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7.人と店
しおりを挟む「え、もしかして湯浴み着の着方がわからない?」
問答無用で連れて来られ、唐突に渡された繊維品。広げてみれば、襦袢のようなもの。襦袢なら着方はわかる、『さあ、風呂に入りに行くぞ!』と言っていたから、ここは貴族じゃなくても使える風呂があるのだろう。風呂というからには、体を洗うのだろう、なのになぜ着るの?
コテっと頭を倒したまま考える。少年もつられて一緒に頭を倒す。と、通り過ぎる人物に声を掛ける。
「あ、ヨハン、この子お願い。」
「ああ~? お前指名料払えんのか? 今日のフリーの当番はイリヤだ。」
イリヤなる女性にさらに奥の個室に詰め込まれ、湯浴み着とは? と考えているうちに頭からつま先まで全身衣服を剥ぎ取られ泡だらけにされ、擦り上げられた。前側を洗う際には一瞬ギョッとしたようだったが、湯浴み着を装着する時に、腰巻を渡され、下にこれをもう一枚はけと言われた。
個室を出た先は大きな木の箱に、こんこんと湯が注がれ、ポヤーとした人が数名いた。自分も習い、湯につかる。
なるほど、これはポヤーとなる。うとうとする頭で、イリヤから受けた説明を復習する。
ここは公衆浴場。一般市民が訪れる沐浴施設。イリヤやヨハンは浴室介助人と言い、一人で風呂に入るのが困難な者や、初めての来訪者に説明や手伝いをする。怪我の治癒促進のためのマッサージや、また、髪や爪、肌のスペシャルケアをしたりもする。性的マッサージを施すのは、色街にある湯屋と呼ばれるところにいる湯女と言う。
あれ? そういえば、何故湯浴み着など着るのか聞いてない。あ、封書もまだ誰に渡せばいいか確認してない。
「腕の良いものは指名をうけ、固定客を多く取れるようになれば、下手な傭兵よりよっぽど高給取りになるんだ。ヨハンは数週間待ちの一番の売れっ子なんだよ。」
いつのまにかやってきたマリオが、追加情報を投下する。
もうだめだ、水たまりに落ちた固形糧食のようにふやけ、でろでろだ。
あ、イリヤに湯に浸かる時は、どうとかなんか言われた気がする。
ひたり
頬に冷たいものが当てられる。のんびり目を開ければ、頭がガンガンする。
「ん? 起きたか。」
視線だけ動かすと、よく日焼けしたごつい男がいた。目鼻立ちはくっきり濃い暑苦しい顔立ちだが、『軍曹』みたいに嫌な感じはしない。さらにマリオの顔が割り込んでくる。
「あ、起きた? 湯の中で寝ちゃったんだよ。でね、この人が隊長だよ。会うの初めて?」
隊長? 初めても何も、今日この街には初めてきたのだから、初めて会う人しかいない。
「……」
こくり、とうなずく。
「じゃあ、汗も引いたし、充分休んだし、着替えて帰るか~」
「……着替え?」
いつからいたのか、初めからいたのかイリヤがおでこの濡れた布を取り除く。自分を見れば、湯浴み着から色柄のついた浴衣を着ている。カップに入った冷たい飲み物を渡される。
「待て待て、のぼせたんだ。そう急かすなよ。まずは、水分補給。」
グイグイと飲み物の入ったカップを押し付けられる。飲め、と目で指示され、素直に従う。冷たいただの水だ。
「そのあと、ゆっくり体を動かし慣らして。帰るのはそれからだ。……ああ、着替えはあたしがやったよ。介助人の仕事だからね。あんた、このあと着る服は?」
せっかくここまで綺麗になったのに、またあの、汗と土でドロドロのを着るのは嫌だなあ。駐屯地を出た時は、替えとして1着は支給されたけれど、先日森の中で崖を滑り、破いてしまった。そう思っていると『隊長』が口を挟む。
「マリオ、もしかして、こいつ着替え持ってきてないんじゃないのか?」
「あ」
「事務所から連れて来られたって聞いたけど、宿に取りに行く間も与えてないんだろう?」
「あー」
二人がこっちを見る。とりあえず、視線を下げる。自分は籐製のゆったりとした背もたれのついた一人がけの椅子に、寝転がるように座らされている。足元を見れば、柔らかな草履を履いている。
ふう、と男がため息をつくのがわかった。
「この分じゃ、まだ宿も決めてねえんじゃねえのか?」
「あ、そういえば……だから風呂行くの躊躇してたのか~」
「しょうがねえな。じゃあ、イリヤ、これ、一式買取る。こいつの荷物持ってきてくれるか?」
「はいよ。」
「お前、今日はうちに泊まるか?」
「隊長はよく部屋が決まるまで、新入りを泊めたりしてるから部屋は空いてるんだよ。」
なされているやりとりの意味がわからず、思わず視線を上げた。それに合わせるように、膝を折り顔を覗き込むものだから目が合ってしまった。
その瞬間、これまで自分がとんでもないことをしていることに気がついた。奴隷なのに普通に街中を堂々と歩き、あまつさえ沐浴施設まで利用してしまい、しかも有料! 服を買い取る?
