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一章 自衛官。異世界へ

感じる熱

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 ~~五年前、某演習場にて~~

 雷雨が降り注ぐ空模様の中、森林の中に天幕が一つ建っていた。暴風に晒され、数多の雨粒に打ち付けられ、突如飛来する稲光が薄暗い空の下にある天幕を明るく照らし、また暗くした。
 狭い天幕の中で、俺と由紀は二人肩寄せ合って互いの暖をとっていた。
 季節は秋。本来ならまだ暖かさが残る気候の筈なのだが、今日に限って季節外れの凍えるような気温に猛然と降りしきる雨によって俺の身体は凍えきっていた。

「……さ、さ、寒い! ……うぅ……寒い……」

「ちょっと、ハジメ……寒いって言ったら余計に寒くなるでしょ!」

「由紀ぃ……んな事言ってもよぉ、寒いもんは寒いんだよ!」

 服を着込み、肩を寄せ合っているにも関わらず、身体は一向に温まらない。それどころか天幕から漏れ出す水滴が身体を濡らし、余計に体温を奪う。カチカチと歯を鳴らす俺は震える由紀の手を握った。
 すると由紀は驚いた様に身体をピクっと動かし、睨みつけながら俺の手を摘む。

「この変態。こんな時に触りに来るなんて、あんたクソ野郎なの?」

「悪りぃ。でもよ……お前震えすぎなんだよ」

 俺の指摘通り、由紀は同じ装備の俺よりも震え大きい。男女の差なのか、それとも体型の差なのかは分からない。ただ一つ分かっているのは今のこの状況、俺よりも由紀の方が辛く感じているという事だけだ。

「なにそれ……別に、寒くないし……」

 精一杯の強がりを口にする由紀は、言葉とは裏腹に顔も白く、唇も紫に染まっていた。

「なぁ、由紀。俺たちって同期だよな?」

「……えぇ、神様も粋なイタズラするものね。あと一年ずれてれば同期じゃ無かったのに」

 白い顔で由紀は笑いながら悪態をついてみせた。それが単なるやせ我慢であり、強がりなのは同期で多くの訓練を共にこなした俺には分かっていた。

「由紀。お前って彼女、いや彼氏いるっけ?」
「なんで今、言い間違えた?」

「……気にするな」

 素早い返しをしてきた由紀だったが、もはや俺の方に顔を向けず、カタカタと肩を震わせ視線を下に向け俯いていた。
 俺はそんな由紀に対して、背後から震える身体を抱きしめる。突然の抱擁に戸惑う由紀は最初こそ暴れ、もぞもぞ身体を動かしたがやがて大人しくなる。互いに密着する事により二人分の体温が合わさり凍える寒さが嘘の様に和らぐ。

「暖かいだろ? 海外ドラマでこんなシーンがあったんだぜ?」

「……変態。ただ私の身体を触りたかっただけじゃ無いの?」

「かもな?」

「……馬鹿っ」

 口では悪態を吐きつつも、由紀は無抵抗で俺に抱きしめられている。外側になってる俺の身体は実はそこまで暖かい訳では無いが、内側にいる由紀はそれなりに暖かい筈だ。

「暖かい。……ハジメの海外ドラマ好きも役立つのね」

 元気が出てきたのか、由紀の声から震えが無くなり、少しだけ声のトーンが高くなる。俺は由紀が元気になってくれたことが嬉しくなり、由紀の軽口にも笑顔でこたえた。

「……いないよ。彼氏」

 小声で呟いた由紀の声が俺の耳に届く。

「そうか」

「でも……」

 由紀は俺の胸の中でもぞもぞと身体を動かし続ける。気のせいかもしれないが、由紀の体温が高くなった様な気がした。

「……今、好きな人はいる……よ?」


 ーーーーー


 身体が熱くなるような感覚。まるで、目の前で大火をあてられているように熱い。足も手もこの身体も、全てが火炙ひあぶりにされているかのような錯覚に陥る。顔からは火が出るほどの熱がこもる。呻き声を上げようにも炎の熱が俺の喉を焼こうとしている。

「かっ……ハァッ…………えっ?」

 俺は閉じられていた目を開くと、そこにあったのは夜の闇に広がる炎の山。きらめく炎は俺の目と鼻の先にあった。

「アッッッッ……ツイィィ!?!?」

 突然の事態に混乱しながらも俺は素早く立ち上がり炎の山から距離を取る。一旦離れて、心を落ち着かせて、その炎の山を見た。

 パチ……パチ……。

 音を立て闇を僅かに照らす、とても小さなき火がそこにはあった。その横では桃色の髪を火の色で美しく染められた女性がいた。
 着替えたのだろうか、ボロボロにされていた衣服は穴一つないものに変えられていた。茶色の服はあまりにも地味すぎて女性の容姿にそぐわない気がしたが、服が地味な分、鮮やかな色の髪の美しさが際立っていた。

 その、美しい女性は俺の目の前で頭を大きく前後に動かし、さながら船を漕いでいるかにみえる。

「……zzz……zzz……」

 訂正。既に船を漕いでいたようだ。

 俺は女性に近づこうと思い恐る恐る一歩進む。そこで自分の身体の異変に気付く。
 意識を失う前とは明らかに違う、身体が軽すぎるのだ。その理由の一つを俺はすでに分かっていた。

(俺の装備はどこだ?)

