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第8章 勇者ミレーヌ
第52話 戦場に取り残された子供達。
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第52話 戦場に取り残された子供達。
ルクス侯爵が応接室を出るときに小さく手を振ってくれた。
上級貴族にありがちな、平民は貴族に尽くすのが当然という印象とは違う。
平民が貴族に尽くすのは、貴族が自分たちの生命や財産を守ってくれるからだ。
生まれながら尽くされるのが当たり前だと思い込む貴族は僕の実感だと7割くらいだろう。
その比率は騎士爵などの下級貴族ほど低く、男爵以上の上級貴族ほど高い。
普段から直接領民と接している騎士爵は直属の兵士が平民なので実情をよく知っている。
だからルクス侯爵の気さくさは意外だったが、自分が領民の保護を果たせない事を苦痛に思っているのかもしれない。
僕より5歳くらい幼いのに、ティニー嬢にしっかりと自我があるのは教育のせいだろうか。
「カチュアさん。ルクス侯爵のご家族はどうされているのですか?」
「ルクス侯爵の御父上は前の戦争で戦死されました。侯爵のご兄弟は皆養子に行かれておりましたので、家督相続権を国王陛下から与えられているのはティニー様お一人になります」
「てっきり大貴族は沢山子供がいると思いましたが」
「ティニー様の御父上は愛妻家でまだお若かった事もありティニー様以外にお子様はおられません。この戦争を生き残ればティニー様は王族の誰かを婿に迎えて家督相続されるでしょう」
貴族に自由恋愛など存在しない。
男も女も家の都合で嫁に行ったり婿養子に入ったりするのが当たり前で、正式な妻である正妻以外の産んだ子に希少な例外があるくらいだ。
きっとティニー嬢と誰を結婚させるかフレーベル王家は審議中だったのだろう。
可哀そうだと思う。
好きでもない相手と結婚させられて子供を産むというのはどんな気持ちなのだろうか。
もしミレーヌが好きでもない相手と結婚させられて子供を産むなんてなったら、僕は国を捨ててでもミレーヌと添い遂げる。
幸いミレーヌも僕も由緒正しき平民だからそんな心配は無いのだけど。
「カチュアさんはルクス侯爵の家臣なのですよね?」
「ええ。私は先祖代々ルクス侯爵家に仕える騎士の家系です。ティニー様が赤子の頃からお仕えしています」
なるほど、カチュアさんにとってティニー嬢は妹のような存在なのだな。
カチュアさんがティニー嬢に時々慈しむような目をするのはその為か。
もしルクス城が落城する事があったらティニー嬢の介錯をしなくてはならない立場にある。
そんな事、カチュアさんにさせたくない。
その為にも黒幕を早く見つけなくてはいけない。
僕は立ち上がるとカチュアさんに声をかける。
「これから僕達は街に出て調査をしたいと思います。何か良い情報が手に入るかもしれません」
「私も同行しよう。そのほうが貴公達も安心するであろう」
「カチュアさんはルクス侯爵のそばにいなくて良いのですか?」
「……私がここにいてもティニー様に何もしてあげられない」
カチュアさんが苦しそうに言う。
このまま座して落城するのを待つ気は無いのもあるだろうけど、ティニー嬢の為になにかしたいのだろう。
カチュアさんは固い表情をしているが笑うときっと可愛いと思う。
なんて言っている場合じゃない。
「わかりました。僕達はこの街に不案内ですし同行していただけるとありがたいです」
「任せて貰おう。私はこの街で生まれ育ったからな。地理には明るいぞ」
「頼らせていただきます」
僕達とカチュアさんの7人は応接室を出て、ルクス城本城の城門の裏口を通って外へ出る。
表門には逃げ場を無くした避難民が沢山いて城門を開けたら我先に入ろうと大騒ぎになるだろう。
その混乱に紛れて避難民に化けたオーガなどがティニー嬢の暗殺を企むとかもありえる。
まだ1と2の砦が持ちこたえているが避難民の不安は爆発寸前だ。
避難民はみんな燃えている3の砦を見ている。
3の砦が落ちたら今以上に避難民がここに押し寄せるだろう。