だらだらと気持ちの悪い汗が流れ、喉の奥が引きつる。
「ん、なんだ、まだ具合悪いのか? ほら、冷たい水でも飲め」
押し付けられたカップを持ったまま、どうすることもできない。
少年が隊長の腕を引っ張り、引き剥がす。
「隊長、怖がってんじゃん。隊長の顔は怖いんだよ。」
「うっ……」
「こんな顔してるけど、安心しなよ。隊長は面倒見がいいんだ。俺も昔世話になったし。」
「今もな」
泥と草木の汁で洗っても洗っても落ちない、小汚い頭陀袋を抱え、いかつい『隊長』の後を追う。元のコンパスが違う上、大股なので、こちらは人ごみに流されないよう、他人にぶつからないよう、必死で小走りで追いかける。
と、先ほど通った屋台のたくさん出ている広場に出る。ちゃんと『隊長』は振り返り立ち止まって、自分が追いつくのを待っていてくれていた。溢れる美味しそうな香りに、口の中がよだれでいっぱいになる。
「はいよ、お待たせ。」
「おう、ありがとな」
店先で品物と金のやり取りをする、店員と客を見る。受け取った食べ物にかぶりつく青年をぼんやり見ていた。
「あれ、リーダーじゃん。」
「ん? カルロか。」
「そのちっこいの、新入り?」
「ああ、マリオが連れてきた。」
「へえ……その子、お腹空いてるんじゃねえ?」
「そういえば、寝床と着物の心配はしたけど、飯は食ったか?」
「……」
ふるふると頭をふる。話の流れからいって、食べ物がもらえるのではないか、と思うのは奴隷としては愚かな思考回路だ。
「アンネマリーも、リーダーの分しか食事の準備してないんじゃね?」
「そうか、じゃあ、サンドイッチでも買って帰るか。」
こんなことがあっていいのだろうか。
貴族みたいに世話人がついて風呂に入り、清潔な着物を買ってもらい、食べ物まで買ってもらえる。
そうか、この人達は自分を奴隷だと知らないのか。
じゃあ、それがわかってしまえば……
与えられたものは、あるべきところに返すべく取り上げられ、暴力や暴言を投げつけられ、街を出されるかもしれない。そしたら、森で生きて行く? いや、終わりがなく延々猛獣や毒ヘビやオオトカゲ、猛毒を持った植物に警戒し続けるのは辛い。それに塩がないことでこんなに苦労した。なら、どうする?
「あと、初任務、初成功のお祝いに、デザートもつけようか。」
「へえ、早々に任務達成なんて、将来有望だね。フルーツたっぷりのチェーでもどうだい? タピオカとか、餅が入ってるのもあるよ。」
「え」
働いて稼げば……『最近やっと金が貯まって、ようやく買えたんだぜ』。どこかで雇ってもらえるのだろうか。稼げなくても、死なない程度に食べ物を与えてもらえるのだろうか。
「ほら、どれがいい?」
とん、と優しく背中を押され、店の前に立つ。色とりどりのフルーツや蜜のほんのり甘い匂い。いくつものガラスのツボにフルーツや、つぶつぶしたもの、透明なものが入って並んでいる。見ているだけで気分が高揚する。
「俺のオススメは、マンゴーとバナナ、タピオカだな。」
「うーん、俺は甘芋と李いろいろ、あと一口餅が入ったの。こいつにもそれで。」
カルロと呼ばれた青年と『隊長』があれこれと指をさし、ガラスの器にいろんなものが詰め込まれ、最後にキラキラした透明のものをどさっとのせ、蓋をして渡された。
「さ、氷が溶ける前に帰るぞ!」
「はは。じゃあ、また明日な。」
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