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第11章 船出

第70話 シャムド男爵

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 第70話 シャムド男爵。
 
 3日後、僕達はフレーベル国最大の港シュマ─ゼル港にいた。
 フレーベル国と東方の国々との交易は対等とは言えない。
 東方からの輸入品は香辛料や香料、パーヌという真珠に似た丸い宝石やハクプという白磁。
 そして最大の輸入品はシクという絹のような光沢のある贅沢な布地。
 主にフレーベル国の貴族や金持ちの消費する贅沢品で庶民の必需品ではない。
 
 こちらからの輸出品は毛皮や武器やガラスや木材など、庶民が求める品が主力商品で重さの割りに安い。
 代金の差額は銀で支払っている。
 つまり貴重な銀が東方へ流出しているという不利な貿易をしている。
 お陰で銀貨の流通量が減って経済発展がなかなか進まない。
 庶民にとっては迷惑な話だ。

 シュマ─ゼル港には大規模な香辛料や香料を扱う商店が沢山あって、商人も多い。
 だけど最近海の魔物の被害で港に外洋船が係留しているので輸出入が止まっている。
 だから商人にとって海の安全は死活問題だ。
 僕達の依頼主であるシャムド男爵もその一人。
 
 「君たちが護衛を引き受けてくれた冒険者かね」
 
 港にあるシャムド男爵の豪華な屋敷。
 応接間で船主の痩せた中年の男性シャムド男爵が僕達にそう答える。
 異世界フォーチュリアでも有数の大商人シャムド男爵には常に二人の屈強な護衛が付いていて、僕達がシャムド男爵に危害を加えないか油断なく監視していた。
 シャムド男爵は落胆を隠す事も無くため息をついた。

 それはそうだと思う。
 僕達は鋼級冒険者で等級は申し分ないけど、僕とミレーヌはまだ子供と言ってもいい年齢だしシグレさんとセシルさんも20代半ばとまだ若い。
 更に素性がはっきりしないハーフエルフのクヌートとフェリシア。
 この世界ではハーフエルフは金に汚く盗みの常習犯という印象が強い。
 相変わらず酷い差別と偏見と蔑視で、クヌートとフェリシアが超一流のウィザードだと知らないから頼りないと思っているのだろう。
 
 下調べをしてくれたセシルさんの情報だと僕達以外にも護衛はいるが、船の護衛役を引き受けたのは高額の報酬に目がくらんだ餓狼のような輩か借金漬けのどうしようもない輩だけだった。
 きっとこんな連中に何が出来ると思っているのだろう。
 だけどこの航海が無事に成功すれば高額な香辛料や香料がシャムド男爵の手に入り大儲けは間違いない。
 それにシャムド男爵には外洋船は既に一隻しか残っておらずこの航海が失敗すれば破産する。
 
 海上損失補償を行う保険会社からも今後の保証は行えないと通達が来ているらしい。
 この船が沈んだらおしまいだ。
 シャムド男爵は文字通り藁にも縋る思いだった。
 
 「頼んだぞ」
 
 そう言い残してシャムド男爵は応接間を後にした。
 
 ◆◆◆
 
 僕達は今日から護衛する船に向かう。
 屋敷からも見える大きな帆船に心が躍った。
 
 「うわあ大きな船だね!!」
 
 僕は生まれて初めて帆船を見た。
 全長70mくらいだろうか。長さがあって全体的に細い船体をしている。
 4本マストの大型船だ。
 前世ではクリッパーと呼ばれた船によく似ていた。
 
 搭載量は少ないけど速度が速い船で、今回は重くてかさばる木材などは積んでいなくて銀だけだ。
 あえて積み荷を減らすことで危険地帯を一時間でも早く突破するという作戦のようだ。
 まさに宝船。
 シャムド男爵は家屋敷を手放す覚悟で賭けに出たという事だろう。
 
 「ゲームで見たのと全然違う」
 
 僕は前世でずっと病院のベッドの上で寝ていたから本物の船を見るのは初めてだった。
 病室にゲーム機を置いて体調の良い日はずっとゲームをしていた。
 羨ましいと思わないで欲しい。
 もし羨ましいと思う人がいたら僕はすぐにでも代わっただろう。
 
