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outside,こぼれ話
29.目覚め
しおりを挟む温かく柔らかく包み込まれるような幸せな夢を見ていた。現実に引き戻された朝、混乱に陥った。
__幼児退行
子供のふりをしていれば、この温かな腕は変わらず自分を包んでくれるだろう。でも、本当はそんなことは望んでいなかった。ただ、隣にいたい、ここに居たい、そばに居たい。胸に埋まって見上げて、笑顔が見たい、自分を見て欲しい。
温かい湯に浸かり、アンネマリーの淹れてくれた茶を飲んでも痛みは治らず、人喰いオオトカゲを退治した時のことを思い出した。あの頑丈な顎で噛み付かれ、凶悪なトゲトゲした毒のついた歯で腹を食いちぎられた人はきっとこんな痛みだっただろう。なのに腹を撫でても血が出てるどころか傷一つなく、衣服も綺麗なまま。
腹を食いちぎられ、はらわたを貪り食われても、ショック死できるそっちの方が楽だと思う。冷や汗と脂汗を同時に垂らしながら横になって丸まって、ついてもおさまらないため息をつく。それでも容赦なく、アンネマリーから勉強を教わる時間がやってくる。茶を淹れ替え横になったまま彼女の話を聞いているうちに眠ってしまった。
見た目にはっきりと、旦那様が憔悴しているのが分かる。今まで通り子供でいられたなら、旦那様も子供として接してくれ、こんな悩む事は無いだろう。でもちゃんと自分を見て欲しい、旦那様を癒してあげたい。困った事があると耳の後ろ、おでこの生え際をガシガシと掻く癖があるから、少し赤くなっている。
そっと指先で赤く腫れた掻き傷の上を触れる。ほわりと温かな光が傷に吸い込まれる。指を滑らせると、赤みが引いている。そのまま輪郭をなぞり顎へ指を滑らせる。旦那様は今日は随分ぼうっとしていた。髭剃りに失敗して剃刀負けがある。そっとそこにも指を滑らせる。ふわりと光が指先に灯り、傷ついた皮膚に消えていく。その瞬間手を取られ、握られる。旦那様の呼吸がわずかに乱れ、体温が上昇する。と、バッと寝台の縁に座り込んでしまった。自分もならい、隣に座る。
「蒼月」
「はい」
「話をしよう、たくさん。蒼月の事が知りたいんだ、だから、たくさん話そう?」
「はい!」
私も知りたい。旦那様のことをもっと知りたい。想いが伝わった、嬉しくて胸に頬をすり寄せるのと同時に旦那様が抱きとめてくれた。胸に顔を埋め、旦那様の体温に包まれる。温かい、嬉しい、旦那様の顔が見たくて見上げたら旦那様が自分の顔を覗き込んで目を合わす。気がついたら唇がふれあい、ずっとこうしていたくて、もっとこうしていたくて、終わりがない。
口付けの合間に目を開けば、目の前にくっきりついたクマ。これじゃいけない、先日アンネマリーに教わったばかりのお茶を淹れる。お茶を口にし数分で、すっと眠気がやって来たのがわかり、寝台に連れて行き一緒に横たわる。
ぼうっとしている旦那様のおでこに口付けを落とすと、ゆったりと目を閉じ、緩やかな呼吸に変わり、そのまま寝入ってしまった。
眠っている旦那様の顔をじっくり眺める。目を閉じているので鋭い眼光はないからか、普段より柔らかな印象。表情は抜け、どこか幼くすら感じる寝顔。深い眉間のシワはもう痕になってしまっているのだろうか?