 今の俺の服装は上下迷彩服の訓練服。身につけていた防弾チョッキやヘルメット、各種装具類が無くなっていた。それは自衛官の命とも言える銃も例外では無かった。周囲を軽く見渡してもそれらしきものは見つからない。
 首を左右に振りながら探していると、眠り更けている女性が背もたれにしている荷物の塊を見つけた。布を被せられているのでよくは分からないが、長い筒のようなものも見える。

(……あんなとこに……取り返せるか?)

 背もたれにしているとは言え、体重を全て預けているわけでは無く特に長い筒状のものは女性と反対の位置にある。さらに言えば女性は口元から涎が垂れていて熟睡している様子が見てとれた。
 俺はゆっくりと身体を動かし、一歩ずつ女性の背後に回る。一歩、また一歩、そして手を伸ばしもう届くというところでそれはきた。

 ピッ、ピッ、ピッ。

 暗く深く神秘的な雰囲気すら感じるこの森に、全く場違いな電子音が鳴り響く。

 ピッピッ、ピッピッ、ピッピッ。

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

 電子音は音量を変えリズムを変え、響く。俺はそのアラームに聞き覚えがあり過ぎて背中に冷たいものを感じていた。

(ヤッベェ……俺の腕時計、起床時間6:00消灯時間23:00でアラーム鳴るんだった……)

 自衛官として規則的な生活を送るために、俺は曜日を問わず同じ時間に起き、同じ時間に寝るという行動を習慣にしていた。
 思えば今朝もアラーム音が鳴っていた。あの時はスマートフォンに気を取られていてこの腕時計の事は忘れていたのだが、確かにこの音が鳴り響いていたのを覚えている。
 俺は今は腕時計をつけていない。そして音は俺の荷物と思しき物の中から聞こえてきている。


 ここで一つの問題が浮上する。そしてその答えも出てくる。


 腕時計のアラーム機能は何のためにあるのか?
 ……答えは、目覚ましだ。眠れる者を起こすためにある。


 アラームは既に収まり、森は先程までと同じように静かになっていく。一つ違うのは目の前の女性が目覚めてこちらを振り返った事。もう一つ違うのは時計のアラームを止めようと伸ばした俺の手が振り返った女性の胸の部分に触れてしまった事だ。

「~~~~っっ!?」

 女性からは声にならない声が聞こえてくる。顔を真っ赤に染め上げて口を何度も開けたら閉じたりし、今までで一番力のこもった目で俺を睨みつける。
 顔を紅潮させたまま女性は剣を抜き、俺に向けて振りかぶる。

「ちょっと待て、わざとじゃないッ! 斬らないでくれ!」

 慌てて手で頭を守りながら俺は叫ぶ。すると女性はゆっくりとだが剣を降ろしてくれた。わなわなと震える手は一度剣を放すために開かれもう一度閉じる。力が込められているのだろうか、腕に血管が浮き出る。

「……フゥッシケ……」

「へ?」

 女性はまた聞き取れない言葉を声に出し、握りしめた手を女性はまるで野球の投球フォームのように振りかぶるとそこで止め、怒りに染まった顔で口を大きく開き叫んだ。

「ペロヴェロテッ!」

「ぐぉっ!?」

 刹那。
 女性の渾身の右ストレートが俺の左頬を貫く。鈍すぎる音を響かせたその拳は、女とは思えない威力であり、俺は意識を飛ばしかける。

(しかも、グーパンかよ……)

 本日二度目のブラックアウト間近の俺の目には、我に返った女性が慌てて杖を取り出し俺に向けて光を放つのが見えた。

「ワゥワ!? ……スゥロロヨョ……ロエア、スゥロロヨョ……」

 謝っているのだろうか、目元に光るものを浮かべ、弱々しい声で何度も頭を下げる女性に俺はやせ我慢で精一杯の笑顔を作り、親指を立てる。女性は立てられた親指を見て首をかしげ、よくわかってないのか困ったように苦笑いを作った。

「……ぷっ、あははは」

 俺は思わず笑ってしまった。無理だ、我慢できない。

 目の前の美小女が困ったように眉を下げ口が歪み、挙げ句の果てには少し泣きそうになっている。それが誰かにイジメられたのならばわかるが、その原因は自分が相手を殴ってしまった事が原因となっている。
 自分でやっておいて自分で泣きそうになる。まるで幼い子供の泣く理由となるものを、目の前でやられてしまうとはあまりにも滑稽に見えて俺は思わず笑みがこぼれてしまっていた。

「ハ、ハハ……アハハ……」

(あ、笑った……?)

 女性は俺の笑い声につられたのか、小さく、だが確かに笑った。

 ハッとした表情を作り女性は気を取り直すように咳払いを一つしてそっぽを向いてしまう。
 女性の耳は焚き火の熱に当てられた所為なのか、それとも恥ずかしさを感じているのか紅く染め上げられていた。

「笑い声は全人類共通か……全く、その通りだな。はははっ!」

 どこかで聞いたその知識を俺は思い出す。桃色の髪の名前も知らない女性の後ろ姿を眺め、俺は嬉しくなってまた笑ってしまった。

 たとえここが元いた世界だとしても、異世界だとしても、そこに生きている人の本質は変わらない。
 それが分かっただけでも俺はなんとも言えない満足感に胸が満たされていた。
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