急がないといけない。
ルクスは城塞都市であり高い城壁に囲まれている。
そして人口も多く活気があり、大通りには多くの露店が立ち並び食べ物や生活雑貨などが売られていた。
表門に集まっている避難民の女性は質素ながらも清潔感のある服装をしているし、男性にしても髭を剃り髪を整え綺麗な服を着ている。
この間まで平和で豊かな都市だった。
黒幕がいるだろう内乱と逃げる間もない状態に、街の人はこの最後の頼みの城に集まっていて騒然とした雰囲気だった。
子供連れの母親は途方に暮れて、諦めきった人たちがただ死ぬ瞬間が一秒でも遠のく事を祈るのみ。
この人たちを見捨てられない。
僕はそう決意し裏で糸を引いている相手を探す事にする。
とは言え何の手がかりも無い状態で探すのは難しい。
そこでまずはこの街の事を良く知る事から始める事にした。
情報を集めるなら酒場がいいだろうが今は戦争中なので誰もいない。
混乱する街中にある酒場はガラガラで、人はおらず略奪のあとが残っていた。
ここで得られる情報はなさそうだと思っていたら何人かの子供が取り残されていた。
親とはぐれたか捨てられたか。
子供達は不安そうな顔でこちらを見ている。
この子達に話を聞こう。
そう思った時一人の女の子が泣きながら駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんたち冒険者でしょ?お願い助けてよ」
女の子は手を震わせてミレーヌに抱き着いた。
今にも大声で泣き出しそうな女の子をミレーヌが優しく抱きしめて背中を撫でてあげている。
「どうしたの?何があったのかお姉ちゃんにお話できる?」
ミレーヌには不思議な安心感があって、どんなに怖くてもミレーヌと一緒にいれば怖くなくなる。
まるで希望の光りを注いでくれる女神様か、あるいは人々を救うと言われている伝説の勇者。
何千年も前に先代の魔王を倒し世界に光を取り戻したと言われる勇者。
それは言い過ぎかもしれないけどミレーヌがいると場が落ち着くんだ。
「お母さんがさらわれたの!!お父さんもゴブリンに連れていかれたんだ!!私隠れるのに必死で何も出来なかったの」
両親が連れ去られるのを見て余程怖かったんだろう。
その子が泣くのを我慢してると酒場に隠れていた子供たちが一斉に出てきてミレーヌを取り囲む。
「大丈夫。大丈夫だよ。ゴブリンなんかボク達がすぐやっつけるからね」
よほど怖かったのだろう。
泣きじゃくる少女を抱きしめながらミレーヌが頭を撫でる。
他の子達をあやしながらミレーヌは僕を見上げた。
僕は頷いてゴブリンが人々を連れ去った跡を探す。
まだ3の砦が落ちていないのにここまでゴブリンが来ているという事は、砦の陥落前に次の砦の攻略の為先行させられた部隊だろう。
だが悲しいかな、ゴブリンは複雑な命令の意味を理解できず略奪に走ったようだ。
敵の黒幕もこんな程度の低い部下では苦労するだろうな。
完璧な奇襲の筈が現在のような強襲になってしまったのは、部下であるゴブリンの能力が著しく低く怠惰だからだ。
つまり黒幕さえ倒してしまえばリーダーを無くしたゴブリンを駆逐するのは難しく無いという事。
「ユキナ。この子はお母さんと一緒に買い物に出かけていた所に突然現れたゴブリンに襲われたみたいだよ。お父さんも棍棒を振り回して襲ってきたゴブリンと戦ったけどすぐに殴り倒されてしまって、そのまま連れていかれてしまったみたい」
「問題はどこに連れていかれたかという事だけど」
そう言って僕はスカウトのセシルさんに振り向くと、セシルさんは既に探査を始めていた。
酒場の落ちた木片や何かを引きずった跡を発見したセシルさんが頷く。
「あたいの見たところ捕まってまだそんなに時間が経ってないね。急げば間に合うと思うよ」
「わかりました。みんな行くよ」
早くいかないと被害者はレイプされたり殺されたりするだろう。
「お父さんとお母さんはボク達が必ず取り戻すからね。みんなはここでボク達が帰ってくるまで隠れていて」
そう言ってミレーヌは子供たちに笑みを見せて優しく抱きしめていく。