見ているだけじゃ足らなくなって、手を伸ばす。指先で優しく撫で、伸ばしてみる。少し、和らいだような気がする。目の下のクマに触れ、そっとなぞる。わずかにクマが薄くなる。これは、しっかり眠ればなくなるだろう。頬を撫でる。顎のヒゲに触れる。思ったよりチクチクしない。
指先で触れているだけじゃ足りなくなって、そっと頬に唇を触れた。もう一度、反対側の頬に触れた。それだけじゃおさまらなくて、そっと唇に唇で触れてみた。その瞬間、旦那様に腰に腕を回され押さえつけられた。悪戯が過ぎ、怒らせちゃった? でも、相変わらず定期的なリズムで呼吸を続け、ゆっくり胸が腹が上下する。上に乗っている私もゆっくり上下する。なんだか嬉しくて、旦那様の掛け布団の代わりに体をくっつけて温めてあげようと、私も寝入った。
それから幾月か、吹き込まれた命が育み出産を迎えた。赤子の声を聞いた後、安心して眠りに落ちた。
旦那様が必死に私の体をさすり、温めようとしてくれていたその晩見た夢は、ずっと沈めていた記憶だった。
思い出せたのは、きっともう大丈夫だと思えたから。力は受け継がれたとわかったから。
おしめ替えと授乳とおしめ替えの無限ループを続けること早数週間。まともに寝てない。二人ともぼーっとしてヌードルを蓮華で食べようとしたり、サラダにストローをさしたり、そもそもこれは朝ごはんか昼ごはんかいつのご飯か、いつ食べ始めたのかすらよくわからない。おしめを変えようとして乳を出したり、乳をやろうとしておしめを外したりやることがおかしくなってくる。
「旦那様」
「ん? どうした」
「この子の名前、考えた。」
「おお、ようやくそれを口にしてくれたか。名前付けない気かと思ったぞ。」
「付けるもん。暁月」
「暁月? 朔の月に生まれたのに?」
「旦那様がくださった日。」
あの晩を思い出したのか、口元を緩めた後ポッと頬を染める。
それは、迎えをやった日か? 仕込んだ日がそうだったのか? どっちにしてもあれだ。
「生まれた晩が朔だったから、『朔』だろ?」
「ん、そうする。」
現実に引き戻されて以降、少しずつかあ様の言葉が思い出され、その意味を知ることになる。
『嘘をつく人、乱暴な人はダメ。自分の前では調子よく優しそうな人でも、自分が見ていないところいないと思っている時に乱暴だったりする人は、ダメよ。よく見て、よく話してよく知って、それで一緒にいたいと思う人と一緒にいなさい。』
__どうして、自分にはとう様はいないの? ごめんね、もう会えないの、と、とっても悲しそうな顔をするから、2度と聞かなかった。
『受け継ぐ力が大きければ大きいほど産みの苦しみは大きい。だから子供をもうけるなら、この命のためなら死んでもいいって思えるくらい大切な人とにしなさい。』
『自分が空っぽになって自分じゃなくなるくらい全部、何もかもその人に捧げたいって委ねられたら、相手の殿方は全部を受け止めて、自分と同じように全身全霊で自分に注ぎ返してくれるの。それが体を合わせるって心を合わせること。』
「抵抗しないで、頑張らないでいい。もっと、俺のことを感じてくれ。」
旦那様の言葉にハッと気がつく。感じ取りたい、伝えたいと頑張れば頑張るほど、頑張って抵抗している?
ただ旦那様を感じる空っぽの器になる。
それが難しい。旦那様に奥まで押し挿れられるたび、溢れて出て行ってしまう。引き抜かれると失った分がまた自分から溢れてくる。なのに、また奥まで旦那様が入ってくるから溢れちゃう。どうしよう、旦那様が苦しそうに耐えているのがわかる。自分は注がれるまま受け取ることもできず垂れ流し、旦那様は無駄に出て行くだけで自分からお返しできてないから、旦那様は苦しいんだ。
旦那様に声をかける。
途端に、今まではゆっくり丁寧に少しずつ注いでくれていたものが、一気に堰を切ったように流れ込み叩き込まれる。どうしていいかわからない。『もっと、俺のことを感じてくれ』、ただただ旦那様を感じることに集中する。さらに勢いを増す流れに容赦無く突き込まれ溢れ出てしまうと思っていたものが、許容量を超えて弾ける。
正直、よくわからなかった。わからないまま終わった? 旦那様は動きを止めてしまった。旦那様はこれじゃ満足できないだろう。きっと本来は自分から少し旦那様に注ぎ、旦那様が受け取り、旦那様が自分に少し多く注ぎ、自分が受け取り、自分もまた旦那様から受け取ったよりちょっと多く旦那様に注ぎ、そうやってだんだん巡らせていく量を高める。睦み合うっていうくらいだからお互いで交わし合わなければ。そうじゃないのは娼婦と客のすることと同じだ。
『初めはね、重なった肌から伝わってくるものが圧倒的で必死。自分の心を相手に伝える委ねる間もないし、受け止められているのかもわからない。受け止めようとか、伝えようとか、そんなものぜーんぶ、相手に委ねてしまえばいい。信頼している相手にならできるでしょ。きっとその時になればわかるわよ。』
ああ、やっぱりかあ様の言う通りだ。必死、ただそれだけ。唇や頬、外側の肌を触れられているときは気持ちが良かった。もう少し経験を積めば気持ちいいと感じることができるの? 旦那様を喜ばせることができるの? できるようになりたい。
そう思った瞬間、旦那様が楔を引き抜き、その衝撃に声をあげた。
肌を重ねていた、一つになっていたと言う事実を今更になって実感した。
『もっと』これで終わりたくない。もっとこうしていたい。もっと……
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