英雄たちはもう一度。

鼓月幸斗

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青年は森の王に邂逅する

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「――――あ、エクトさん。少し困ったことが……」

 エクトとオリリアが外に出ると立派な髭を蓄えたエルフの男が多くの……いや、村のほぼ全員を連れてザラの前に集まっていた。

『先頭の彼が村長だ、最低限礼儀を持っておくと良い』

「お主が彼女の主人か?」

「はい、挨拶が遅れました。エクト・ラムザと申します。今回は――――」

「話はザラ譲から聞いている、各国で異変が起き、それの調査をしていると」

「そうです、それで僕達は――――」

「確かにこの村は異変が起きている……原因は教えてやるが解決する等考えない様に」

「原因が森の王だからですか」

 それを言うと村人はざわめきだす、まさか人間の口から出るとは思わなかったのか、しかし村長だけは冷静にオリリアを見ていた。

「――――それから聞いたか」

「……」

 エクトは何も言わない、村長はため息を吐くと酷く冷たい視線を送ってきた。

「若い人間に一つ教えておこう、他者の意見というものは聞くべきものではあるが

「赤子……?」

『エクトよ、儂達エルフは400~500歳程度の寿命を持っている。そこの村長は400後半と言った所だな……それに対してオリリアは21歳、エルフから見れば正しく赤子なのだよ』

「……」

 エクトはオリリアを見る、少女の様な見た目でどこか幼さを感じさせるエルフ。エクトはただエルフという理由で年上だと思い込んでいたが……

「―――――まあ、この村の名が変わってから初めての人間だ。滞在を許す、その腕輪をつけている限りな」

 ・
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『あぁ?オリリアお前この人間と手合わせしたいってのか?』