さっきまで泣き出しそうだった子供たちが、酒場の倒れた机や椅子の間に隠れる為入っていく。
僕の恋人は本当にカリスマがあるなと思う。
ルクス侯爵が応接室を出るときに小さく手を振ってくれた。
上級貴族にありがちな、平民は貴族に尽くすのが当然という印象とは違う。
平民が貴族に尽くすのは、貴族が自分たちの生命や財産を守ってくれるからだ。
生まれながら尽くされるのが当たり前だと思い込む貴族は僕の実感だと7割くらいだろう。
その比率は騎士爵などの下級貴族ほど低く、男爵以上の上級貴族ほど高い。
普段から直接領民と接している騎士爵は直属の兵士が平民なので実情をよく知っている。
だからルクス侯爵の気さくさは意外だったが、自分が領民の保護を果たせない事を苦痛に思っているのかもしれない。
僕より5歳くらい幼いのに、ティニー嬢にしっかりと自我があるのは教育のせいだろうか。
「カチュアさん。ルクス侯爵のご家族はどうされているのですか?」
「ルクス侯爵の御父上は前の戦争で戦死されました。侯爵のご兄弟は皆養子に行かれておりましたので、家督相続権を国王陛下から与えられているのはティニー様お一人になります」
「てっきり大貴族は沢山子供がいると思いましたが」
「ティニー様の御父上は愛妻家でまだお若かった事もありティニー様以外にお子様はおられません。この戦争を生き残ればティニー様は王族の誰かを婿に迎えて家督相続されるでしょう」
貴族に自由恋愛など存在しない。
男も女も家の都合で嫁に行ったり婿養子に入ったりするのが当たり前で、正式な妻である正妻以外の産んだ子に希少な例外があるくらいだ。
きっとティニー嬢と誰を結婚させるかフレーベル王家は審議中だったのだろう。
可哀そうだと思う。
好きでもない相手と結婚させられて子供を産むというのはどんな気持ちなのだろうか。
もしミレーヌが好きでもない相手と結婚させられて子供を産むなんてなったら、僕は国を捨ててでもミレーヌと添い遂げる。
幸いミレーヌも僕も由緒正しき平民だからそんな心配は無いのだけど。
「カチュアさんはルクス侯爵の家臣なのですよね?」
「ええ。私は先祖代々ルクス侯爵家に仕える騎士の家系です。ティニー様が赤子の頃からお仕えしています」
なるほど、カチュアさんにとってティニー嬢は妹のような存在なのだな。
カチュアさんがティニー嬢に時々慈しむような目をするのはその為か。
もしルクス城が落城する事があったらティニー嬢の介錯をしなくてはならない立場にある。
そんな事、カチュアさんにさせたくない。
その為にも黒幕を早く見つけなくてはいけない。
僕は立ち上がるとカチュアさんに声をかける。
「これから僕達は街に出て調査をしたいと思います。何か良い情報が手に入るかもしれません」
「私も同行しよう。そのほうが貴公達も安心するであろう」
「カチュアさんはルクス侯爵のそばにいなくて良いのですか?」
「……私がここにいてもティニー様に何もしてあげられない」
カチュアさんが苦しそうに言う。
このまま座して落城するのを待つ気は無いのもあるだろうけど、ティニー嬢の為になにかしたいのだろう。
カチュアさんは固い表情をしているが笑うときっと可愛いと思う。
なんて言っている場合じゃない。
「わかりました。僕達はこの街に不案内ですし同行していただけるとありがたいです」
「任せて貰おう。私はこの街で生まれ育ったからな。地理には明るいぞ」
「頼らせていただきます」
僕達とカチュアさんの7人は応接室を出て、ルクス城本城の城門の裏口を通って外へ出る。
表門には逃げ場を無くした避難民が沢山いて城門を開けたら我先に入ろうと大騒ぎになるだろう。
その混乱に紛れて避難民に化けたオーガなどがティニー嬢の暗殺を企むとかもありえる。
まだ1と2の砦が持ちこたえているが避難民の不安は爆発寸前だ。
避難民はみんな燃えている3の砦を見ている。
3の砦が落ちたら今以上に避難民がここに押し寄せるだろう。
急がないといけない。
ルクスは城塞都市であり高い城壁に囲まれている。
そして人口も多く活気があり、大通りには多くの露店が立ち並び食べ物や生活雑貨などが売られていた。
