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三章 首無し騎士と幻想無し

汚れた手

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 ~~一年前の夏。隊舎内、日本一の居室にて~~

「違えよ」

 西野の質問を即座に否定したタケさんは大きな欠伸を一つした。とても眠そうにしているのだが、途中まで観たゾンビ映画が気になるのかそのまま部屋に居座る。

「えぇー、じゃあガセネタなんすね? つまんないなぁ」

 暴走族の特攻隊長という闘う漢ならば惹かれる言葉に、その人間がいるかもしれないと期待していた西野はがっくりと項垂れる。

「まぁ、いないもんはしょうがないだろ? 俺だってそんな人がいるなら会ってみたいしな!」

 俺は西野を慰めつつも同様に残念がっていた。
 ゲーム好きである俺は同時に漫画好きでもあり、格闘漫画は勿論。いわゆる不良系の漫画も読み漁っていた。怖いもの見たさというべきか、普通の日常を歩んでるものが非日常の出来事に抱く一種の憧れの様なものを持っていたのだ。

「……何言ってんだお前ら。元特攻隊長は俺じゃ無いってだけだぞ?」

「はいっ?」

「えっ?」

 欠伸を噛み殺しつつもタケさんは真面目な顔でそう答え、俺と西野は戸惑いの声を同時にあげる。

「南野班長それって本当なんですか?」

「北村、お前知らなかったのか? お前も知らないのか?」

 由紀の疑問の声を聞きタケさんは困った様に俺と由紀を見た。珍しくタケさんが困っているのを見て俺はこの人も一応人間なんだと安心していた。

「お前ら既に会ってるぞ? 元特攻隊長によ」

「「「マジすか!?」」」

 突然の発言に俺たち三人は同時に声を揃え、敬語も忘れて素の返事をしてしまう。

「ちょっ、誰なんすかその元隊長はっ!?」

「落ち着け西野! タケさん、誰なんですか?」

「はじめも西野も落ち着いて! 誰なんですか南野班長!?」

「……てめぇらウルセェ! ブチ殺されたいのか!?」

 只でさえ寝起きな上に、質問責めまでされ苛つきが募ったのか、タケさんは拳で壁を思いっきり叩きつけ俺たちを怒鳴りつける。その怒声は騒ぎ立てる場を鎮めるには充分過ぎた。

「たた、タケさん……その壁が……」

 俺は震える指でタケさんが叩きつけた場所を指差す。
 コンクリート製の壁がヒビ割れ、パラパラと破片が床に剥がれ落ち、その中心は抉れた跡となり中の鉄心が表に出ていた。

「……やっベー。これ上に報告しないとダメだよな?」

「素手でやったなんて信じてもらえますかね?」

 普通の人間なら無理だがタケさんがやったと言えば上の者も信じてくれるだろう。なにせ部隊が誇る人間兵器なのだから。

「まぁいいや。丁度良いからな」

 タケさんはポケットからスマホを取り出してどこかに電話を入れる。指を口元に一本立て沈黙を示すと電話口に出た。

「お疲れ様です。はい。タケです。……すみません、壁壊しちゃいました。はい。いや、素手です。はい。今日本一の部屋にいます。はい。壊したのも日本一の部屋です。すいません」

 電話の相手にひたすら謝り続け、その度に頭を下げる姿はとても珍しい。申し訳なさそうに顔をしかめて先ほどまでの眠気もどこかへ行ってしまったようだ。

「はい。あぁ、あと班長の武勇伝が聞きたいって奴らがいましてね。そうです。えぇ、すんません。待ってます……失礼しました」

 ピッという電子音が鳴りタケさんの通話は終わった。気怠そうに頭を掻いて俺を見る。そしてニヤッと笑いだす。

「喜べお前ら。暴走族、蛇牙亜脳吐ジャガーノートの元特攻隊長がもうすぐ来るぞ」


 ―――――


「クソッ、来たぞイオンッ!」

「見れば分かるさ、聞けば分かるさ! 準備はいいかいハジメくん?」

「良くなくても来てんだろ!?」

 怒鳴る俺の声と、どこか余裕を感じさせる陽気なイオンの声が、扉の前に集まる首無しゾンビ達がバリケードを破壊する音と合わさり、ある種の調和を成していた。
 俺は銃の脚部を解放し長椅子に置く。照準は入り口。距離にして二十メートルの距離。小銃の射程範囲から言うと近距離となる。

「まだ撃たなくてもいいだろう?」

「照準だけ合わせとく。まずはこいつの出番だからな」

 倒した長椅子の上で位置の微調整をしてリュックの中から弾倉を三個取り出し並べる。血塗れの剣は足元に置き俺は槍を手に持ち力強く握り締める。戦闘手袋の革がギチっと鳴り、手と槍を馴染ませる。
 盾の役割を担う長椅子を軽々と飛び越え俺は対象を見つめる。

(まずは一体……!)

