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21.聖域の住人
しおりを挟む「本物か……」
「本物だね……」
組合の事務所で、問い合わせた内容の結果の感想だ。
「ん? リーダーとエスメラルダ、何してんの?」
カルロが今日の仕事を終えたのか、事務所にやってくる。
「いや、蒼月が持って来た封書がな」
「ああ、封緘と署名は確かだけど、ってアレ?」
「そうだ。あの砦にいた軍人で間違いなく、署名、本文の筆跡も間違いないってさ。」
「そうかい。それが、何か問題でも? この国じゃ移民や難民が多くいる。その一人ってことだろ?」
「まあ、そうなんだけどね。だから逆に疑問なんだってさ。」
「むしろ本物の、奴隷、犯罪奴隷なら重罪を犯したやつで、身元を徹底的に調べられ他国でも注視され、管理される。そうじゃないとすると、逆に身元が知れない。」
「そうだね。で、それが?」
「ラパンの街で選んだ衣裳、時折見せる知識や、所作がな、綾の国ではそこそこの身分の者のそれなんだよ。」
「へえ~」
「前に話した通りさ、俺の一家は20年前のクーデターより前に国を出てる。あの国の細かなところが知れない。それでも、思い当たったんだが……」
「なんだよ、もったいぶるなよリーダー」
「『そこそこ』どころじゃないんだよ。」
「貴族とか?」
「似たようなもんだ、しかも最上級のな。」
「はあ? そんな血を引くものがなんで奴隷落ちなんて「シー!!」
慌ててエスメラルダがその大きな手でカルロの口をふさぐ。
「静かにおしよ。うちらは、今じゃあの子のおかげで注目を受けてる。どこにどんな耳があるか知れたもんじゃない。」
「それはお前らのせいだと思うぞ。」
「たぶん3人とも同罪だと思う。」
マリオがキョトンとした表情でちゃっかり同席している。
「無用心だなあ、そんな聞かれちゃまずい話ししてんのに、他人の気配に気づかないなんて。」
「い、いつから居たんだい?」
「エスメラルダがカルロを押さえてたから、ふざけてんのかなって思って混じろうかと思って。」
「あそ」
蒼月の出自を探ろうと決心をした後、今更ながら、自分のルーツなのに、この街で綾の国について書かれた歴史書を探し、読んだ。北の商店街に移住して来た万屋に、綾の国の最新情報を聞いた。エスメラルダは世間話をするように、欲しい情報を吸い上げ、誘導していく。
綾の国には昔から、『神官』や『巫女』と呼ばれる存在がある。子供でも知っている。それくらいは祖国を離れて育った俺ですら知っている。しかしそれだけだ。
実際は王や、為政者のトップを影で支える者、操る者。聖域に勤め、聖なる存在と交信をし、その存在に仕える。力の強い家系は聖域に住まい、代々仕えて来た。しかし近年、科学で証明できないその不思議な力は軽視され、否定され、聖域を支えていた者たちはもうわずかだと言う。
「へえ、じゃあ、まだ聖域に残ってる氏族もあるんだ?」
「以前は5大家って言って、5つの氏族がいたんだけどね、今は3つ。いや、2つか。」
「他は力がなくなったのか?」
「いや、逆じゃないかな。力がないからこそ、その地位にしがみついた。本当に力があるものは別に聖域を出たって何も変わらないし、困る事もない。元々は外に住んでいたが、お偉いさんが呼び寄せて住まわせただけだから。」
「ところで、その力ってなんなんだい? 聖なる存在と交信するっていうからには、未来視とかかい?」
「そう。その未来視をもって政治家を支えたり導いたり。」
「それって、占い師とどう違うんだ?」
「一言で言えば、正確さかねえ。だけど、後付けのこじつけじゃないかって言われて、本当のところは知らないよ。お会いできるような存在じゃないしね。」
しかし、そんな重要な役を担う存在だったなら、知られていそうだし、うちの両親から何かの折に聞いていると思うんだがなあ。
「しかし、主人、俺は綾の国の土を踏んだことはないが、うちの両親はあの国の出身でそんな話聞いたことないぞ?」
「ご両親はいつ綾の国を出たんだい? その聖域に住まう神官や巫女ってのはね、力が怪しいもんなんだよ。」
「?」