『うん』

『駄目だダメだ、お前が狩りを許されてるのは多くの約束があるからだ。本来なら荒事そのものが禁じられてるんだぞ』

 オリリアは村の一画に存在する訓練場で、管理者のエルフに一蹴されていた。

「バータルア村にも訓練場があるんですね……それに古い、というより昔ながらの形ですが設備がしっかりしています」

「そうなんですか」

「はい、私の警備隊が使用している訓練所は少し前改修されたのですが改修前が丁度こんな感じで……というより何故戦う事に?」

『……はあ、わかったよ。その代わり何かあったらすぐ止めるからな』

『うん。エクト、手合わせ」

「あぁ、良いよ」

 訓練場の中心に立つエクトとオリリアだが、その前に管理者のエルフが止めて来た。

「あ、待ちな客人。それを着けてたら動けないだろ、一時的だが解除してやる」

 そう言うと腕輪は淡く光り、そして先程よりも色合いが暗くなった。

「治療の魔術は使ってやる、多少の傷なら治してやるが大怪我はしてくれるな?」

「うん」

「わかった」

 オリリアは腰のワイヤーを構え、対してエクトは短刀を取り出し逆手に構えた。

 場が鎮まる、ザラが不安そうに二人を見る後ろで英雄たちは腕組みをしながら彼らを見ていた。

『おいヴァルト、お前あの子に何教えたんだ?』

『魔術は火、水、土、風の四属性、その内全五級の内二級まで。格闘術はティーア獣人の英雄が言っていた技術をそのまま教え込んだ』

『四属性……!?あの子とんでもない天才じゃねぇか、それに二級って人間じゃあ国の重鎮でも出来るか怪しいだろ』

『二級なのはそれ以上儂が教えなかっただけで、出来るかどうかだけで言えば一級までは出来るだろうな』

『ヴァルトお前……英雄でも育てるつもりなのか?』

『そう言うお前はどうなんだ?剣技の一つでも教え込んだのだろうな』

『……』

 カナカが視線を戻すと、丁度二人が同時に飛び出した瞬間だった。

 先手を打ったのはオリリア、ワイヤーを軽く手に巻き付けると拳を構え低い姿勢からジャブを放つ。

 エクトは短刀の柄で拳を遮るとそのまま短刀で振り払う。

「……シュッ」

「うわっ!」

 しかしエクトが振った短刀の軌道に合わせてオリリアは体を捻るとそのまま回し蹴りを放つ。

 エクトはのけ反りながら避けるが姿勢が崩れ、その隙をオリリアは逃さず右ストレートを打つが。

「ぐっ……このっ」

 倒れ込むように避け、そのまま転がるように起き上がると既にオリリアは間合いに入っていた。

 その後も何度も行われる近接戦、しかし状況は常にオリリアが優勢だった。

 それを心配そうに見ていたザラ、そしてカナカとヴァルトだったが、突然ヴァルトがカナカに問う。

『カナカよ、お前もしやとは思うが?』

『……』

『お前は決して指導者に向いているとは言えないが、それでも儂らの中で最も強かった英雄だ。だがエクトはナイフの振り方も体の捌き方も素人だ。、今の手合わせは鍛えられている身体と天性のセンスだけで辛うじて対応できているだけに過ぎない』

『それは……』

『何故教えなかった?お前なら少なくとも今拳しか使っていないオリリア相手なら問題ない程度には教えられただろう』

 沈黙、カナカは何度も口を開くが直ぐに閉じられてしまう。それを繰り返している内に管理者から止めの合図が鳴った。

「それまで!オリリア相手についていくとは人間の癖に中々やるようだな?」

「ど、どうも?」

「大丈夫ですかエクトさん……?」

「傷は無いよ、全く敵わなかったけど……」

「しかし驚きました、鍛えているのは見て取れましたが正しい訓練をすれば優秀な警備隊員になれますよ!」

「それはならなくてもいいかな……」

『エクトよ、お前の力を見せて貰ったが……今まで鍛えたりした事は?』

「……えっと、毎日ランニングや魔力消費を」

 管理者やザラが居る中で話しかけられたため慌てて小声になったエクトは、ヴァルトの質問に答える。

『カナカはどうもお前を必要最低限にしか鍛えていなかったように感じた。武器の扱いも、体の動かし方も素人だ。まだ修正が効く段階だが、エクトよ……お前は強くなりたいのか?』

「強くなりたいか……と言われると、何とも言えない。僕は傭兵や狩人じゃないから、でも……この先強くなった方が良いというのは分かる……」

『そうだな、学者に求めるべきは知恵だ。力ではない……ふむ、まあ儂が焦っていただけかもしれないな』

 ヴァルトはオリリアの所まで飛んでいくと何かを話し始めた。

「あっ、オリリアの奴また独り言を……」

「失礼、彼女はよくあのように?」

「ん?ああ……いつからだったか、急に変なとこ向いて話す様になったんだよ。何と話してるか聞いても師匠師匠としか言わなくて、霊でも見てんじゃないのかと心配してたんだが……」

「だが?」

「師匠の技とか言って急に魔術を使い始めてな、子供が誰の指導も無く魔術なんか使うもんで年寄りが悪魔の子だとか言い始めてな、幸いというかなんというか、あいつの親は皆から慕われてたから村長がオリリアを村の隅に追いやっただけで済んだ。……ま、俺としては今日まで生きているだけで儲けもんだと思うがね」

 管理者とザラの会話を聞いていたエクトとカナカはオリリアの見ている視線に合わせた。

『……む?どうした二人とも、儂の方を見て』

『何でもねぇよ、それよりどうなんだ。力を見るってのは』

『それなんだが……正直に言って役には立たないな』

「師匠、ひどい」

『だがここで半端に褒めても森の王は手加減などしてくれない、エクトよ。お前は魔術は使えるか?』

『いや、こいつは魔法だ。驚くなよ?なんと使えるのは空間魔法だ!』

「おー」

 拍手してくれるオリリアだがザラと管理者から見れば突然オリリアがエクトに拍手し始めたので何が何やらと言った感じだった。

『こいつの魔法は異空間を作り出してな、そこに物を収納したりできるんだ。便利だろ?』

『ほう……エクトよ、生物は入れた事は?』

「無い、死骸とかならあるけど長時間置くと普通に腐っていくんだ」

 小声ではあるがエクトが答えると

『成程、それならいい考えがある』

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 そしてその日はオリリアの家に泊まり(ザラも入れてもらった)、次の日一行は村の外に出る事になった。