 全力疾走で短い距離を駆け、障害を今まさに突破せんとする首無しの胸目掛けて全身全霊の刺突を繰り出す。

「ハァッ!」

 刺突動作一歩手前に半身の姿勢をとる。槍の把持は左手は添えるだけで絞り込むように、右手は最短経路で自分の胸に打ち付けるように。槍の先端が突き刺さる直前に気勢が乗った発声。

 気剣体一致。
 武道の基本にして極地とも言えるこれは、体捌き、武器の扱い、気合。全てが合わさった時に初めて威力を発揮するという武道の心意気を示したものだ。

 しかし、ここでは。この場においては。発揮された威力が仇となった。

「ッア、突き抜けたァ!?」

 突き出した槍は首無しゾンビの皮膚を突き破り肉を貫き骨を砕き。内臓を掻き分け反対側の骨や肉を同じように破壊して皮膚をまた突き破る。木製の柄がゾンビの肉体を通ると、赤黒く装飾された槍が反対側に出てきた。
 勢い余って槍の根元まで刺してしまい、目の前に来たゾンビの肉体はなおも動きを止めず摑みかからんと腕を伸ばして迫る。垢と土汚れが目立つ爪が顔に触れるか触れないかのギリギリに来たとき、俺は叫んだ。

「ざけんなァァッアッ!」

 腰の銃剣を逆手に素早く抜きさり、そのまま振り払うようにゾンビの手首を切り落とす。槍とはまた違う、肉を破壊する感覚は手から腕へ、そして脳髄にまで不快感を伝えていく。
 ぼとりと落ちた手首を俺は思いっきり踏みつけバラバラにし、逆手から順手に持ち替え次のゾンビへ突き刺す。心を守る胸骨もろとも臓を貫き、すぐさま抜き去るとダメ押しに横一文字を上から下へと五度えがく。
 切れ目を入れられたフランクフルトのようにぱっくりと空いた外面は、グロテスクな中身内臓をあられもなく飛び出させ、床に臓物の彩りを与えていた。
 最後に突き刺さったままの槍を豪快に、壊れたバリケードごと引っ張り出すとゾンビの亡骸で装飾された槍が出来上がった。何の変哲も無かった無味乾燥な槍は立派な朱槍へと生まれ変わっていたのだ。

「……うっぷ。気持ち悪い……」

 無我夢中で斬りつけている時は気が付かなかったが、一度距離を取って深呼吸したが最後。興奮物質アドレナリンが薄まり思考が解放された俺は不快な臭いと破壊された痕跡を見て胃の中のモノを戻しそうになってしまった。

 銃とは違い、槍や剣などの近接武器は直に相手を破壊する。引き金を引くだけで命を奪える銃はとても楽だ。なにせ、今この手に感じる嫌悪感を感じずに済むからだ。
 頭が無いとはいえ人の形を保っている。それを自らの手で躊躇いつつも処理する事に俺は人としての何かを吹っ切ってしまったかのように思えた。

「ハジメくん。僕一人で充分だよ?」

 俺が壊してしまったバリケードから新たに現れたゾンビを一蹴りで吹き飛ばすイオンは、俺を心配しているのか普段のトゲがある口調では無い。さらに障害を乗り越え迫るゾンビを蹴り飛ばし、瞬く間に数体の動かぬ死体を作り出していた。俺が苦労して倒した数を一瞬にして超えていく。
 君の出る幕では無い。そう言わんとしてるようにも見えるイオンの言動と行動は、ある種の優しさなのであろう。弱い俺を守ろうとしているのがひしひしと伝わってくる。

 だが、ここで甘ったれる程俺は腑抜けじゃ無い。

「いや、平気だ。ここである程度奴らを片付けときたい」

「そうかい。なら、ハジメくんの勝手にすると良い」

 顔をこちらに向けず答えるイオンは、せっかくの好意を無駄にされたと呆れているようにも、それこそが君だと満足気に笑っているようにも見えた。

(……格好悪い所は見せられないな)

 俺は一度槍を振り回すと、引っ付いていた臓物を床に散りばめる。血の色が残ったままだが、わりかし綺麗になった赤い槍をもう一度キツく握りしめる。そして、俺はイオンの感情が後者である事を期待しつつ、バリケードに群がるゾンビへ突撃していった。
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