夏の夜に見た夢

春廼舎 明

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outside,こぼれ話

25.岩場のトカゲ

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「北東の森?」
「ああ、何やら人喰いオオトカゲが住み着いて繁殖したんじゃないかって言われてる。」
「げえええ」
「おかげで街の北側や北隣の村で何人か襲われてる。死人も出てる。」
「うげえええ」
「マリオ、うるさい。」
「だって、隊長とカルロがいるなら充分じゃん。」
「今回は、この子もいるし、何よりも、充分なんて油断は禁物だ。大自然の中で油断することがどれだけ危険か、お前もよく知ってるだろう。」

 しっかり準備をし、森に入る。数日間にわたり、森を探索しトカゲを討ち、数を減らす。『絶滅』? そんな言い方は、益のある動植物にしか適用されない。あいつらは一回で数10個卵を産む。それが孵り、人を襲ったら? ゾッとする。

「この森、や」

 森に入った途端、蒼月の足が重くなり、とうとう止まった。

「や、って言われてもなあ、仕事だし。」

 テコでも動かない、そんな状態の子供を一人放っておくわけにもいかない。駄々をこねるほど子供というわけでもない。
 どうしたもんかと、死角を作らないよう4人互いに後ろを注視しながら立ち止まる。
 くいくいっと蒼月に袖を引かれる。
 同時に、マリオがヒッと息をのみ、銃に手をかける。

 蒼月が指差す方向にマリオが銃を向け、放つ。
 銃声が森に響き、にわかに慌ただしく逃げ出す鳥たちで騒がしくなる。

「あ、くそ、しっぽか」
「あいつか」

 カルロが猟銃を構え、もう一発放つ。

「よしっ」

 ぐてりとのびた、頭の吹き飛んだトカゲを眺めつつ、周りの警戒を強める。

「さて、爬虫類ってのは仲間を襲われて怒るとか、子の仇、みたいなのあったっけ?」
「そこは、普通親の仇じゃない?」
「恨みを持つ敵って意味だから、別に間違っちゃいないだろ。あれ、子供サイズだったじゃん?」
「さあな。囲まれる前に退がるぞ!」

 撤退の指示を出した途端、蒼月が一歩前に出る。手には不思議な形状のナイフを下げている。

「蒼月、構うな。囲まれるぞ。来い」
「隊長、そっちもダメ。」

 腕を引こうとした瞬間、ストンとしゃがみこみ、同時に、鋤を地面に突き立てるように、いつの間に距離を詰められ足下にいたトカゲの首にナイフを突き下ろした。体重を乗せたって、大した量じゃなさそうなのにトカゲの首はスコンと切り落とされた。
 あっけにとられていると、マリオに声をかけらる。

「隊長、こっちもだ」

 接近戦用に使うナイフで鍔迫り合いしているマリオに、ハッと気づく。カルロが銃口をオオトカゲの頭に当てたまま、引き金を引く。飛び散ったものを浴び、マリオが悲鳴をあげる。見てる場合じゃない、自分も近くのもう一匹に発砲する。

「ねえ、リーダー? 爬虫類って、嗅覚あったっけ? それとも聴覚?」
「知らないの、カルロ? 爬虫類は舌で空気の匂いを嗅ぎ分けてんだよ。ここは奴らの血肉が飛び散って匂いが充満してる、つまり、逃げろ!だ」
「蒼月、行くぞ。」
「こっち」

 蒼月が来た方向とは違う方向へてくてくと歩き出す。

「おい、待て待て、そっちじゃない。一人で行くな。」
「そっちはダメ。また囲まれる。」
「なら、どっち行くんだよ。」
「こっち」

 歩みを止めず、迷いなく、しっかりとした足取りで進む。3人顔を見合わせて、仕方なくついて行く。
 先導する蒼月は、たまに顔のあたりに伸びて来ている邪魔な枝葉をナイフで打ち払う。しかし、身長差のある俺たちは、もう一度打ち払う。

 足を止めたのは、静かに風にそよぐ若い木に囲まれた泉だった。水場で待ち伏せをしているトカゲを切り捨てる。俺の動作を見届けて、蒼月が口を開く。

「マリオ、服汚れてる。それの匂いでまた狙われる。ここで洗うといい。」
「好きでかぶったんじゃないよっ」

 バッと帽子とシャツを脱ぎ、泉でじゃぶじゃぶと洗う。膝まで浸かってザブザブやっているが、ズボンもずぶ濡れだ。

「それ、服脱いだ意味ある? そのまま水浴びしちゃえば?」

 カルロが呆れてマリオにツッコミを入れる。
 横を見れば、蒼月もなぜかうずうずしてる。

「蒼月、お前はダメだ。別に服汚れてないだろ。」

 慌てて引き止める。そう、返り血一つ浴びていない。自分がさっき斬り伏せたトカゲを見る。刀鍛冶だった我が家に伝わる特製の刀剣だ。それでも、トカゲの弾力性のある皮は蒼月の斬撃のように、首が切り離されることはない。