「クーデターのあたりから、やたらと存在を主張するようになってな、まあ、力がないから自分の地位を守りたかったんだろうさ。」
「なるほど。聖域を離れたものは逆に、力があったからその場を離れたってことかい?」
「そうともいうね。」
「あたしの故郷やその周辺だと、教会。古代の遺跡に神殿とかあるけど、そういうところとは、またちょっと違うのかな。」
「いや、そういうのもあるよ。豊穣を司る神、海の安全平和を叶える神、山の神、子宝を授ける神。大きな神になれば神殿もある。小さな神には小さな祠。」
「そんなにたくさん神様がいるのかい? はあ~、北や西にはない風習だね。」
「ところで、聖域を出た者たちはどうしてるんだ? その大きな神殿なんかに世話になってるのか?」
「別に、普通に町人と同じように働いてるかもよ? 未来視ってのを自分自身で活用して出世街道昇ったっていいし?」
「そういう力って、自分自身の利益には使えないだろ?」
「そうなの?」
「おや、お嬢さんの国ではそういう概念がないんだね。そういうもんなんだよ。だから、5つの家が集まってお互いの危機を知らせあったり、守ったりしてたっていう話だ。」
「主人、詳しいな。」
「はっはっは、一時な、聖域の住人っていうのが流行ってな、書物になったのさ。」
「それを読んじゃうくらいファンだったのに、移住してきちゃったのかい?」
「いやあ、ファンになった一族が聖域にはもういないって知ったからかな?」
「どんな一族だったんだ?」
しっかり拭いて、髪をゆるくまとめ、身支度を整えた蒼月が部屋にやって来た。
「旦那様、ご飯できた。荷物の整理、終わった?」
「ああ、ありがとう。」
食堂で蒼月の為に椅子を引く。お腹が重いのか、座るときに、よいしょっと言うのが可愛い。食前の挨拶をし、食事を始める。やはり、我が家の飯は美味い。王都も他国のものが多く在中するようになり、香草を別皿に盛り分けてくれる店が増えたと聞く。が、味付けが違う。これ美味いな。王都に行くきっかけとなった出来事を思い出しながら、もくもくと箸を動かす。
「旦那様、それ、おいし?」
「ああ、美味い。」
「鶏のみぞれ煮、蒼月、作った」
「え、本当か? しまった、もっとよく味わって食えば良かった!」
「お代わりあるよ。そうなるだろうと思って、多めに作ってある。」
後ろで控えていたアンネマリーが鍋を乗せたワゴンを引いてくる。
「もらおう。しかし、これは……もしかして、綾の国の調味料を入手出来たのか?」
「一樽丸ごとね。この間、エスメラルダに運ばせてたよ。地下の食料室のドア開けてごらん、醤の香りが充満してるよ」
蒼月がニコニコしてる。
「こっちも、蒼月作ったよ。」
「玄、この子、本当に料理したことなかったのかい? 見込みがいいよ。」
「ほお、いいことだ。」
「元々、刃物の扱いに馴れているのもあってか、一度刃を当てれば、どれくらいの力を込めればいいのか、刃の進行方向に食材を押さえている指があると危ない、っていうのがわかってるからか、見ていて危なげない。安心して任せられる。」
「そうか」
「それにね、観察力、想像力、分析力が優れている。一度食べた料理の、材料や調味料を割り出して再現してみせる。料理に欠かせないスキルが高い。だからね、この子にはいろんなものを食べさせれば、食べさせただけ、料理の幅は広がるよ。」
「それは頼もしいな。じゃあ、明日あたり、また北の商店街の店にでも行くか?」
「ん!」
「だいぶ冷え込むようになったし、今持っている衣裳に合わせる、背子か襖裙でも買おうか。」
翌日、事務所に報告に寄るのも兼ねて広場の屋台で朝食をとった。蒼月はこの国の定番スープ麺。揚げパンが添えられ、スープには珍しく薄切りの牛肉が乗っていて、ライムをたっぷり絞る。綾の国の料理はいいと言いながら、自分も香ばしく焼いた牛肉の角切りがたっぷり乗ったコム、綾の国では朝からは食べないメニューだ。傭兵などという力仕事のために、朝からしっかり肉を食べるクセがつき、事務所に寄ると思ったら習慣的に選んでいた。なんだかんだ言って、この国の食習慣にも馴染んでる証拠だ。
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