表門に集まっている避難民の女性は質素ながらも清潔感のある服装をしているし、男性にしても髭を剃り髪を整え綺麗な服を着ている。
この間まで平和で豊かな都市だった。
黒幕がいるだろう内乱と逃げる間もない状態に、街の人はこの最後の頼みの城に集まっていて騒然とした雰囲気だった。
子供連れの母親は途方に暮れて、諦めきった人たちがただ死ぬ瞬間が一秒でも遠のく事を祈るのみ。
この人たちを見捨てられない。
僕はそう決意し裏で糸を引いている相手を探す事にする。
とは言え何の手がかりも無い状態で探すのは難しい。
そこでまずはこの街の事を良く知る事から始める事にした。
情報を集めるなら酒場がいいだろうが今は戦争中なので誰もいない。
混乱する街中にある酒場はガラガラで、人はおらず略奪のあとが残っていた。
ここで得られる情報はなさそうだと思っていたら何人かの子供が取り残されていた。
親とはぐれたか捨てられたか。
子供達は不安そうな顔でこちらを見ている。
この子達に話を聞こう。
そう思った時一人の女の子が泣きながら駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんたち冒険者でしょ?お願い助けてよ」
女の子は手を震わせてミレーヌに抱き着いた。
今にも大声で泣き出しそうな女の子をミレーヌが優しく抱きしめて背中を撫でてあげている。
「どうしたの?何があったのかお姉ちゃんにお話できる?」
ミレーヌには不思議な安心感があって、どんなに怖くてもミレーヌと一緒にいれば怖くなくなる。
まるで希望の光りを注いでくれる女神様か、あるいは人々を救うと言われている伝説の勇者。
何千年も前に先代の魔王を倒し世界に光を取り戻したと言われる勇者。
それは言い過ぎかもしれないけどミレーヌがいると場が落ち着くんだ。
「お母さんがさらわれたの!!お父さんもゴブリンに連れていかれたんだ!!私隠れるのに必死で何も出来なかったの」
両親が連れ去られるのを見て余程怖かったんだろう。
その子が泣くのを我慢してると酒場に隠れていた子供たちが一斉に出てきてミレーヌを取り囲む。
「大丈夫。大丈夫だよ。ゴブリンなんかボク達がすぐやっつけるからね」
よほど怖かったのだろう。
泣きじゃくる少女を抱きしめながらミレーヌが頭を撫でる。
他の子達をあやしながらミレーヌは僕を見上げた。
僕は頷いてゴブリンが人々を連れ去った跡を探す。
まだ3の砦が落ちていないのにここまでゴブリンが来ているという事は、砦の陥落前に次の砦の攻略の為先行させられた部隊だろう。
だが悲しいかな、ゴブリンは複雑な命令の意味を理解できず略奪に走ったようだ。
敵の黒幕もこんな程度の低い部下では苦労するだろうな。
完璧な奇襲の筈が現在のような強襲になってしまったのは、部下であるゴブリンの能力が著しく低く怠惰だからだ。
つまり黒幕さえ倒してしまえばリーダーを無くしたゴブリンを駆逐するのは難しく無いという事。
「ユキナ。この子はお母さんと一緒に買い物に出かけていた所に突然現れたゴブリンに襲われたみたいだよ。お父さんも棍棒を振り回して襲ってきたゴブリンと戦ったけどすぐに殴り倒されてしまって、そのまま連れていかれてしまったみたい」
「問題はどこに連れていかれたかという事だけど」
そう言って僕はスカウトのセシルさんに振り向くと、セシルさんは既に探査を始めていた。
酒場の落ちた木片や何かを引きずった跡を発見したセシルさんが頷く。
「あたいの見たところ捕まってまだそんなに時間が経ってないね。急げば間に合うと思うよ」
「わかりました。みんな行くよ」
早くいかないと被害者はレイプされたり殺されたりするだろう。
「お父さんとお母さんはボク達が必ず取り戻すからね。みんなはここでボク達が帰ってくるまで隠れていて」
そう言ってミレーヌは子供たちに笑みを見せて優しく抱きしめていく。
さっきまで泣き出しそうだった子供たちが、酒場の倒れた机や椅子の間に隠れる為入っていく。
僕の恋人は本当にカリスマがあるなと思う。
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