み込まれていくこととなる。 ※表紙画像・キャラクターデザインはイラストレーターのSioN先生にお願いいたしました。 イラストの著作権はSioN先生に、独占的ライセンス権は筆者にありますので無断での転載・利用はご遠慮下さい。 (本作は、「小説家になろう」様にて連載中の作品を転載したものです。)

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...