 エクトはザラと共に、村長に調査をするという事を伝えた。

「そうか、死んではくれるなよ。魔物が人の肉を覚えたら面倒臭いからな」

「わかりました」

「それと……オリリアは好きにすると良い、あれは村に居ない方がマシだ」

「……ええ、頼りにさせてもらいます」

「ふん……」

 そうして腕輪を外され村から出ると、途端にエクトとザラは膝をつきたくなる程の嫌悪感に襲われる。

「うっ……そうだ、マスク……」

 それぞれマスクを取り出し、急いで着けると徐々に体が楽になっていく感覚がする。

「ふぅ……改めて、凄いですねこのマスク……」

「見た目はちょっと意見しておきたいけどね」

「あ、来た」

『さて、準備は出来たようだな』

 ヴァルトの言葉にエクトは無言で頷いた。

「じゃ、行こう」

 オリリアは村から離れる様に歩き出すと、エクトもザラもついていく。

「エクトさん、昨日聞いた森の王ですが……本当にいるのですか?」

「いるよ。もしオリリアだけが言っているなら嘘だったかもしれないけど、村の皆知ってるようだったから」

『森の王は自身のテリトリーから動く事は無い、何より元が草食だからな。穏やかな性格も相まって儂らエルフは重宝したのだ』

「……それなら信じます、ですがどんどん中心から離れている気がするのです。森の王とまで言うのですから中心にいるのでは?」

「違う、森の王は端っこに住んでる」

「端っこ?」

『奴は魔獣でありながら儂らと同じ様に魔術を使う、その内の一つに探知の魔術というものがあってな、蝙蝠が持つ反響定位エコーロケーションの様な物だ。扇状に探知の魔術を飛ばす為に森の全体を一度に探れる場所に潜んでいる』

 ヴァルトの補足を聞きながら進んでいくと、二人は見覚えのある場所に辿り着く。

「ここは……ワイルドボアが薙ぎ倒した木々ですね」

 そこは木々が丸々薙ぎ倒されている、最初に訪れた場所だった。

「ここからー、こっち」

「ま、待ってくださいっ」

 そして倒れた木々を飛び越えながらオリリアは進んでいきザラは慌ててついていく。

「……」

『行けるか?エクト』

「大丈夫、僕もやれる事はやるよ」

 ・
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 そしてさらに進み、三人(と二霊)は森の外が見え始める位置まで来たところで足を止める。

「ここで隠れて」

 そう言ってオリリアは近くの木に飛び上がると、ザラは慌てて岩陰に、エクトはオリリアに続く様に木に登った。

「つ、疲れる……」

「しっ、静かに」

 オリリアはエクトの口をふさぐとそのまま時間が過ぎていく。

 五分

 十分

 三十分が経とうとした時、は現れた。

「!」

 その鹿は三メートルはある体躯を持ち、伸びる角は一種の芸術と言ってもいい程美しい形をしていた。分厚い皮に覆われて尚浮き出る筋肉は生物として規格外の力を持っていると即座に認識させる。

 そこにいるのは、正しく森の王だった。

「あれが……森の王」

『成程な、目で見える程の魔力量なのにそれを綺麗に抑え込んでやがる。魔獣で間違いないなあれ』

『今は暴走もあって非常に気配に敏感になっている、最初の不意打ちだけは確実に決めたい』

 オリリアは手で下で隠れているザラに合図を送る、ザラは頷くと剣に手を添えた。

『エクトは待機だ、合図は俺がする』

『オリリア、火の魔術は使うな、それ以外は惜しまず放て』

 オリリアは頷くと森の王に向かって飛び降りた。
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