 「ゲームって?」
 
 ミレーヌはゲームというとチェスやカードに類するものしか知らない。
 
 「ああ、うん。帆船のおもちゃがあるんだよ」

 「ユキナ子供の頃から船が好きだったもんね。今度ボクと遊ぼうよ」
 
 「あはは。もう船を浮かべて遊ぶ歳でもないけどね」
 
 ミレーヌは池や川に浮かべて遊ぶおもちゃの船を想像したようだ。
 それでいいと僕は思った。
 僕には記憶があるけどミレーヌにも前世というのがあったのだろうか?
 もしそうなら前世は他の男性と結婚して子供を産んでという生活があったのだと思う。
 
 仕方ないけどやだな。
 それは仕方のない事だ。
 我ながら馬鹿げているが死が二人を分かつまで。
 それ以降は仕方がない。
 
 陽光が海の波に反射して強い光となって僕の目を照らす。
 咄嗟に目を閉じた時だった。
 
 ◆◆◆
 
 前世で入院していた病院の中庭のベンチに僕が座っていた時だった。
 その日は珍しく体調がよかったから陽の光を浴びに来たんだ。
 その時同い年くらいの女の子に声をかけられたんだと思う。
 その子はとても綺麗な長い髪をしていた。
 クリっとした綺麗で大きな瞳。
 快活な性格と優しい笑顔。
 とても美しい少女だった記憶がある。
  
 「君名前なんて言うの?ボクはね未来(ミク)って言うんだよ」
 
 「僕はユキナ。この病院に入院してるんだ」
 
 「そうなんだ。ボクも一緒だよ。よかったら友達になって欲しいな」
 
 「え、でも僕は」
 
 「ボクと友達になってよ、ね♪」
 
 ◆◆◆
 
 「ユキナ、ユキナ、どうしたの?」
 
 水面に反射した光に包まれた瞬間僕は前世を思い出す。
 いまの光景は僕が入院していた時に経験した出来事だ。
 確証はないけどはっきり覚えている。
 
 「未来(ミク)?」
 
 「ミクって誰?ボクはミレーヌだよ」
 
 「え、あ。ごめんね」
 
 何故だろう。
 前世で出会った女の子の顔がミレーヌと重なった気がした。
 多分あの子もミレーヌみたいに快活で陽気で可愛いかったんだと思う。
 何度か中庭で話をした記憶がある。
 とてもよく笑う子で落ち込み荒む寸前だった僕は、あの子のおかげで随分救われた気がする。
 僕が死んだあとあの子はどうなったのだろう。
 無事に病気が治って退院したのだろうか。
 幸せになっていて欲しいな。 
 
 「ユキナもしかして船に乗るの苦手だったりする?ユキナ乗り物酔いするもんね。そういう時はお父さんが調合した乗り物酔いによく効く煎じ薬だよ♪」
 
 「ミレーヌのお父さんのお薬よく効くからね」
 
 「当然だよ。ボクのお父さんは世界一の名医なんだから」
 
 ふんすって鼻を鳴らすように胸を張るミレーヌ。
 ミレーヌとお父さんは仲がいい。
 亡くなったマリータお母さんと3人で幸せに暮らしてきたんだろな。
 ミレーヌのお父さんはマリータさんが勇者だと知っていたのだろうか?
 もしそうなら一緒に行けなかった自分を責めてはいないだろうか。
 ミレーヌが勇者に覚醒したと知ったらどう思うだろう。
 愛妻に続いて愛娘も勇者になったとしたら。
 
 「ユキナどうしたの?本当に船が苦手なの?」

 「ううん。ミレーヌのお父さんの事考えてた」
 
 「ボクのお父さんの事?」

 「うん。今頃どうしてるのかなって思ってね」
 
 「今頃沢山の患者さんに囲まれて忙しくしてるよ♪」

 ミレーヌのお父さんはマリータさんを亡くしてから、僕の住んでる街にミレーヌを連れて移り住んできた。
 とても腕のいい外科医で薬学が主だった僕の街で、ミレーヌのお父さんに手術してもらって助かった人は多い。
 心を病んだ人も診ていたので精神科医でもあったのだと思う。
 子供達にも人気で僕達と楽しく遊ぶミレーヌをいつも可愛がっていた。
 この旅が一区切りしたらちゃんと挨拶に行かないとね。
 その為にもこの護衛任務をやり遂げないと。
 僕はその決意を新たにした。
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