「リーダー、あの子のナイフ見た?」
「見た。俺の刀でも、ああも簡単にすっぱりとは切り離せないぞ。」
「なんなんだいあれは?」
「知るか。本人に聞いてみろよ。蒼月」

 刀身を水に浸しザブザブ洗っている蒼月に声をかける。ピッと水を払い、鞘に納めて戻ってくる。

「隊長、お腹すいた。ここいら安全。ご飯食べよう?」
「なんだ? なんかわかるのか?」
「たぶん、共喰い、僕達が置いてきた獲物食い漁ってるんじゃない?」
「げええ、どうりでこの辺り出ないはずだ」
「一匹リーダーが切り捨てたけどね」

 耳を澄まし、目を凝らし、あたりを油断なく警戒する大人二人をよそに、蒼月とマリオは持って来た弁当に夢中になっている。マリオは大きな蒼い葉で包まれたおこわを食べ、蒼月は小さな口を一生懸命開けて、はぐはぐとアンネマリー特製のサンドイッチを頬張っている。もちろんカルロも言わずもがな、サンドイッチだ__屋台で買ったやつだ。

 午後、今日でだいぶ数は減らせたし、戻ろうかどうしようかとカルロと相談していると、蒼月がちょいちょいと袖を引っ張る。

「あっち」
「ん? あっち行くと何かあるのか?」
「マリオ、あっちは何がある?」
「ん~、確か岩が多い、窪地があるのは、あっちだったような……」
「卵があったりして……」
「いや、まさか~」
「でも、あいつら人喰いオオトカゲって、見かけたら即退治だからあんまり生態研究されてないだろ。ありうるぜ?」

 蒼月が足を止めた場所は、マリオの言っていた通り岩がゴロゴロと転がる窪地だった。スコープを覗き、カルロが呻き声を漏らす。

「うげ、ビンゴだ。」
「近くに成体がいなきゃ、潰してくか?」
「いや、潰してる間に成体がやってくる。」
「どういうこと?」
「見ればわかる。」

 カルロがマリオにスコープを渡す。覗き込んで、先端をゆらゆらさせた後、マリオも呻き声をあげる。

「うげ」

 バトンのように手渡されたスコープで俺も谷を覗く。

「うげ」

 一人スコープを覗いていない蒼月がキョトンとしている。

「……みんなカエルになっちゃったの?」

 一人爽やかな表情の蒼月に癒される。

「岩を上から落とす?」
「上に岩があればな。」
「爆薬で吹っ飛ばす?」
「どっちも潰し漏れがあっても意味ないぜ? 生き残りがまた大量に卵生み落すだけだ。」
「油流して燃やしちゃう。」
「……」
「……」
「……いいと思うけど、なんで隊長とカルロ黙ってんの?」
「……いや、なんか、結構えげつないこと考えつくな。」
「しかし、油がないぜ?」
「なら、油は明日。今日のところは、散弾銃ぶっ放しておく?」


 こうして、北東の森の人喰いオオトカゲ事件は収束した。
 その後、マリオと蒼月は度々森での植物採集、有害動物の駆除などを請け負っていた。マリオと一緒に素っ裸で水浴びしやしないか心配でならない。


「リーダー、西の峠の落石。どうやら根が深そうだよ。」
「どういうことだ? 犯人は捕まったんだろう?」
「ああ。例の隣国の駐屯地から放出された奴隷の一人だった。たどり着いちゃったみたいだねえ。しかも、本物の犯罪奴隷。」
「それなら、そのままあそこで刑期を終えるまでこき使われるだけだろ?」
「確か、158年ね。」
「そりゃまた。何をやってきたんだ?」
「強盗、殺人、暴行、恐喝、……まあ、インテリ犯罪って言われる詐欺みたいなの以外を、ありとあらゆる事」
「逆になんで極刑にならないのか不思議だな。」
「まあどうせ、あと数年で体力のピークが過ぎて、怪我か事故でも起こったら終わるだろうね。」
「そうか。で、何が言いたいんだ?」
「蒼月ちゃんは何者?」
「さあな。でも俺には、悪い子には見えないし、あどけないし無垢なところもあるが、騙されていいように使われるような愚かさはない。」
「僕もそう思いたいけど、言っただろう? 偶然なのか故意なのか、街の西側できな臭いことが続いてるんだよ。」

 カルロが甘ったるい顔に渋い表情を浮かべて呟いた。


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